◇複雑な内容を伝えにくい
◇トランプ氏の低い英語力
三輪裕範
(伊藤忠インターナショナル会社
ワシントン事務所長)
政治とは言論の勝負だ。そして言論の質を決める最も重要な要素の一つが、「どれだけ豊富な語彙力と正確な文法力を駆使して、発言するか」という表現力の問題である。
米国の政治家であれば英語で発言するのだから、それは当然、英語力の問題ということになる。
では、民主・共和両党の大統領候補者の英語力は一体どの程度なのだろうか。それに関して最近、カリフォルニア大学の大学院生チェルシー・コー氏が雑誌『ワイアード』に興味深い記事を発表した。一連の討論会での発言を基に、彼らの英語力を判定したものだ。
それによると、全体的な評価はクルーズ氏が一番高く、高校1年生レベル。クリントン氏、サンダース氏、ルビオ氏などは、おおむね中学2年生レベルとしている。対して、トランプ氏は飛び抜けて低く、小学4年生レベルだという。
なぜトランプ氏の英語力の評価が低いのか。それは、彼の発言は一つひとつの文章が非常に短く、しかも使っている単語の音節が少ないからだ。やや極端な例になるが、音節数の少ない簡単な単語を使用した文章の典型が、日本人にもなじみが深い“This is a pen” である。もちろん、トランプ氏といえども、こんな文章を発言することはないが、彼の発言の基本パターンはこれである。
このように、一つひとつの文章が短いということは、単文が多いということだ。もし “if” や “when” などの従属接続詞が伴う複文なら、より複雑なことを、より正確に表現することができるが、代わりに文章は長くなってしまう。一方、トランプ氏のように短文ばかりだと、内容は分かりやすくなるが、微妙なニュアンスや複雑な内容は伝えにくくなる。
大統領候補者による討論会やテレビ番組のインタビューなどでトランプ氏の発言を聞くと、こうした特徴が顕著だと分かる。難しい文章や単語が彼の口から出ることは、まずない。彼がよく使う単語は、“win” や“lose”、あるいは “good” や “bad” など、日本の中学生でも知っているような基本単語が非常に多いのだ。
◇激しい意味の単語を乱発
単語に関するトランプ氏のもう一つの顕著な特徴は、程度の激しさなどを強調する、非常に強い意味を伴った単語の使用頻度が高いことである。具体的には、 “unbelievable”(信じられない)、 “amazing”(驚くべき)、“great”(偉大な)、“tremendous” (物すごい)などの単語が極めて頻繁に使われる。何か物事を否定する時にも、完全否定を意味する “never”(決してない)や “totally”(完全に)という単語を乱発するし、クリントン氏や環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を非難する時などには “disaster”(大失敗)という非常に強い言葉をよく使う。
もちろん、平易な単語を使い、短い文章で自分の気持ちを正直に発言するのは決して悪いことではない。むしろ好ましいかもしれない。だからこそ、トランプ氏は「自分たちの言いたいことをはっきり言ってくれる人物」として、今の政治に不満な白人低所得層を中心にここまで支持を集めることができたのだろう。
しかし、トランプ氏が足を突っ込んでいる政治の世界には、多くの利害関係者が存在し、その利害調整には慎重かつ賢明な判断が求められる。国内問題だけでなく、世界の諸問題にも関与しなければならない米国の大統領ともなれば、なおさらだ。そうした大統領職を争う場におけるトランプ氏の “good or bad” 、あるいは “win or lose” といった二元論的な言説や思考は、米国のみならず世界にとっても、ますます看過できなくなりつつある。