◇脱ガソリン車ドミノ
◇活況!EV・自動運転市場
ガソリン車やディーゼル車といった内燃機関車からモーターを動力源とする「電気自動車(EV)」へのシフトが急速に進み始めた。
仏ルノー・日産自動車連合は8月29日、中国でEVを開発する新会社「eGT・ニュー・エナジー・オートモーティブ(eGT)」の設立を発表した。新会社は、すでに提携関係にある中国自動車大手の「東風汽車集団」との合弁で、中国・湖北省に設置する。中国で人気が高い「スポーツタイプ多目的車(SUV)」の小型EVを開発し、19年から東風の工場で生産を始める計画だ。
◇欧米勢が中国に殺到
中国は今、年間の自動車販売台数が2800万台を超える世界一の自動車大国となった。現在、政府が国策でEVやプラグインハイブリッド車(PHV)などを含む「新エネルギー車(NEV)」の普及を急ぐ。16年の販売は50万台を超えた。
6月にはNEV生産拡大のために規制緩和に踏み切り、これまで海外メーカーに許されていなかった国内での3社目の合弁会社の設立を、NEVに限って認めることを決めた。
世界最大のマーケットを押さえるため、欧米の大手自動車も続々と中国でのEV生産能力を増強している。独フォルクスワーゲン(VW)は中国自動車大手「JAC汽車」とEVの合弁会社を設立。独ダイムラーは中国EV専業の「北京汽車新能源」に出資した。
近年、中国をはじめ世界的にクルマのEV化が加速した背景には、自動車メーカーに対して大気汚染や地球温暖化など環境問題に配慮した製品設計が強く求められるようになったことがある。
◇「内燃機関は終わる」
現在、世界では乗用車のほか、より排気量の大きいトラックなどの商用車も含め10億台ものクルマが走っていると推定され、そのほとんどがガソリン車やディーゼル車などの内燃機関車である。
ガソリンエンジンを搭載した一般的な乗用車の場合、そのエネルギーとなるガソリンは、油井での石油の採掘からガソリンの精製、輸送、給油、走行までの一連の過程である「Well(ウェル)to(トゥ)Wheel(ホイール)(井戸から車輪まで)」において、ガソリン1リットル当たり、2・7キロの二酸化炭素(CO2)を排出しているといわれる。世界の内燃機関車が排出するCO2の量は、毎年50億トン超に上り、温暖化の元凶とされている。そこで、CO2を排出しないEVや、排出量の少ないPHVが求められているのだ。
「EVの電力をつくるのに発電所で化石燃料を燃やしていれば、ガソリン車と変わらない」との批判もあるが、米国で自動車の環境規制に強い影響力を持つカリフォルニア州大気資源局などが、「ガソリン車を走らせるよりも、EVのために化石燃料を燃やす方が環境への負荷は小さい」と指摘している。最終的に再生エネルギーでつくった電気でEVを走らせる時代を目指すのなら、“EVシフト”を加速させることは理にかなっているといえる。
実際、「脱ガソリン車ドミノ」は急加速している。
英仏政府は7月、ガソリン・ディーゼルエンジンで動く内燃機関車の販売を2030~40年ごろまでに禁止する方針を相次いで打ち出した。米カリフォルニア州はCO2などを出さないエコカー(環境対応車)の生産を自動車メーカーに課す「ゼロエミッションビークル(ZEV)規制」を強化。これからクルマの爆発的な普及期が到来するインドや東南アジア諸国も、国の施策としてEVを推進している。
思惑に違いはあるが、各国が目指すクルマはEVで一致している。
フランスは原発大国、英国は大気汚染国として化石燃料に依存しないクルマを求めているのに加え、急激なEVシフトは気候変動抑制の国際的枠組み「パリ協定」からの離脱を宣言した米トランプ政権に対するけん制との見方もある。中国は、生産でも強国を目指し、技術的には各メーカー横並びのEVでまずトップを取り、EVをクルマの“主流”に押し上げることで自動車業界での覇権をもくろむ。
自動車メーカーも動いた。スウェーデンのボルボ・カーズは6月、19年以降発売の全車種をEVやハイブリッド車(HV)などのエコカーにすると発表した。VWも中国でのEV生産を拡大する。5月にディーゼル車の排ガス不正が発覚したダイムラーは、「化石燃料車と決別し、EVシフトに弾みをつけるため自ら仕掛けたのではないか」(コンサルティング会社アナリスト)との穿(うが)った見方すらある。
ダイムラーの事件の衝撃は大きく、欧州自動車業界では「内燃機関の時代は終わるとの見方が強まっている」(在欧ジャーナリスト)。消費者の需要よりも政策優先で、フランスはEV生産を20年までに200万台、ドイツは同100万台とする目標を掲げた。
◇「4番打者」不在の業界に
EVシフトの勢いはマーケットの動きからも見てとれる。米EVメーカーのテスラ・モーターズの時価総額は、8月29日時点で約6兆3000億円と、生産台数では100倍以上もある米ゼネラル・モーターズ(GM)を7000億円も上回っている(図2)。「EVの普及に対する市場の期待を抜きにしては説明しがたい」(証券アナリスト)。
英コンサルティング大手のプライスウオーターハウスクーパース(PwC)は、世界EV市場は16年の年産66万台から23年に357万台と5倍強に成長すると予測している(図3)。
また、EVでは航続距離を延ばすための「省エネ化」と「軽量化」が重要になるため、対応する電子部品や車体の構造材料を供給するメーカーは需要拡大の好機にある。
省エネ化では、高性能リチウムイオン電池、軽量化では樹脂など軽い構造材料に注目が集まる。これを得意としている三菱ケミカルや旭化成といった日本の化学メーカーが、車載事業への投資を加速させている。
さらに、電動化率が高まれば、自動運転やコネクテッド(通信)の機能を付加しやすくなるため、クルマの周囲を認識するセンサーや、画像処理半導体の需要が伸びている。
電子部品や半導体メーカーは、注力分野をスマートフォンからクルマに切り替えた。先んじて車載部品に集中投資していたパナソニックは、車載事業の売上高を、16年度の1・3兆円から18年度には2兆円にまで伸ばす見込みだ。
ガソリン車からEVへ大きく形を変えつつあるクルマは、自動車メーカーがコントロールできる部分が少なくなる一方で、部品メーカーにビジネスチャンスをもたらしている。独コンサルティング大手ローランドベルガーは、EV化や自動運転化の加速で、自動車部品市場の規模は、15年の7000億ユーロ(約91兆円)から25年に8500億ユーロ(約111兆円)以上に拡大すると予測する。
もはやクルマは、自動車メーカーという製造業の「4番打者」だけでつくる時代ではなくなった。自動車産業は既存車だけでも全世界で250兆円という巨大市場だ。これを「ラストフロンティア」(最後の未開拓市場)と見た化学、電子部品、電機、半導体といったさまざまな業界が参入を図っている。
EV、自動運転車という「次世代カー」市場をめぐる熾烈(しれつ)な争奪戦の幕が開いた。
◇100年目の雪辱戦
足元のEVシフトは、今から約100年前の1910年代後半にガソリン車に駆逐されたEVの、1世紀ぶりの「リベンジマッチ(雪辱戦)」ともいえる。
EVは1870年代に、すでに欧州で実用化されていた。独ダイムラーの祖カール・ベンツや、米フォード創業者のヘンリー・フォードらのガソリン車発明よりも、およそ20年早く、EVは世に出ていたのだ。静かで排ガスも出さないEVは、1900年代初頭に空前のブームを巻き起こし、新興勢力であるガソリン車と自動車市場を二分していた。
しかし、中東で大油田の発見が続いたことで石油価格が急落すると、ガソリン車の開発・普及が一気に進み、その結果、EVは1920年ごろまでに市場から姿を消した。
今、状況は再び一転した。ガソリン車に一掃されたEVが、今度は「環境にやさしいクルマ」としてガソリン車を駆逐しようとしている。
(大堀達也・編集部)(谷口健・編集部)