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特集:ハウジングプア 2017年4月4日号

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◇失われる「居住の安全安心」

◇住宅確保に困窮する若年層

 

平山洋介・神戸大学教授

 

 戦後日本を特徴づけたのは、「持ち家世代(Generation Own)」の出現であった。経済の目覚ましい成長のもとで、中間層が拡大し、持ち家取得が可能な世帯が増えた。多くの人びとは、仕事と収入を安定させ、結婚して家族を持ち、賃貸住宅から持ち家に移り住んだ。政府は、多数の世帯がこうした「標準パターン」のライフコースを歩むと想定し、持ち家促進の住宅政策を展開した。

 

 マイホームを得ることは物的住宅の改善、結婚と子育ての安定、不動産資産の形成に結び付き、さらに「一億総中流社会」のメンバーシップをもたらした。持ち家は、人生のセキュリティ(安全安心)を支えるとみなされ、その所有を多くの人たちが渇望した。戦前では、都市住宅の大半は民営借家で、持ち家に住むことは、一部の階層の特権であった。持ち家の大衆化は、戦後の新たな社会景観をつくりだした。

 

 しかし、20世紀末からの社会・経済環境の変化によって、持ち家取得はより難しくなった。経済は長く停滞し、高い成長率が再現するとは考えられていない。雇用と所得は不安定化し、住宅ローンの長期返済に耐えられる世帯は減った。住宅の資産価値は低下し、その安全は損なわれた。結婚と世帯形成のあり方は変容し、未婚・単身者の増大は、家を買おうとする家族の減少を意味した。人生の軌道は分岐し、標準ライフコースをたどる世帯は減り続けている。人びとがマイホームを追い求めた時代の果てにあって、新たな世代の住まいの条件をどのように整えるのかという問いを立てる必要がある。

 

 住宅ストックの所有形態の推移をみる(図1)。持ち家には、「アウトライト持ち家」と「モーゲージ持ち家」の2種類がある。アウトライトとは、住宅ローンの返済を終え、あるいは住宅ローンを利用せずに持ち家を取得し、債務をもたない状態を指す。モーゲージ持ち家とは、モーゲージ(住宅ローン)の残債のある住宅である。

◇住宅ローンでの購入減少

 

 アウトライト持ち家は、1988年では1390万戸、全住宅の37・6%であったのに対し、2013年には2285万戸、45・1%にまで増加した。その主因は、人口の高齢化である。多くの世帯が住宅ローンで家を買い、返済を重ね、高齢期までに、債務を終わらせた。アウトライト住宅では、管理・修繕費と固定資産税の負担が必要であるにせよ、ローン完済のため、住居費支出は少ない。低収入の高齢者にとって、住居費負担の軽い持ち家は、セキュリティの基盤になる。

 

 一方、モーゲージ持ち家は少しずつ減少し、93年の991万戸、24・7%に比べ、13年は932万戸、18・4%となった。これは、後述のようにローンによる住宅購入の経済条件が悪化したことを反映する。加えて、人口と結婚の減少が持ち家取得を減らす要因となった。住宅購入年齢の人口は、大きく減った。日本では、大半の人たちは結婚まで家を買わないため、結婚が減ると持ち家取得が減る。国勢調査によると、年齢が30~34歳の男性、女性の未婚率は、80年の21・5%、9・1%から10年には47・3%、34・5%に上がっている。

 

 住宅を買う世帯の減少にともない、賃貸世帯が増大した。持ち家促進に傾く住宅政策のもとで、公的借家のストックは少なく、さらに減少した。経済が低迷し、企業環境が変わるにつれて、給与住宅(社宅・官舎など)の供給もまた減った。拡大したのは、民営借家セクターである。その戸数、比率は88年の967万戸、26・2%から13年の1458万戸、28・8%に増加した。

 

「持ち家世代」の多くの人たちは、賃貸住宅で世帯を形成し、次にモーゲージを使って家を買い、さらにローンを返済し、住宅所有をアウトライトにするという「前進」を経験した。しかし民営借家が増え、モーゲージ持ち家が減るという変化は、賃貸から持ち家に移行する世帯の減少を意味し、ライフコースの途上で「停滞」する人たちが増える傾向を表している。

 

 先進諸国の成長率は、次第に下がる傾向を持つ。これにあらがうための政策手段の中心は、ドイツの社会学者ヴォルフガング・シュトレークが指摘したように、国家債務から個人債務に移ってきた。政府は公共事業などで景気を刺激するために、国債発行を重ねた。これに続いて、政府ではなく、個人の借金を促進する手法がとられた。その主力となったのが、モーゲージによる持ち家促進である。住宅ローンなどの個人債務を増やし、成長の減速をくいとめようとする政策を、イギリスの政治経済学者であるコリン・クラウチ、マシュー・ワトソンは、それぞれ「民営化されたケインズ主義」、「住宅価格ケインズ主義」と呼んだ。

 

 ◇「景気刺激策」としての限界

 

 しかし、過度の持ち家促進は、バブルの発生・崩壊をもたらした。日本では、80年代後半にふくれあがった不動産バブルが90年代初頭に破裂した。欧米諸国の未曽有の住宅バブルは、90年代半ばから00年代前半にかけて発生し、07年の米国サブプライムローン破綻まで続いた。住宅債務をエンジンとする資本主義経済の運営は、持続可能ではない。

 

 ポストバブルの日本では経済衰退から抜けだすために、住宅ローンによる持ち家購入を促進する政策が続いた。住宅金融公庫の融資戸数は、94年に史上最高を更新した。民間住宅融資の金利規制は94年に緩和され、それは住宅ローン販売の競争を激化させた。住宅金融公庫は、90年代末から融資供給を減らし、07年に廃止された。これによって、銀行セクターは大規模なモーゲージ市場を手に入れ、住宅ローン販売を増大させた。サブプライム破綻から発展した世界金融危機に対応するうえでは、大型の住宅ローン減税が使われた。しだいにエスカレートする金融緩和のために、住宅ローンの金利はきわめて低い。

 

 にもかかわらず、モーゲージ市場は、もはやほとんど拡大しない(図2)。日本では、経済停滞に加え、人口・結婚の減少が持ち家市場の拡大をいっそう困難にした。個人向け住宅ローンの毎年の新規貸出額は、95年に史上最高値の36・4兆円を記録した後に、大幅に減少し、00年代半ば以降では、20兆円前後で推移している。住宅債務を促進し、経済を支えるというパターンは、すでに壊れている。

 ポストバブルの日本では、持ち家購入の困難の原因は「インフレ型」から「デフレ型」に変わった。バブル破綻までは、住宅の価格インフレのために、持ち家に手が届かない世帯が増えた。バブル崩壊以降では、住宅価格は低下し、低金利が続いたにもかかわらず、所得デフレのために、住宅購入はより困難になった。

 住宅ローンをかかえる世帯の家計変化をみると、可処分所得は減少し、ローン返済を中心とする住宅コストは増えている(図3)。

 住居費の対可処分所得比は、89年の12・8%から14年の18・5%に上がった。収入が低く貯蓄が少ない世帯は、家を買うとき、住宅価格に対する住宅ローン借入額の割合である「LTV(Loan To Value)」を上げざるをえない。銀行にとって、住宅ローンは主力商品である。その貸し出し競争は、LTVを高めた。この結果、収入が減ったにもかかわらず、より大型の住宅ローンを利用し、より重い返済負担をかかえる世帯が増えた。

 

 住宅所有が不動産資産の蓄積に結びついたことは、人びとが持ち家を求めた理由の一つであった。しかし、ポストバブルの持ち家の資産価値は減った。住宅ローンを利用している世帯では、89年から14年にかけて住宅ローン残債平均額は780万円から1600万円に増え、住宅・土地資産平均額は4380万円から2450万円に減った(図4)。

 住宅・土地資産額から住宅ローン残債額を引いた数値が、純資産である。その平均額は、89年の3600万円から14年の850万円まで急落した。借金資本主義の果てに残ったのは、住宅ローンの重い債務と価値が下落した住宅である。

 

 ◇「賃貸世代」形成する若年層

 

 若年層は、住宅をなかなか購入できず、賃貸セクターにより長くとどまる「賃貸世代(Generation Rent)」を形成し始めた。世帯主30~34歳、35~39歳での持ち家世帯の割合は83年では45・7%、60・1%であったのに比べ、13年では28・8%、46・3%まで減った(総務省「住宅・土地統計調査」)。

 

 持ち家が大衆化した20世紀後半では、借家に住むことは、住宅を買うまでの過渡的な居住形態とみなされた。しかし、「賃貸世代」にとって、借家居住は必ずしも一時的とはいえない。そして、賃貸セクターの居住条件は悪化し、借家人のセキュリティを脅かしている。

 

 東京都の賃貸市場では、より低所得の世帯が増えたにもかかわらず、低家賃の住宅ストックは減少した(図5)。

 借家世帯のうち、年収300万円未満の低所得世帯が占める割合は、93年の34・0%から13年の43・0%に上がった。同じ期間に、家賃3万円未満の世帯は21・5%から11・7%に減少し、家賃7万円以上の世帯は39・1%から52・0%に増加した。

 

 低家賃セクターを構成するのは、日本では公的借家、給与住宅および低家賃の民営借家である。前述のように公的借家は少ないうえに、さらに減少し、給与住宅もまた減った。民営借家の市場では、零細家主が木造アパート(木造共同民営借家)を供給し、狭小・低質ではあっても、低家賃の住む場所を提供した。

 

 政府は、公的借家を少ししか建設しなかった。それが可能だった理由の一つは低家賃の民営借家の存在であった。しかし、木造アパートの多くは老朽化し、取り壊された。また、若い世代では、親が建てた広い持ち家で育った人たちが多い。彼らにとっては、低家賃の木造アパートが残っていても、その老朽した狭い住戸に住むことは、耐えがたく、選択肢にならない。

 

 低家賃ストックは減る一方である。東京都内の公的借家・給与住宅が借家戸数に占める割合は、93年では28・4%を示したのに対し、13年では21・5%に下がった。木造アパートの対借家戸数比は、同じ期間に28・2%から15・1%に減った(図5)。

 

 増大したのは、より高い家賃の賃貸マンション(非木造共同民営借家)である。それが借家戸数に占める比率は、93年の36・3%から13年の58・6%に上がった。「賃貸世代」の住宅条件の特徴は、ストックの多様性が失われ、選択肢が賃貸マンションに限られていく傾向である。

 

 

 

 さらに、若い世代では、独立せず、親元にとどまる未婚の「世帯内単身者」が増えている。世帯内単身者数は00年代前半まで増え続け、それ以降、高い水準のままで推移している。その15年の割合は、25~29歳では40・7%、30~34歳では25・5%におよんだ。年齢の高い35~39歳でも、世帯内単身者は18・9%を占める(図6)。

 

 雇用と所得の不安定化、低家賃住宅の減少のために、住宅購入はおろか、賃貸住宅を確保し、親元から独立することさえ困難な「親の家世代(Generation Stay at Home)」が出現した。ここに、多くの若い世代が「停滞」している様相が表れている。

 

 ◇良質な低家賃住宅を

 

 では、住宅政策をどのように転換すればよいのか。大切なのは、特定パターンのライフコースのみを標準とみなし、持ち家促進にバイアスをかける政策ではなく、より多様な人生に中立に対応する方針のもとで、持ち家セクターだけではなく、賃貸セクターの改善をも重視するバランスのとれた政策を立案し実践することだ。さらに、私有住宅の市場拡張ばかりに力点を置くのではなく、公的借家などを増やし、社会的に利用可能な住宅資源を蓄積することが、より重要になる。

 

 低家賃かつ良質の住宅を供給する施策は、「親の家世代」の独立を支え、「賃貸世代」の安定を促進する効果を持つ。住宅ストックが増え、空き家率が上がった。一方、若年層の住宅確保は、困難になった。この矛盾は、住宅需給のミスマッチを反映する。空き家は、都市の縁辺部で増えている。若年人口が多い中心部では空き家率が低く、空き家があっても、多くは低質または高家賃である。

 

 超高齢社会としての日本がかろうじて成り立っているのは、高齢者の多くがアウトライト持ち家に住んでいるからである。しかし、若い世代の住宅購入の困難は、将来の高齢層における持ち家率の低下がありうることを示唆する。住宅相続の増大などによって高齢層の高い持ち家率が持続する可能性はある。だが、持ち家世帯の割合がどのように変化するとしても、人口のさらなる高齢化によって、低家賃住宅の社会的配分を必要とする高齢者の絶対数は、間違いなく増大する。

 

 次の時代に向けて、人びとのセキュリティを支えるために、社会・経済変化の実態をふまえるところから、住宅政策を組み立て直すことが、求められている。

(平山洋介・神戸大学教授)

週刊エコノミスト 2017年4月4日号

特別定価:670円

発売日:2017年3月27日


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