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戦前の国債直接引き受けより強烈=平山賢一〔出口の迷路〕金融政策を問う(19)

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国債市場の参加者は思考停止に陥っているが、一度動き出せば想定以上のリスクにさらされる可能性がある。

 

平山賢一(東京海上アセットマネジメント運用戦略部長)

 日本銀行の量的・質的金融緩和導入から5年を経て、多くの債券ファンドマネジャーに2018年の見通しを聞いてみると、「微修正はあっても、現在の金融政策のスタンスが大きく変わることはない」と現状維持を決め込む意見が多いことに驚く。日銀の市場操作方針に沿った売買を愚直に繰り返せば、ここ数年は容易に利益を積み上げることができた。国債市場参加者の多くが、この願望にも似た見通しを抱きつつ、財務省の入札と日銀の市場操作にだけ神経を集中させることに慣れ切ってしまっているわけだ。

 

 これは、1940年代前半の国債市場参加者が、政府の国債消化策に従い、自律的な市場の価格決定機能を低下させていった状況に似ているとは言えないだろうか。当時は三分半利債(利率3・5%)が、3・7%の利回り水準でくぎ付けされた。現在は日銀のイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)により10年国債利回りがゼロ%にくぎ付けされている。水準こそ違うが、国債市場参加者の思考停止状態は共通している。

 

 ここでは、現代と同様に国債市場参加者が思考停止に至った戦前・戦時期の国債市場を確認することで、現在の国債市場の脆弱(ぜいじゃく)性と今後の金融政策の課題を考えてみたい。

 

 1932年以降に実施された日銀による国債の直接引き受けは、経済に大きな影響を及ぼした政策として知られている。だが、現在の日銀による市場を介した国債購入は、それ以上に強烈な政策として位置付けられよう。

 

 というのも戦前の国債引き受けは、日銀が引き受けた国債の90%程度は、そのまま5大銀行をはじめとする金融機関に売却されたため、日銀が国債を丸抱えしたわけではなかったからである。むしろ、国債残高に占める日銀の保有比率は、40年に約14%でピークアウトし、45年には約5%まで低下している。現在は財務省から発行された国債を国債市場から購入しているとはいえ、日銀の保有比率は41%(2017年9月末、国庫短期証券を含む)まで上昇しており、国債に対する関与率は戦前期の比ではないほど大きいのである。

 

 国債残高に占める預金取扱金融機関の保有比率は約17%まで低下しており、戦時期に割り当てを実施して市中金融機関による国債消化に躍起になった政府とは全く異なる状況にある(1945年の同保有比率は約56%)。この間に、5大銀行をはじめとする大銀行は、軍需産業等への融資拡大が至上命題として課されたため、戦時末期には日銀が引き受けた国債の主たる売却先は地方銀行だった。重要なポイントは、国債利回りを固定化する価格統制を実施しつつも、金融機関などを介して広く国民に国債保有を促していた点である。

 

 現在は、10年国債利回りの水準を固定化する点では共通するものの、国債保有は日銀に集中させている点で大きく異なっている。本来は、累増する国債所有構成の多様化を図るべきところを、日銀への集中化が進み、一方で、機動的に投資戦略を変える海外投資家の保有比率(約11%)が高まっているのである。

 

 

国債の日銀引き受けでらつ腕を発揮した高橋是清蔵相

 

 ◇資本逃避を防ぐ

 

 国債保有構成の相違に加えて、現代の国債市場は戦前・戦時期と比較すると、主として三つの相違点があることを指摘したい。

 

 第一に、戦前期は日銀の引き受け実施に先駆けて、資本逃避防止法が制定され、国内資金の海外流出を抑制した点を挙げることができる。国内の余剰資金は国内で還流することになり、資本逃避による市場変動を回避することが容易になった。

 

 現代では、グローバルな資金移動を抑制し、国内資金が海外に流出することを回避することは難しい。市場性のある長期債利回りを固定化するイールドカーブ・コントロール政策も、戦前期のように容易にできるとは限らないと言えよう。

 

 第二に、戦前期は、国債の標準発行価格制度が採用され、国債の時価が下落しても発行価格で評価することが可能になった。これは時価会計が採用されていた戦前期にあっては、国債評価損計上リスクが低減するため、非常に強い国債保有動機を投資家にもたらすことになった。

 

 現代の場合には、国際金融規制などもあり、国債保有に伴う時価評価損失を全く計上しないというわけにはいかない。国債保有が日銀に集中する中で、再び金融機関などの保有比率を引き上げるためには有効な手立てかもしれないが、実現可能性は低いと言えよう。

 

 第三に、戦前から戦時期にかけては、金融財政当局による一元的な統制行政が実施され、国債管理政策・金融行政をつかさどる大蔵省やその他省庁と日銀が一体となって金融統制を実施していた。しかし、現代は、国債の調達管理を円滑に行いたい財政当局、金融機関の効率・健全経営を推進したい金融当局、物価の安定を図りたい中央銀行の方向性は、必ずしも一致していない。

 

 ◇変動率は上がっている

 

 これらの市場環境の違いは、国債市場のリスクにも反映されている。残存年数1年超の国債全銘柄に投資した際に得られる収益率(月次リターン)の年間標準偏差により、国債市場のリスク(変動率)を算出した(図)。

 

                               

                               

 戦前期に日銀による国債引き受けが実施された期間に、国債市場のリスクは急速に低下し、戦時期には長期金利が固定化されたため国債リスクは消失したと言える。それだけ、金融統制が発揮され市場の変動抑制に成功していたわけである。

 

 一方、現代にあっては、量的・質的金融緩和が採用された2013年や、マイナス金利が導入された16年など政策変更があった年には、国債市場のリスクが低下するのではなく、むしろ上昇している。13年以降も、ある程度の変動率が維持され、1940年代のように短期金融市場並みの水準までリスクが低下しているわけではない。同じように長期金利を固定化しているという点で共通しているものの、戦時期と現代の国債市場は別物であると考えてもよさそうだ。

 

 一見、静かな国債市場だけに、変化し始めたときには大きな衝撃が生じる可能性もある。そもそも、日銀が金融引き締めを実施した時代を知らない債券ファンドマネジャーも増えており、その時には見通しさえ立てられずに右往左往するかもしれない。

 

 また、海外投資家の中には、安いコストで調達できる日本円を活用して日本国債を保有すると、容易に利ザヤが稼げる状況を利用する層が一定程度存在しているのも心配の種だ。これらの投資家は、金融政策の転換により状況が変化すれば、瞬時に運用戦略を変更し、持ち高を整理するために日本国債の売り手に回ることになるからだ。

 

 さらに、株式市場は、国債市場とは対照的に、2017年末から様子が違ってきている。一部の株式ファンドマネジャーは、世界的な景況感の良さと、米国の政策金利引き上げを背景に、これまで避けられてきた銀行株を買う動きが出始めている。金利上昇により業績回復が期待できる銀行株に対する見通しの変化は、従来の金融政策を背景とした投資行動とは一線を画しているものと言えよう。

 

 18年は金融政策の微修正が想定されているが、出口を考えるならば、戦前に行われた、資本逃避規制、国債評価額制度は難しいとしても、政策当局者間の協調、意思統一くらいは確保すべきだと言えそうだ。

 

 

(平山賢一・東京海上アセットマネジメント運用戦略部長)

 ◇ひらやま・けんいち

 

 

 1966年神奈川県生まれ。89年横浜市立大学商学部卒業、大和証券投資信託委託入社。94年青山学院大学大学院国際政治経済学研究科修士課程修了。97年東京海上火災保険入社。東京海上アセットマネジメントチーフファンドマネージャー兼チーフストラテジストなどを経て、2016年から現職。著書に『振り子の金融史観』『「増やすより減らさない」老後のつくり方』など。



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