◇「ほぼ街(まち)」を作りたい
Interviewer 金山隆一(本誌編集長)
コピーライターの糸井重里氏率いる「ほぼ日(にち)」が3月16日、東京証券取引所ジャスダック市場に上場した。コラムなどを集めたウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を運営する同社の売上高は約38億円。サイトでの物販が好調で、1日1ページ、24時間枠で予定を書き込める「ほぼ日手帳」は毎年60万部以上を売り上げる。
── ほぼ日はどんな会社ですか。
糸井 「場」が作りたくてできた会社です。「ほぼ日刊イトイ新聞」のサイトを立ち上げた頃から、「ほぼ街(まち)」を作ろうと思っていました。RPG(ロールプレイングゲーム)の街のように、建物に入ったらお茶を飲める場所があるとか、そういう街です。
── 株式の上場も街を目指す通過点ですか。
糸井 上場によってオーソライズ(公認)されたと言えるかもしれません。マンションの住人のおばあさんが「上場おめでとうございます」「株買うわよ」とか声をかけてくれるんです。そういう会話は今までなかった。「ほぼ日は有名なのに、なんで上場したんですか」と言われるのですが、有名だけど有名じゃなかったんですよね。
◇ライバルはディズニー
── 何で稼いでいるのですか。
糸井 ほぼ日手帳の売り上げが7割です。「手帳で食っている会社」と言う人もいますが、その切り口で見てくださっても構わないと思います。自分たちが使いたいものを作ってきました。生意気な言い方をすれば、「いいに決まっているもの」を出しているのがよかったんだと思います。
── 売り上げの残り3割は。
糸井 モノの形をしたコンテンツ、例えばタオル、腹巻き、衣料などの販売です。これからは手帳以外の事業が伸びて、手帳の割合が相対的に下がってほしいと思っています。
「場」を作る仕事と言っても、場代を取っているわけではないので、小売業の分類に収まっています。でも、今後はどうなるかわかりません。
── 伸ばしたい事業は。
糸井 犬や猫の写真を投稿するアプリ「ドコノコ」を始めたり、地球儀を開発したりしています。
3月24~26日には六本木ヒルズで「生活のたのしみ展」を開催しました。いいものを作ってるなという人たちのコンテンツを集めてお店にしたイベントです。イベントでありブランドでもあるというのは一種の発明だと思うので、どう伸びていくのか楽しみです。
── 最近は糸井さん自身の引退について言及しています。
糸井 先輩たちを見ていると、上手にリタイアした人もいるし、リーダーがいなくなってつまらなくなった会社もあります。僕らが若い頃に憧れだった広告の製作プロダクションは、今は代理店の下請けです。だから、自分たちがイニシアチブを持って仕事をしていくことが本当に大事だと思ってほぼ日を始めました。
── 上場する規模に会社が育った。
糸井 チームが育ち、応援してくれるサポーターも育ってきてくれました。これ、僕がいなくなった時になくなっちゃったらつまらないですよね。もっと面白くなってほしい。「ライバルはディズニー」と言っているのですが、ウォルト・ディズニーがいなくなってもディズニーとして機能している。そういうことがあり得るんじゃないかと思って、少しずつ準備をしています。
── 糸井さんがいなくなった後のほぼ日は。
糸井 ぜんぜん同じではないことはわかっています。ただ、僕がいなくなってもできる仕事をどんどん増やしていくのも僕の仕事です。この2年くらい一生懸命しているのは、僕をいなくさせるための仕事。それが僕の作品です。
── 上場で得た資金の使い道は。
糸井 人を雇うことに使います。内部の人が育つのにも必要です。イノベーションを生み出す人、無理かもしれないことを実行できるように工夫する人、そういう人が圧倒的に足りない。工場を建てるのと同じくらいの予算組みをして、人を取らなければいけない時代が来ていると思います。
── 投資家とどう向き合いますか。
糸井 僕らがどれだけできるか見ようじゃないかと、好意的にも、悪意を持っても言われます。もっと利益を上げて、株価を上げなさいと言う人もいます。でも、そんなに簡単な話じゃないと思う。
僕がよく泊まる旅館のおばあちゃんは、「戦後に買った任天堂株を持っているから安泰だ」と言うんです。義理で買った花札メーカーの株が、今の任天堂の株になった。すごいことです。任天堂は「ラブテスター」(男女の相性を測る玩具)とか、タクシー会社とか、ダメだった時期も含めて、山あり谷ありで今みたいな会社になった。こういうやり方をすればうまくいくというのはないんです。
── 成功の方程式はない。
糸井 上場後は、事業の質や規模について、これまで以上に問われるようになりました。僕みたいなことを言っている人がダメになったら、後の人も寂しいでしょう。弱っちい動物なりに生き延びたとか、体が大きくなったとか、そういうことを多少は見せないと、つまんないですよね。
── 株価は気になりますか。
糸井 流れの中でどういう場所にいるのかは把握していますが、あまりとらわれないようにしています。僕が引退する時に株価が下がったら、僕の仕事が足りていなかったということでしょうね。
(構成=花谷美枝・編集部)
◇横顔
Q 30代の頃はどうでしたか
A 一生懸命いい気になってました。いい気にさせてくれる人たちが現れる時期だったので。
Q 「私を変えた本」は
A 大学を中退した頃に出会った吉本隆明さんの『最後の親鸞』。ほぼ日で吉本さんの183講演の音源を無料公開したことは、僕の人生の年表に入れてほしい。今なら、株主総会でどう説明するか考えないといけない(笑)。
Q 休日の過ごし方
A 指圧や床屋に行きます。
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■人物略歴
◇いとい・しげさと
群馬県出身。群馬県立前橋高校出身、法政大学文学部中退。コピーライター、作詞家、タレント、エッセイストとして活躍。1998年に「ほぼ日刊イトイ新聞」を開設した。68歳。
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事業内容:ウェブサイト『ほぼ日刊イトイ新聞』の運営、商品の販売
本社所在地:東京都港区
創業:1979年12月
資本金:3億4705万円
従業員数:69人(2017年3月1日現在、契約社員含む)
業績(16年8月期)
売上高:37億6750万円
営業利益:4億9954万円