◇政府の恣意的改革の限界
◇ゾンビ企業は生き延びる
松本惇/中川美帆
(編集部)
中国東北部、遼寧省政府傘下の国有企業で、大手特殊鋼メーカーの東北特殊鋼集団(大連市)の楊華董事長(会長)が3月24日に自殺した。資金繰りを苦にした可能性が高い。
同社は28日、この日に満期を迎えたコマーシャルペーパー(CP、社債)が償還できないと発表。発行額は8億元(約140億円)だった。このニュースは中国国営新華社なども報じている。東北特殊鋼には、今回償還できなかったCPのほかにも計63億7000万元(約1100億円)の未償還債券があるという。
◇減産や淘汰が評価対象に
中国の鉄鋼業界に詳しい産業新聞社の植木美知也・上海支局長は「社債を発行している自転車操業の鉄鋼メーカーは多いので、これから同様のケースが続出する可能性がある」と指摘する。
しかも今回は、中国で地方国有企業が公募した債券がデフォルト(債務不履行)に陥った初めてのケースとされる。植木氏は「遼寧省政府や大連市政府の支援が曖昧なのは、一度清算して負の遺産を市場に処理させ、出直しをさせる考えからではないか。地方政府は、改革を奨励する中央政府に対し、清算を成果として示す可能性がある」と話す。地方政府にとって、減産や能力淘汰(とうた)は評価の対象になってきている。
また、国営大手の渤海鋼鉄集団(粗鋼生産量年2000万トン)も債務超過で、年産500万トン相当分の設備を停止している。天津市政府は3月に渤海鋼鉄集団の債権者委員会を設置して、銀行など債権者105社と共に、債務1920億元(約3・3兆円)の処理と再建策について協議を始めた。
中国では需要が減少する中、鉄鋼をはじめ、石炭やセメント、ガラスなど多くの産業で過剰な生産能力を抱え、企業経営を圧迫している。大規模な構造改革が待ったなしの状況だ。
◇需要喚起に動けず
「過剰生産能力を秩序立てて解消する」
3月5日に開幕した全国人民代表大会(全人代)の政府活動報告で、李克強首相は実質的に破綻しているにもかかわらず生産を続ける「ゾンビ企業」について「破産清算などの措置により、積極的かつ適切に対処する」と述べ、過剰生産能力の解消に力を入れる姿勢を示した。同時に、国有企業についても来年までの2年間に「改革によって発展を促進する」と強調し、「一部を整理、撤退させる」と宣言した。
中国は2008年のリーマン・ショック後に実施した約4兆元(当時のレートで約60兆円)の景気対策により、生産設備の増強が大幅に進んだ。その後、経済成長の減速から国内外の需要が減少に転じた。
市場原理が働くマーケットなら、過当競争の回避に向け個別企業の減産や再編・淘汰を通じて、需給が調整され、政府の経済対策なども伴って再び景気回復に向かう。その過程で構造改革が進む。
ところが、中国では政府(地方政府含め)の要請から、さらに投資を続けた結果、粗鋼やセメントなどの14年の生産能力は11年比で約2割増えるなど膨大な生産設備を抱える一方、供給過剰で収益が悪化する企業が続出した。中国政府などが中国企業を対象に生産設備の稼働状況について実施したアンケートでは、一部を含めて設備を停止していると回答した企業の割合は11年の17・6%から15年には29・0%まで増えている。
政府は、需要喚起にも動けない。4兆元の景気対策直後は前年同期比の伸び率が30%を超えていた固定資産投資も10%台まで低下。特に、膨大な過剰設備を抱える鉄鋼など鉱業は16年1~2月にマイナス29・5%まで減少するなど新規投資が抑制されている。過剰生産能力の解消は、中国政府にとって喫緊の課題となっている。
◇突然の情報非開示
ただ、実際に改革を進めるには大きな問題がある。それは中国共産党による統治体制だ。「社会主義市場経済」を標榜(ひょうぼう)し、その理念を推し進めてきた中国では政府が介入するため、各企業は業績よりも政府方針の下で経営判断をする。中国経済は国有企業が中心であり、収益が悪化しても政府側からの資金援助があるため、これまではいくらでも投資を続けることができた。政府がトップダウンで決めていくことが大きな弊害となっている。
また、地方政府の幹部にとって、これまでは管轄地域の投資が増えることは自らの実績になったため、不必要な国有企業をつくり、経営状況を考慮せずに設備投資も進めさせた。その結果、地方政府の債務は膨張し、30兆元(約510兆円)を超えたとも言われる。中国の景気減速は、このような構造的要因がもたらしたと言える。
中国人民銀行(中央銀行)は昨年、生産設備能力の利用水準を示す指数(DI)について、突然発表を取りやめた。この指数は、生産設備能力の利用が「上昇した」と回答した企業の割合から「低下した」と答えた企業の割合を引いたものである。最後の発表となった15年第2四半期(4~6月)は39・2となり、リーマン・ショック後の最低水準(09年第1四半期の36・3)に迫る低水準に沈んでいた(19ページの図1)。
人民銀行は発表取りやめの理由を明らかにしていないが、日本総合研究所の関辰一副主任研究員は「稼働率の低下を受けて、意図的にやめたのではないか。投資家のマインドに悪影響を与えるのを避けたかったのかもしれない」と分析する。
投資増=実績という評価基準から一転、減産や清算=評価となった今後も、やはり中国政府の恣意(しい)的な体質が、全人代で掲げた国有企業改革にも暗い影を落とす。
富士通総研の柯隆(かりゅう)主席研究員は「どの会社がゾンビ企業になるのかを政府が判断するのはおかしい」と問題視する。判断には政府の恣意性が入るため、企業側との贈収賄など腐敗の温床になる可能性がある。そうなれば、淘汰されるべき企業が賄賂を贈ることにより生き残ったり、存続すべき企業が倒産に追い込まれたりすることも考えられる。
中国政府はゾンビ企業の整理に1000億元(約1・7兆円)の補助金を拠出することにしているが、適切に配分されるかは不透明だ。
◇1兆円に迫る5大商社の減損
中国経済の減速は、需要の減少を通じて、世界中で大混乱を巻き起こしている。日本企業もその例外ではない。特に中国の「爆食」がなりをひそめて、供給過剰となったことで引き起こされた資源安は、商社などの業績に大打撃を与えている。
三菱商事と三井物産は、16年3月期決算で連結最終損益が初の赤字に転落すると発表した。三菱は、資源事業を中心に約4300億円の減損損失を計上した結果、1500億円の最終赤字となる見込み。三井は16年1~3月期の約2600億円の減損計上などにより、700億円の最終赤字を見込む。特に大きかったのが、チリでのアングロ・アメリカン・スール銅鉱山開発事業で、2社合わせて約3700億円を減損。豪州のブラウズLNG(液化天然ガス)事業でも、2社合計で約800億円の減損となった。
さらに、住友商事はマダガスカルのニッケル事業などにより、16年3月期に計約1700億円の減損を計上。住商は15年3月期にも米シェール開発などで3103億円もの減損に追い込まれ、732億円の最終赤字に転落した。丸紅は北海の油ガス田開発などで15年4~12月期に730億円の減損を計上。大手総合商社5社の16年3月期の減損額の合計は1兆円近くに上る。
商社の業績に特に響いたのは、銅とニッケルの価格暴落だ。この1年間で銅の価格は25%、ニッケルの価格は40%も下がった。世界需要の半分近くを占める中国で、需要の伸びが鈍化したためだ。ニッケルを原料とするステンレスは、中国での住宅やインフラ向け需要の伸びが減速。各国での石油・ガス施設向け需要も低迷している。
中国爆食の恩恵を受け、快走してきた商社各社は今後の収益源を「非資源」と口をそろえる。中国の早期底打ち反転に伴う資源価格上昇は見込んでいない。
◇デフレの入り口
中国国民の共産党への不信感も高まっている。
黒竜江省の陸昊(りくこう)省長(知事)が3月6日、資金難に陥って給与の欠配や遅配が出ている国有石炭企業「竜煤集団」について「現在まで給与の遅配もなければ、収入減もない」と発言。これに反発した坑内労働者らの抗議行動が活発化し、数千人がデモ行進する中、「共産党、我々の金を返せ」と書かれた横断幕も登場した。神田外語大学の興梠一郎教授は「抗議行動で『敵』を共産党にしたのは驚くべきこと。今までは『腐敗した官僚』など曖昧な表現にしていたが、国民の怒りが相当たまっていることを示している」と推測する。
習近平国家主席が国有企業改革を本格的に実施するのであれば、大量の失業者が発生して、暴動が起きる可能性もある。また、国有企業の幹部は共産党員であり、党内の不満も高まる。さらに汚職摘発の指揮を執り、習主席を支えてきた王岐山氏が来年の党大会で、年齢的な内規を理由に党最高指導部である政治局常務委員から外れることになれば、習主席は党内で孤立化するだろう。そうなると、「習近平降ろし」の声が高まることも予想される。
これを恐れる習主席は結局、構造改革に踏み込むことができないだろう。そうなれば、中国経済減速の根本の問題を解決することはできない。
富士通総研の柯隆氏は「GDP(国内総生産)成長率は財政出動した分を除けば、ほぼマイナス成長とみていい。(16年から始まる)第13次5カ年計画の6・5~7%という目標を実質的に達成するのは難しい。中国経済はデフレの入り口に差し掛かっている」と指摘する。
右肩上がりが当たり前だった中国経済がデフレになると、社会不安になる可能性がある。しかし、政治的なしがらみから習主席が大規模な構造改革を打つことはできない。今後の不透明さは拭えず、中国は「どん詰まり」の状況に陥っている。(了)