
◇技術、サービス組み合わせて課題解決型ビジネス
Interviewer 金山隆一(本誌編集長)
── タイヤの世界シェア1位(売上高ベース)の日本企業ですね。
津谷 一口にタイヤと言っても、用途は広いです。自転車、二輪、自動車の他、航空機や鉱山掘削トラクター用のタイヤも製造しています。大型で、耐性も必要とされるこれらの特殊なタイヤは、新興国のタイヤメーカーにはない技術を持つからこそできます。当社は、大型航空機(座席数100程度)向け新品タイヤで、世界シェア4割(自社推計)を占めており、トップの座を仏ミシュラン社と争っています。
── 手がけるのはタイヤのみですか。
津谷 タイヤに限らず、建物の免震ゴム、工場設備の配管用ホース、鉱石輸送用のコンベヤーベルトなど、ゴムを使った製品も作っています。また、製造だけにとどまらずに、サービスも提供しています。たとえば、航空会社向けのビジネスでは、一度新品タイヤを提供しておしまいではありません。飛行日程の合間に、空気圧や溝の深さを定期的に検査します。安全上、必要とあらば、タイヤの表面のゴム(トレッド)を削り、新しいゴムと張り替える「リトレッド」もします。
── もはやメーカーの概念ではありませんね。
津谷 昨年10月に発表した中期経営計画では「商品単体からソリューション(課題解決)へ」というスローガンを立てて、さまざまなビジネスモデルを確立しています。ソリューションとは、新品タイヤの供給▽タイヤ以外のゴム製品供給▽維持管理▽その他のサービス、を組み合わせて顧客の課題を解決するビジネスモデルです。従来は、新品タイヤを売る→古くなれば新たなタイヤを売る、というビジネスでした。しかし、今やタイヤにかかわるあらゆる技術を駆使したソリューションを提供しています。
── ビジネス領域が広がりますね。
津谷 鉱山会社には、車両用のタイヤ、コンベヤーベルト、設備用のホースを一括して売り始めました。従来は、これらの商品を別々に供給していました。今はワンストップ体制に改め、価格交渉などの手間も省力化できます。また、運送会社向けに、新品タイヤの供給、空気圧などの管理、24時間体制でタイヤ交換をできるサービスを組み合わせて提供しています。「車両を、休みなくいかに効率的に稼働させるか」という運送会社の経営課題に取り組むサービスと言えます。
── 世界シェア1位をミシュランと激しく競り合っています。世界一の座をつかむカギは。
津谷 タイヤ業界は、規模の経済がはたらきます。このため、製造・販売・サービス拠点の網を世界に張り巡らせるグローバル化が必要です。1988年に米タイヤ製造・卸売り会社「ファイアストン」を買収したのもグローバル化を進めるためでした。当時の売上高は6200億円なのに対して買収額は3300億円。賭けでした。しかし、経営者が「将来のためには必要な買収だ」と判断したのです。当社にとっては第二の創業です。ただ、当初は同社の設備老朽化や技術力不足で高性能のタイヤが製造できないことなど、問題もありました。「この買収はうまくいかないかも」と不安になった時期もありました。老朽化設備更新などのために同社に増資するなど、高い授業料は払いました。しかし振り返ると、グローバル企業として必要な経験でした。
── 規模拡大以外に重要なことは。
津谷 技術力も必要です。当社は、原料のゴムをゲノム段階から研究していますし、彦根工場でAI(人工知能)を使って製造自動化を進めています。ただ、拠点網と技術力があっても、それで良しとはしません。車向けも航空機向けも、より軽くより安全なタイヤが求められます。難しい技術が必要だから当社の存在意義があります。大きな変革の前に、先を読んで、競争力を付けようという気概が必要です。
◇買収断念褒められた
昨年、米タイヤ販売大手「ペップ・ボーイズ」の買収を表明した。しかし、「もの言う株主」として知られる投資家のカール・アイカーン氏が対抗して買収を表明し、買収合戦に発展。その結果、ペップ・ボーイズの買収を断念した。
── 買収断念をどう振り返りますか。
津谷 6月に、米国で機関投資家と対話しました。その際「あの買収は降りて正解だったね」と褒められました。当社は、事業の一環としてペップ社の買収を計画しました。しかし、アイカーン氏による買収提案は別の意図があったのではないでしょうか。アイカーン氏が買収価格を数度引き上げたことで、「深追いはしない方がいい」と判断しました。
── 一方で、6月にはフランスの販売会社「スピーディ社」を買収しました。狙いは。
津谷 フランスでは、当社グループの店舗は300しかない上に、ミシュラン社の影響力が大きい国です。買収によってグループの店舗は800店にまで増加します。しかも、これらの店舗は、収益は高いが、新規ならば出店が難しい街中の店舗が中心です。当社の欧州の売り上げは全売上高の1割と小さいので、今回の買収で欧州の売り上げを伸ばしたいです。
(構成=種市房子・編集部)
◇横顔
Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか
A 生意気でした。ファイアストン買収の戦略立案に事務局としてかかわり、経営陣と議論もしました。一部から反発もありましたが「若い時は生意気でなければ」という上司の言葉に助けられました。
Q 「私を変えた本」は
A マックス・ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』。こういう考え方があるのだ、すごいな、と感じました。
Q 休日の過ごし方
A 掃除とお使い。妻と一緒のことも、単独でやることも。健康のためにやらせてもらっています(笑)。
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■人物略歴
◇つや・まさあき
東京都出身。都立青山高、一橋大卒業、シカゴ大経営大学院修了。1976年ブリヂストン入社。主に国際渉外畑を歩み、2012年代表取締役CEOに就任(この年に社長職廃止)。13年から会長職兼務。64歳。
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事業内容:タイヤ製造・販売
本社所在地:東京都中央区
設立:1931年
資本金:1263億円
従業員数:14万4303人(連結)
業績(2015年度連結)
売上高:3兆7902億円
営業利益:5172億円
(『週刊エコノミスト』2016年8月30日特大号<8月22日発売>4~5ページより転載)