世界のIPOは9兆円超 低金利でベンチャー「青田買い」
世界の新規株式公開(IPO)が活況だ。
若者に人気の写真・動画共有アプリの「スナップチャット」を展開する米スナップは3月、ニューヨーク市場に上場し、IT(情報技術)企業で過去最大の調達額となる34億ドル(約3800億円)を調達した。巨大市場の中国も、上海株式指数の急落を受けて厳格化されていた新規上場の審査が事実上緩和され、IPO数が急激に持ち直している。
直近の2017年1~6月は、世界で上場企業772社が誕生し、総額834億ドル(約9兆3400億円)を調達した。新規公開した企業数は前年同期比で70%伸び、その調達金額は同90%増と急拡大している(英監査法人アーンスト・アンド・ヤング〔EY〕調べ)。
日本でも上場する企業数は09年から増加傾向にあり、「17年は16年の88社並みの80~90社前後になる見込み」(新日本有限責任監査法人の善方正義・IPOグループ統括シニアパートナー)だ。
◇日本でもユニコーン
上場を目指すベンチャー企業の“顔ぶれ”も充実してきた。企業価値が1000億円の大台を超える未上場企業「ユニコーン」の登場だ。
現在、世界で最も評価されているユニコーンは、タクシー配車サービス大手の米ウーバー・テクノロジー。2位、3位には、中国のスマートフォンメーカー・小米科技(シャオミ)、民泊仲介サイト世界最大手の米エアビーアンドビーがそれぞれつける。いずれも設立から10年もたっていないが、企業価値はそれぞれ約7兆円、約5兆円、約3兆円に上る。
日本でも急成長するユニコーンが新たに誕生した。13年設立のメルカリ(東京都港区)だ。同社は、個人がスマホを使って自分の持ち物を簡単に売買できるアプリを運営し、アプリのダウンロード総数は合計7500万に達する(日本で約5000万、米国で約2500万)。メルカリ内で売買される流通金額は、すでに年間1200億円を超え、急成長を続けている。
メルカリの売上高は、15年6月期の42億円から16年6月期には122億円へと約2・9倍に増え、今年11月に公表する17年6月期の売上高も大きく増加しそうだ。本社は15年3月に六本木ヒルズに移転。従業員数は、電話による顧客対応などを中心に450人体制に拡大した。
今後の戦略も野心的で、同社の小泉文明社長兼最高執行責任者(COO、36)は、「国内市場でさらなる成長を目指し、米国・英国での展開にも力を入れる。常に『便利』だと思ってもらえるサービスをいち早く展開していく」と意気込む。
来年にもユニコーンになろうとしているのが、freee(フリー)(東京都品川区)だ。企業価値は、約500億円に達しているとみられている。
インターネット上で経理や給与管理などが簡易に管理できるクラウド会計ソフトを企業向けに提供している。12年7月の設立から、同社のサービスを使う中小の事業者や個人事業主の間に口コミで広がり、利用した事業者は累計80万を超えた。
freeeは、現在300人の従業員数を来年には2倍の600人規模にする方針だ。サービスの対象を個人事業主や中小企業だけでなく、上場企業向けにも開始した。この勢いに乗って、「上場準備も今年から始めた」と、佐々木大輔社長(36)は一貫して積極姿勢だ。
国内でユニコーンが生まれ始めた背景には、大企業が重い腰を上げ、積極的にベンチャー企業に投資したり、協業したりするケースが増えていることもある。
こうしたベンチャー企業への投資額は16年、2000億円の大台を超えた。06年のライブドア事件、08年のリーマン・ショックなどで09~13年は600億~800億円程度で低迷していたが、14年に約1400億円、15年に約1700億円にまで回復していた。
この流れをビジネスにしたベンチャー企業も出てきた。Creww(クルー)(東京都目黒区)は、同社に登録する約2900社のベンチャー企業と、新規事業を素早く立ち上げたい大手企業とのマッチングを行っている。
Crewwは、6カ月間のプログラムを組んで大企業と二人三脚で新サービスを形にする。価格は数千万円と安くない。しかし、「プログラムの前半はマッチング、後半は実際に商品の実験もする。このスピード感で新規事業を作っていけるので、大企業が自社だけで開発するより早く、時間も買える」と、伊地知天(いじちそらと)社長(33)は力説する。
同社は従業員約30人の規模だが、有力上場企業など約50の大企業と約140のサービスを立ち上げた。そのノウハウを日本政策投資銀行(DBJ)も認め、6月よりDBJと組んで地方自治体とも新ビジネスを作るプログラムを始めている。
新しい需要を開拓しようとするベンチャー企業も出ている。
例えば、VR(バーチャルリアリティー)技術のクラスター(東京都品川区)は、インターネット上で複数の人と動画視聴したり、イベントに参加できる仮想空間を作っている。数十人から数千人規模のイベントをインターネット上で開催することも可能で、「大きな会場がなくてもコンサートを開催できる」とも期待され、音楽大手・エイベックスの子会社が出資を決めた。
人工知能(AI)開発のSELF(セルフ)(東京都新宿区、14年設立)は、人間が話しかけるAIではなく、人間に話しかけてくれるAIを開発している。AIが健康管理やニュース提供などをするスマホアプリは、ダウンロード数が40万を超えた。
スカウター(東京都渋谷区)は、「誰でもヘッドハンターになれる」というコンセプトで注目されている。友人や知り合いに転職先を紹介することで、紹介者が報酬を得られるという仕組みを提供する。16年1月にサービス提供を開始したばかりだが、現在2000人がヘッドハンターとして登録している。
◇ニッセイは地方回り
投資家側も優良なベンチャー企業探しに躍起になっている。
ベンチャー企業などの未公開株は、投資家から見ると、「プライベート・エクイティ(PE)」に分類される。こうしたPEを中心に資金を集め、投資をするファンドが日本でも増えている。ベンチャーエンタープライズセンターの調べでは、国内のベンチャーキャピタルが新たに組成したファンドは、13年度の計646億円(35本)から16年度は2130億円(49本)に増えた。
日本ベンチャーキャピタル協会会長でグロービス・キャピタル・パートナーズの仮屋薗聡一マネージング・パートナーは、「投資額は米中両国にまだ大きく水をあけられているが、独立系や大学系、特に特定分野に注目する技術系などベンチャーキャピタルのタイプも増え、投資先も広がった」と話す。
ベンチャー企業の青田買いも進む。メルカリやfreeeなどの国内の有力ベンチャー企業にはすでに多くの出資が集まり、「企業価値が高くなって良いリターン(収益率)を求めにくくなっている」(国内機関投資家)ためだ。
640億円のベンチャー投資ファンドを組成している日本生命系のニッセイ・キャピタルは、16年4月ごろから地方も含め、全国の大学に通い始めた。大学の研究室に眠る有望技術が将来の事業にならないかベンチャー企業探しを始めているのだ。
「大学の先生に会い、まだどこも出資していない企業や技術を探し出し、事業化する相談を続けている」と、日本生命の佐藤秀将・株式部未公開株式担当課長は話す。
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現在、世界各国で“カネ余り”が続く。米欧日で大規模な金融緩和状態が続くが、需要不足などで低金利・低物価となり、有望な投資先が見つからない。
そうしたなか、7月17日、みずほ銀行が米エアビーアンドビーと業務提携する方針を固めたことがわかった。市場拡大が見込める民泊関連のビジネスを今後、強化していく方針だ。今後も金融機関や大手企業によるベンチャー企業への出資や協業、買収はあるだろう。
緩和相場の波に乗ったベンチャー投資は、一過性のブームに終わる危うさを抱えながらもその熱は当面続きそうだ。
(谷口健、池田正史・編集部)
週刊エコノミスト 2017年8月1日号
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