米国債売りで1ドル=80円も
覇権崩壊で大動乱期に
松本惇/成相裕幸
米国と中国の間で関税強化の応酬となるなど米中の貿易摩擦が激しくなる中、中国の「米国債売却」カードが、ドル覇権に大きな影を落としている。大量の米国債を保有する中国がそのカードを切れば、ドルの信認失墜につながるからだ。3月末には中国の崔天凱・駐米大使が米国債の購入減額について「あらゆる選択肢を検討している」と発言したと報道されるなど、売却観測がくすぶっている。
国際金融市場に詳しい豊島逸夫・豊島&アソシエイツ代表は「中国が米国債を大幅に手放すようなことになれば、米国債の格下げなどが現実化してドル売りが進む。投機筋がその動きを増幅させれば、短期間で1ドル=80円程度までドルが暴落してもおかしくない」と警告する。
米中の貿易摩擦は、「米国第一主義」を掲げるトランプ大統領が内向きの姿勢を強めていることで激しさを増している。この内向きの姿勢は軍事面でも顕著だ。国際社会の安全保障を一手に担う「世界の警察官」の役割から降りるとして、世界に駐留する米軍の撤退を模索する。こうした態度は、軍事力を裏付けとするドルの信用力低下につながる。
4月13日に起きた米英仏3カ国によるシリア攻撃は一見すると、そうした安全保障政策に逆行するかのように思えるが、エイジェム・キャピタル・グループの小西丹(まこと)ダイレクターは「米軍が世界から撤退する『アメグジット戦略』の一つ」との見方を強める。
その根拠は「アサド政権の化学兵器使用と今日の報復措置は、ロシアによる失敗の結果だ」と、「ロシアの責任」を主張したトランプ氏の演説だ。小西氏は「『ロシアの責任』を強調することで、ロシアに『しっかり管理・統制せよ』というメッセージを送っている。これは中東をロシアに任せ、米国が撤退する布石」と見る。5~6月に予定されている史上初の米朝首脳会談などの動きも、「米軍が朝鮮半島から撤退するとの合意が中国との間でなされているために起きている」と指摘する。
これらの動きに加え、北朝鮮やロシア、イランなどに経済制裁の手段としてドル決済を停止することが、「『ドル離れ』でなく、米国側からの強制的な利用排除につながる」(渡辺博史・国際通貨研究所理事長)との声もある。
◇外貨準備のドル比率が低下
シェールオイル革命による原油輸入の減少や、国内経済のけん引役が製品の輸入が不要なサービス産業となるなど経済構造も変化し、米国経済の成長による海外の恩恵は少なくなった。米国経済の相対的な影響力の低下は、投資家によるドル需要の低下だけでなく、各国政府・中央銀行が持つ外貨準備におけるドルの割合の低下をもたらしている。
国際通貨基金(IMF)によると、2001年に71%台だった世界の外貨準備におけるドル比率は、13年に61%台にまで低下。09年のギリシャの財政危機に端を発するユーロ危機の影響で価格が落ちたユーロからドルに回帰する動きがあったため、一時的にドル比率が増加したが、UBS証券はユーロ危機の影響がなければ60%を下回っていたと推計する。一方、01年に10%に満たなかったドル・ユーロ以外の通貨の割合は17年に16%台に上昇した。
また、為替取引においても同様の理由でユーロからドルに回帰する動きがあったため、16年のドル比率は43・8%となっているが、ドル・ユーロ以外の通貨の割合も40・5%まで上昇し肉薄している。
◇通貨のレジームチェンジ
人民元の国際化を掲げる中国は、3月には上海市場で初の人民元建て原油先物の取引を始めるなど、ドルの覇権に挑戦する姿勢を鮮明にしている。また、欧州の単一通貨であるユーロも、域内ではドルを上回る国際資本取引が行われるなど基軸通貨としての機能を存分に発揮。アジアの新興国においても、各国の中央銀行間でドルを介さず、お互いの通貨を交換する動きが強まっている。
もちろん、ドル以外の通貨がすぐにドルに代わる基軸通貨になることは考えにくい。台頭著しい人民元も為替レートは中国政府によって管理され、海外への資本逃避を防ぐための規制はいつ発動されるか分からないなど、市場の完全な自由化には至っていないからだ。また、ユーロも域外には普及していない。
複数の専門家は、米州はドル、アジアは人民元、欧州はユーロという「通貨3極時代」を予想する。
豊島氏は「通貨のレジーム(体制)チェンジが起こっており、今後5~10年間は移行期となる。長期的にドル安が進行することで、世界の多くの輸出主導国は自国通貨高になり、経済的なダメージを受けるだろう」と推測する。
「ドルの通貨覇権が崩壊し、大動乱期が来る」(浜矩子・同志社大学大学院教授)。果たして、日本政府や企業は備えができているだろうか。
(松本惇・編集部)
(成相裕幸・編集部)