◇「コツコツ続けた遺伝子治療が実用化へ」
Interviewer 金山隆一(本誌編集長)
── 宝酒造の一事業部門から発展した会社ですね。
仲尾 宝酒造はビール事業から1967年に撤退しました。残った発酵技術者という資産を生かし、新たなビジネスを模索しました。当初は発酵技術を使った医薬品原料を作って他社に納めたりしましたが、当社が主導権を握れるビジネスを作ろうと始めたのが遺伝子工学を中心としたバイオテクノロジー事業です。
79年に売り出した研究用試薬が、現在も主力製品です。大学や病院、研究機関向けに販売しています。初年度の製品は7品目でしたが、今では7000品目に上り、国内のバイオ試薬分野ではトップシェアです。2016年3月期の研究用試薬の海外の売り上げは74%を占めます。
── どう拡大してきたのですか。
仲尾 93年に中国・大連市に工場を設立し、今、研究用試薬の9割を生産しています。市場としても中国は拡大しており、当社がシェア1位です。
02年に「タカラバイオ」として分社化した後、05年に研究用試薬の老舗、米クロンテック社を買収しました。バイオ研究の中心地であるアメリカで、当社が得意ではない分野を手掛ける同社の買収は大きかった。欧米に販路を持ち、技術・販路両面でシナジー効果がありました。
14年には幹細胞生物学の先端研究に取り組むスウェーデンのセラーティス社を買収しました。今、バイオ研究は遺伝子から細胞へと広がっていますが、当社は遺伝子に長(た)け、細胞に強いのがセラーティス社です。バイオの世界ではM&A(合併・買収)が活発で、技術のシナジー効果が望める提携は日常茶飯事です。
── 今後の事業展開は。
仲尾 現在の主力は、遺伝子・細胞を扱う技術をもとにした研究支援で、その技術をそのまま用いる治療法を開発しています。90年代に開発した、体の外で細胞に遺伝子を効率よく導入する技術をベースに、コツコツと続けてきました。
一つは、体外遺伝子治療です。ヒトの細胞を取り出し、目的の遺伝子を導入して患者に投与します。現在、開発しているのは、がん患者から採った血から、がん細胞を攻撃する免疫をつかさどるリンパ球を取り出して、がんを攻撃する命令を出す遺伝子を入れ、体内に戻す治療です。遺伝子の種類で、si─TCR遺伝子治療、CAR遺伝子治療があります。
── iPS細胞(人工多能性幹細胞)よりすごい技術なのでは。
仲尾 山中伸弥先生は、体から取り出した細胞に特定の遺伝子を入れると、どんな細胞にも分化できるiPS細胞となることを発見し、iPS細胞を利用した網膜や臓器の再生が研究されています。
体外遺伝子治療も、体から細胞を取り出して遺伝子を入れ、患者に投与する点は同じですが、がん細胞を攻撃する免疫力を再生します。臓器ではなく体の機能の再生です。
── 遺伝子治療はほかの形もあるのですか。
仲尾 もう一つ開発しているのは、腫瘍溶解性ウイルスHF10です。がん患部に注入すると、がん細胞の中だけで増え、がん細胞を破壊します。正常細胞には影響しません。アメリカで臨床試験がフェーズ2まで進んでいます。メラノーマ(悪性黒色腫)患者の皮膚の腫瘍が消えたばかりでなく、転移した内臓のがんも、直接このウイルスを打ち込んでいないのに小さくなった症例がありました。
── 実用化の目標は。
仲尾 腫瘍溶解性ウイルスHF10は18年度、si─TCR遺伝子治療、CAR遺伝子治療は20年度です。それぞれの治療法は複数の疾患を対象に開発していますが、プロジェクトの選択と集中の方針をこの春に打ち出しました。最初の実用化を目指す疾患については、日本で再生医療製品の条件・期限付き早期承認制度を利用して自社単独で行い、他の疾患では他社と提携します。いろいろな社と提携の話をしています。
◇最先端の細胞加工施設
── 実用化に向けて、どのような手を打っていますか。
仲尾 14年に新しい開発・製造拠点の遺伝子・細胞プロセッシングセンターが稼働しました。施設の目的の半分は、開発中の遺伝子治療薬の製造や細胞加工ですが、今は収益源として、細胞加工や遺伝子検査の受託サービスを行っています。
14年に施行された再生医療関連法では、医療機関だけでなく、企業が細胞加工をビジネスとしてできるようになりました。当社は法律整備の前から設計を進め、施行と同時に届け出ました。再生医療の関連施設で細胞と遺伝子、両方を扱う企業は日本で当社だけです。
昨年受託した遺伝子検査は10万サンプルを超え、間違いなく日本一でしょう。一般の人が口の中の粘膜をもとに体質を調べる検査や、腸内フローラの検査も請け負っています。
── ほかに特色ある事業は。
仲尾 キノコ事業ですね。ビール事業撤退後に発酵技術を生かせる分野を探すなかで、医薬品の酵母とよく似た微生物がキノコの菌だったのです。基本特許は既に切れていますが、実はブナシメジは当社が人工栽培法を開発しました。今はより付加価値の高いハタケシメジやホンシメジを生産しています。
昨年、分社化後に初めてキノコ事業が黒字化しました。バイオ支援事業に次ぐ第2の収益源に育て、両事業の収益をもとに遺伝子治療の開発を進めたいと考えています。
(構成=黒崎亜弓・編集部)
◇横顔
Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか
A 中国にバイオ工場を設立する分野横断のプロジェクトに加わっていました。当時のビジネススタイルは“領空侵犯”。周りには嫌われたかもしれません。
Q 「私を変えた本」は
A 大学時代に『利己的な遺伝子』で知られるリチャード・ドーキンスの『生物=生存機械論』に出会いました。関心が当初の食糧問題から遺伝子工学に向かい、その延長線に今があります。
Q 休日の過ごし方
A 健康法としてのゴルフです。スコアは聞かないでください(笑)。
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■人物略歴
◇なかお・こういち
京都市出身。洛星高校(京都市北区)、京都大学農学部卒、1985年宝酒造(現・宝ホールディングス)入社。2002年タカラバイオ取締役、09年5月より現職。宝ホールディングス取締役を兼任。54歳。
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事業内容:バイオ産業支援、遺伝子医療、医食品バイオ
本社所在地:滋賀県草津市
設立:2002年4月
資本金:149億円
従業員数:1273人(2016年3月31日現在)
業績(2016年3月期・連結)
売上高:297億円
営業利益:26億円