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特集:爆速イノベーション中国の技術 2018年3月20日号

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自動運転の「アポロ計画」

 

バイドゥ主導で世界覇権へ

 

田中道昭(立教大学ビジネススクール教授)

「人工知能(AI)が運転手」となる自動運転の世界において、「中国AIの王者」とも呼ばれている同国検索最大手企業の百度(バイドゥ)が、世界最大最強の自動運転基盤(プラットフォーム)を構築しようともくろんでいる。その名も「アポロ計画」。米航空宇宙局(NASA)が取り組んだ有人月面着陸計画と同名だ。中国政府から「AI×自動運転」の国策事業としての委託も受け、勢力を急速に拡大中だ。

 
 バイドゥは「中国のグーグル」とも呼ばれ、「バイドゥ検索」「バイドゥ地図」「バイドゥ翻訳」などを相次いで事業化し、阿里巴巴集団(アリババグループ)、テンセントとともに、中国3大IT企業「BAT」の一角を占めてきた。ただ、同社は近年スマートフォンへの対応に出遅れ、2社からは売り上げ・時価総額ともに後塵を拝してきた。そのバイドゥが起死回生を期して勝負をかけているのが自動運転領域も含めたAI事業なのである。

 

◇米独勢巻き込み

 

 

 バイドゥは、BATの他2社に先行して14年に米シリコンバレーにAI研究所を設立した。短期間で10万人のAI開発者を育成することを宣言し、実際に同社AI事業のプラットフォームである「百度大脳」、本稿で紹介するアポロ計画、音声AIアシスタント「デュアーOS」プロジェクト(22ページコラム参照)などを推進してきている。

 

 17年1月には米マイクロソフト取締役だった陸奇(ルーチー)氏を招へい、バイドゥ全体の最高執行責任者(COO)及びバイドゥ自動運転ユニット責任者に任命している。陸奇氏は今年1月に米・ラスベガスで開催された世界最大級の家電見本市「CES2018」で、「中国やバイドゥのAI技術はすでに米国勢のレベルを凌駕(りょうが)している」と強気の発言を行い、話題を呼んだ。

アポロ計画のコンセプト車はCESでも注目の的だった(筆者撮影)
アポロ計画のコンセプト車はCESでも注目の的だった(筆者撮影)

 


 アポロ計画が世界最大・最強の自動運転プラットフォームになる可能性があると評価されているのは、まず参加している企業数とその顔ぶれからである。当初から中国の主要完成車メーカーはもとより、独ダイムラー、米フォードなどの完成車メーカー、独ボッシュやコンチネンタルなどのメガサプライヤー、さらには自動運転の心臓部を握るとされるAI用半導体メーカーとしての米エヌビディアやインテルなど50社が名を連ねた。発足から半年で参加社は中国内外の約1700社に膨れ上がったと言われる。一方で、日本勢はパイオニア等に参加が限られ、「中米独連合」という政治色の強いプラットフォームになるとも目されている。


 内容について目を見張るのが、自動運転事業における横軸の事業領域(認知→判断→制御)の各段階で、縦軸の事業領域(車両レファレンス・ハード・ソフト・クラウド)の各層の技術を集結して開発を進めていることである。重要部分で縦軸を通す体制によって、世界最強の布陣で開発を進めているのだ(図)。ちなみに、車両レファレンスとは、バイドゥ独特の言い回しで、車両の動力系統を電子制御する階層を指す。


 重要部分の一例を挙げたい。次世代自動車産業の車載OS(基本ソフト)になると期待されている車載コンピューティングユニットにおいては、バイドゥ×米エヌビディア×独ZFの3社提携による開発推進がCESで発表された。まさに自動運転技術の心臓部における最強の「AI企業×AI用半導体×メガサプライヤー」の組み合わせという「中米独連合」の布陣である。

 

◇三次元地図で強み

 

 バイドゥとグーグルは、検索や翻訳という点で事業構造が類似していることは先述したが、自動運転においても類似点がある。グーグルのサンダー・ピチャイ最高経営責任者(CEO)は「モバイルファーストからAIファーストへのシフト」を宣言するのとともに、2016年12月には、研究開発子会社「グーグルX」の開発段階を終了させ、別の子会社「ウェイモ」で自動運転車の事業化に向けて再起動すると発表した。バイドゥが自動運転の技術開発に本腰を入れた時機とほぼ同じだ。

 

 高精度三次元地図(以下、三次元地図)に強い点も共通だ。三次元地図は、完全自動運転のデジタルインフラと称される。この分野で世界的に優れていると言われるのが、米国ではグーグル、欧州ではHERE(ヒア)、そして中国ではバイドゥだ。

 

 車線が消えていることも少なくない一般道路で完全自動運転を実現するためには、カメラからの画像データだけでは不十分とされる。三次元地図では、周囲の障害物の形状を把握するセンシング部品「ライダー」からのリアルタイム情報と、車の現在位置を照合し、クラウド上で車線や道路標識を忠実に再現する。バイドゥは、「バイドゥ地図」での知見、データビジネスで蓄積したビッグデータ、自動運転での知見をかけあわせて、三次元地図においても覇権を握ろうと企んでいるのだ。

 

 バイドゥのアポロ計画が短期間のうちに急速にその勢力を拡大しているのは、中国政府の強力な支援も大きい。国家産業政策における「自動車産業×AI産業」育成政策を体現したものの一つが、バイドゥが国家から委託されている「AI×自動運転」事業なのである。

 

 ◇引き離される日本勢

 

 次世代自動車産業の覇権をめぐる戦いにおいては、アリババやテンセントも独自の動きを鮮明にしている。中国最大のライドシェア会社である滴滴出行(ディディチューシン)も完全自動運転車を最終目標の一つに考えているようだ。こうした厳しい競争環境が、バイドゥに競争力を付けている点も見逃せない。

 

 「中米独」を中心とする強力なメンバー、中国政府の強力な支援、自社での「ビッグデータ×AI」分野での強み、そして中国内での熾烈(しれつ)な競争環境から生み出される競争力。自動運転では、レベル2(減加速、ハンドル操作の両方を支援)から始めて徐々にレベル4(一定の条件下ですべての操作を自動で行い、ドライバーは関与しない)に上げようとしている日本に対して、最初からレベル4に挑んできた海外勢の間で明暗が分かれつつある。グローバルな次世代自動車産業における最大最強の自動運転プラットフォーム候補として、今後もアポロ計画から目が離せそうにない。

週刊エコノミスト2018年3月20日号


アフターサービスに注力 金子靖代 シーボン社長

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Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 事業内容は。


金子 今年53年目の化粧品会社です。大きな特徴は化粧品の研究開発から製造販売、アフターケアまで一貫して手がけていること。直営店舗のシーボン・フェイシャリストサロンで90%以上の売り上げを占めます。他社と一番異なるビジネスモデルはアフターサービスに力を入れているところです。化粧品を売って終わりではありません。お客様の肌に最後まで責任をもつために、化粧品を購入していただいたお客様に無料で行っています。


── 商品の特徴は。


金子 売り上げの90%以上はスキンケア商品です。他社は20代、30代と年齢を区切って製品ラインアップを取りそろえることが多いですが、弊社ではお客様の肌をみて最適な製品を提案します。各々のトラブルに応じたラインアップをそろえていますが、50代以上のお客様が多いことからアンチエイジングの商品が充実しています。


── どのように事業を拡大していきましたか。


金子 30年前に大きく事業を転換しました。1986年に訪問販売から直営店舗での営業に大きく切り替えました。それ以前は専業主婦が家の中にいて、在宅率が高く直接訪問スタイルでアプローチできましたが、女性の社会進出などもあり女性たちが外に出るようになりました。そこで場所を決めてお客様に来店していただくビジネスモデルにいち早く切り替えました。


── 事業のどの部分に力を入れていますか。


金子 弊社の主力となるのはスキンケア商品です。例えば化粧水ならば1カ月半から2カ月でなくなるのでリピート購入が発生します。アフターサービスに力を入れることでリピート購入の機会を逃すことがなくなります。化粧品はいわば浮気しやすい商材で、女性はいろいろな化粧品を試しがち。固定客になってもらうには時間がかかりますし、アフターサービスによってお客様とつながりを強くすることが可能になります。


── 社員教育は。


金子 非常に大事です。販売、アフターサービス、そしてお客様のお肌の相談に乗ることもありますので高い社員教育をクリアしなければなりません。川崎の本社には120人が泊まることができる研修棟がありますが、ベテランも年1回、自己流なやり方にならないように技術を更新する必要があります。日本は他国と比べてもサービスレベルが高い国。かなり上質のサービスを提供しないと、お客様が通い続けてくれることは難しくなってきます。


── 女性社員が活躍するための工夫は。


金子 弊社の女性比率は92%。管理職も86%ほどでかなり高い数字です。ショートタイム正社員制度を導入していますが、いくら制度を整えても使える環境がないと機能しません。(時短勤務で業務などの)支えが必要な社員がいれば、むろん彼らを支える社員もいます。お互いが置かれている立場の理解がなければいけません。社内報では、結婚と仕事の両立支援を目的に、結婚した社員のライフスタイルや働き方のロールモデルを紹介しています。このロールモデル紹介は、産休・育休中の社員や介護の体験談、さらに男性の育児参加を啓発することを目的に、女性社員の配偶者の育児協力例まで拡大しました。

 

 ◇定期的に「ファミリーデイ」

 

── 具体的にどのようなことをしていますか。


金子 社員の家族を店舗に招く「ファミリーデイ」も定期的に開いています。準備をするのはフルタイムで働く支える側の人たち。彼らが時短勤務の社員らの家族のやりとりを間近にみることで、家庭をもつ人たちの大変さがわかるんですね。支える側が応援しようという気持ちになります。その後のコミュニケーションが円滑になり、お店の雰囲気が抜群によくなります。時短勤務の社員で店長になった人もいます。支える側と支えられる側のコミュニケーションが一番大事です。


── 海外展開は。


金子 1月に中国浙江省寧波に出店しました。初めての海外店舗です。今、中国ではモノだけでなくコト消費。中国の国自体にサービスレベルを底上げしたいという意識を感じます。弊社はものを売るだけではなく、そこから関係を始めていくスタイル。成功できる見通しがあります。現地には国内から選抜したグローバルフェイシャリスト3人を派遣しています。


── これからのビジョンは。


金子 国内では四国などまだ直営店舗がない地域もあります。まだまだ出店できる可能性がありますが、店舗を増やすことだけをベストなこととは考えていません。一番効率的なのは既存店のボリュームアップ。人が集まるお店をマーケットに合わせて大きくしていくことが一番効率的。昨年は京都店を増床しました。今はイベント集客を主体にしています。その場での簡単な肌チェックや化粧品サンプルを使ってもらい店舗にきてもらう流れです。


── サービスで心がけていることは。


金子 弊社の化粧品は決して安くはありません。その値段で買うのならアフターサービスが充実していたり、気分よく買いたいというお客様の気持ちもあるでしょう。そこでどれだけいいサービスができるか。かゆいところに手が届く、人でなければできないサービスを提供していきます。
(構成=成相裕幸・編集部)

 

 ◇横顔

 

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか
A 製品企画、とくに新商品のことを365日考えていました。


Q 「私を変えた本」は


A 旧約聖書です。ビジネスのいろいろな場面で文章が知らずに浮かんできます。


Q 休日の過ごし方


A 家事、掃除、料理です。家にいることが大好きです。
………………………………………………………………………………………………………
 ■人物略歴
 ◇かねこ・やすよ
 1959年生まれ。北海道出身。北海道武蔵女子短期大学卒業。84年シーボン・札幌支社に入社。2000年管理本部長、同年に取締役。02年専務取締役などを経て05年から現職。58歳。
………………………………………………………………………………………………………
事業内容:化粧品の製造販売業
本社所在地:川崎市
設立:1966年1月
資本金:4億7492万円
従業員数:1096人(2017年3月31日現在)
業績(17年3月期)
 売上高:124億9330万円
 営業利益:3億2532万円

2017年3月20日号 週刊エコノミスト

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定価:620円

発売日:3月12日

 

爆速イノベーション中国の技術

 

 

自動運転の「アポロ計画」

バイドゥ主導で世界覇権へ

 

田中 道昭(立教大学ビジネススクール教授)

 

「人工知能(AI)が運転手」となる自動運転の世界において、「中国AIの王者」とも呼ばれている同国検索最大手企業の百度(バイドゥ)が、世界最大最強の自動運転基盤(プラットフォーム)を構築しようともくろんでいる。その名も「アポロ計画」。米航空宇宙局(NASA)が取り組んだ有人月面着陸計画と同名だ。中国政府から「AI×自動運転」の国策事業としての委託も受け、勢力を急速に拡大中だ。

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目次:2018年3月27日号

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CONTENTS

相場急変
24 “異常”だった「適温相場」 米雇用統計に右往左往 ■桐山 友一
27 ビューティーセブン 化粧品7銘柄の爆騰 ■編集部
28 歴史に学ぶ ブラックマンデーと共通点 ■平川 昇二
30 乱高下相場でも堅調な70銘柄とディフェンシブ株
32 急変相場の裏側 (1)VIXショック 一夜にして元本が吹っ飛んだ「先物インバース」 ■尾藤 峰男
34         (2)リスク・パリティ戦略 変動率高まり株式を売却 ■安間 伸
36         (3)外国人投資家 今年に入り8週連続売り越し ■菊地 正俊
38         外国人投資家に評判悪い日銀の大量ETF購入
39 キャッシュリッチ銘柄を狙え! 相場調整で自社株買い期待 ■大川 智宏
40 これから狙える キャッシュリッチ銘柄70 ■編集部
42 「炭鉱のカナリア」 米長短金利差の逆転はまだ先 ■香川 睦

Flash!
17 トランプ氏の米朝首脳会談即決の裏で政権の機能不全/亀井静香前衆議院議員 「拉致問題解決に俺が北朝鮮に行く」
19 ひと&こと 楽天が株主の出版取次会社がブログ記事に法的措置検討へ/格安床屋QBハウス上場後の出口は/クアルコム買収計画とん挫のブロードコムをインテル買収?

World Watch
72 ワシントンDC 白人キリスト教のグラハム師死去 ■井上 祐介
73 中国視窓 習近平独裁で新たな時代 ■前川 晃廣
74 N.Y./ロサンゼルス/ハンガリー
75 韓国/インド/フィリピン
76 香港/サンパウロ/エチオピア
77 論壇・論調 EUの報復で貿易戦争に発展か ■熊谷 徹

Interview
4 2018年の経営者 込山 雅弘 JALUX社長
20 挑戦者 2018 青木 康時 アクティブソナー社長
54 問答有用 澤 宏司 数理科学者
 「“新しい解き方”にチャレンジする心を育てたい」

エコノミストリポート
100 米輸入関税導入 貿易赤字縮小に「安保」利用 保護主義強めるトランプ政権 ■桂畑 誠治

80 未来 「日本の未来像」を考えるシンポ ■山口 敦雄
86 インド GDPが英仏抜いて世界5位へ ■河合 良介
90 イタリア 「五つ星」が連立の台風の目に ■渡邊 啓貴
92 中国 全人代で独裁の基盤固めた習近平氏 ■稲垣 清
94 原発 「緊急事態」に備えた美浜施設を取材 ■開沼 博
96 薬物 米大統領が対応を要請するオピオイド中毒 ■窪谷 浩
98 経営 いばらの道の大塚家具 ■松崎 隆司

Viewpoint
3 闘論席 ■片山 杜秀
23 グローバルマネー 「奴雁」としての真価が問われる日銀新体制
44 キラリ!信金・信組(13) 地域のお金は地域に還元する ■浪川 攻
46 福島後の未来をつくる(67) 「脱炭素革命の衝撃」の全貌 ■堅達 京子
48 国会議員ランキング(18) 第195特別国会の「三ツ星議員」 ■磯山 友幸
50 海外企業を買う(182) コストコ・ホールセール ■小田切 尚登
52 名門高校の校風と人脈(282) 宇部高校(山口県) ■猪熊 建夫
58 学者が斬る 視点争点 「都市対地方」の構図から脱却を ■嶋田 崇治
60 言言語語
78 アディオスジャパン(94)(最終回) ■真山 仁
82 東奔政走 森友“氷山”に現れた二つ目の山 ■前田 浩智
84 出口の迷路(24) 終わりなき緩和が新陳代謝を妨げる ■加藤 出
110 独眼経眼 企業の販売価格が示すインフレ基調 ■藤代 宏一
111 ウォール・ストリート・ジャーナルのニュース英語 “ Dual mandate ” ■安井 明彦
112 ネットメディアの視点 良いネット記事からは未来が見える ■土屋 直也
119 商社の深層(105) EVシフトに動く鉄鋼商社 ■井戸 清一
120 アートな時間 映画 [ニッポン国VS泉南石綿村]
121        舞台 [百年の秘密]
122 ローカル・トレインがゆく(16) 流鉄流山線 ■文・金子恵妙/写真・中村琢磨

Market
104 向こう2週間の材料/今週のポイント
105 東京市場 ■藤戸 則弘/NY市場 ■佐々木 大樹/週間マーケット
106 欧州株/為替/原油/長期金利
107 マーケット指標
108 経済データ

書評
66 『性格スキル』
  『資本主義の運動法則と定常社会』
68 話題の本/週間ランキング
69 読書日記 ■荻上チキ
70 歴史書の棚/出版業界事情

103 第38回「毎日経済人賞」贈呈式

65 次号予告/編集後記

伸び続ける航空需要がチャンス 込山雅弘 JALUX社長

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Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── JALUXとはどんな会社ですか?


込山 そもそもは、日本航空(JAL)が飛行機を飛ばすのに必要な付帯的事業をするために設立されました。一番初めにできたのは、機体やJALの従業員向けの保険事業と、社宅や寮などの不動産事業です。そして、JALの飛行機の中に必要な毛布やイヤホンなどの調達や、機内食、空港の店舗運営へと広がっていきました。


── 事業分野が多様ですね。


込山 会社が成長するに従って、機内の通信販売に関連するということで、ワインや農水産物の輸出入も手がけるようになりました。さらには、JAL向けに取引していた経験を生かして、航空機の備品や航空機そのものの売買も独自に始めています。


── 現在の柱の事業は?


込山 まずは航空・空港関連です。航空事業では、主に航空機エンジンの部品を売っています。一部のエンジンは日本のメーカーが整備を請け負っているものがあり、必要な部品を我々がアメリカの拠点から調達してくるのです。中古のエンジンを買ってきて航空会社にリースしたりもします。航空機の需要は今後20年で1・5倍に伸びるといわれ、エンジン整備などの需要も必ず発生します。


── 空港運営も手がけるとか。


込山 ラオスの首都ビエンチャンのワッタイ国際空港で、国際線ターミナルビルを1999年から運営しています。また、2015年からはミャンマー北部のマンダレー国際空港の運営も30年間の契約で始めました。ビエンチャンの空港はターミナルの中のオペレーションですが、マンダレー空港は航空管制以外はすべて運営しています。


── 東南アジアの旅客需要は伸びているのでは?


込山 17年はビエンチャンでは国際線だけで約138万人、マンダレーは国内線も含め約135万人の利用客で、毎年10~15%は増えています。ビエンチャンは19年に契約期限を迎えますが、日本の企業として引き続き空港運営を受託できるよう尽力しています。海外の空港はどこも運営の民営化が進んでいるので、チャンスは追求したいですね。


── 他にはどんな事業が?


込山 水をかけると1時間で固まる道路補修材(アスファルト)の「マイルドパッチ」を扱っています。道路会社の前田道路が開発し、飛行場の滑走路の修理などにも使用しているものです。海外では「アクアパッチ」という名称で販売し、前田道路から海外展開を委託されています。米国ではアスファルト会社と提携し、全土で販売を始めました。アスファルトを温めなくてもいいので利便性が高く環境にもいい。値段が少々張るのですが、少しずつ実績を上げているところです。

 

 ◇JALブランドを生かす

 

── 空港店舗はどんな状況ですか?


込山 現在は空港店舗「BLUE SKY」(ブルースカイ)を、全国27空港84店舗で展開しています。また、空港免税店舗「JAL─DFS」は成田、羽田に13店舗があります。インバウンド(訪日外国人)に加えて国内旅行者も増えており、これからも着実に伸びる見込みです。
── 中国人観光客が家電などを大量に買う“爆買い”は収まりました。


込山 一番大事なのは、お客さまが何を求めているかを常にフォローすることです。現在は化粧品や酒、タバコ、雑貨などへと変わってきており、販売データを有効に生かしながら、店頭に置く商品を変えて対応していきます。


 実は、空港で売るお弁当を「空弁(そらべん)」と言い始めたのはJALUXなんですよ。


── それは知りませんでした。


込山 子会社の「日本エアポートデリカ」がさまざまな種類のお弁当を作っており、羽田のブルースカイではお弁当の7~8割を占めています。一部の機内食も日本エアポートデリカで作り、現在では空港外の東京駅でも販売するようになりました。また、ワインの輸入にも力を入れています。取り扱うワインの65%がアメリカワインで、高級シャンパンも2種類あります。グレードの良いものをお客さまに提供し、ブランド力を保っていく戦略です。


── かつてはJALの子会社でした。


込山 現在の出資構成は、筆頭株主が双日の22%、JALは21・4%、日本空港ビルデングが8%。JALの子会社ではなくグループ会社なので、JALブランドのグループ力を生かしながらも独自の事業を展開したいと考えています。具体的には、まずはやはり航空・空港関連。特にアジアではこれから物流も増え、航空機への需要が高まります。整備事業で築いた日本のメーカーとの関係を生かし、新しいエンジンなどをアジアに向けて販売していきたいですね。理想としては、航空機のMRO(整備・修理・オーバーホール)事業にも培った経験を生かして入っていければと思っています。


── 今後の目標は。


込山 今期は経常利益で46億円を計画しており、20年度に経常利益80億円の達成を中期経営計画で掲げています。既存事業の拡大と新たな挑戦をもって、さらに上のステージを目指していきたいと考えています。販売力や製造力などを付けるために、卸問屋やメーカーとのM&Aや提携の可能性も追求していきます。
(構成=桐山友一・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 日商岩井(現・双日)で石炭の輸入を担当し、顧客ニーズ把握に明け暮れました。当時は石油価格が暴騰し、製造業がエネルギー源を石油から石炭へ再シフトしていました。常に顧客が何を求めているかを知ること、人間関係構築の大切さを学びました。


Q 「私を変えた本」は


A 中学・高校の校長だったグスタフ・フォス神父の『日本の父へ』です。人間として、男として、父親としての生き方を改めて認識させられました。


Q 休日の過ごし方


A 運動不足解消のため早足のウオーキングです。
………………………………………………………………………………………………………
 ■人物略歴
 ◇こみやま・まさひろ
 1952年生まれ。神奈川県出身。栄光学園高校、上智大学外国語学部卒業後、75年に日商岩井(現・双日)入社。常務執行役員海外業務担当などを経て2016年6月から現職。65歳。
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事業内容:航空・空港関連、一般商事
本社所在地:東京都港区
設立:1962年3月28日
資本金:25億5855万円
従業員数:2437人(2017年3月末現在、連結)
業績(17年3月期、連結)
 売上高:1432億1700万円
 営業利益:40億5600万円

特集:相場急変 2018年3月27日号

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"異常“だった「適温相場」

 

米雇用統計に右往左往

 

桐山友一(編集部)

 

 米労働省が米東部標準時間の3月9日午前8時半(日本時間午後9時半)、市場が固唾(かたず)をのんで見守った2月の雇用統計を発表した。最も注目が集まったのは、民間非農業部門の労働者の「平均時給」。前年同月比で2・6%上昇と市場予想の2・8%を下回ったことを好感し、同日の米ダウ工業株30種平均(NYダウ)は前日比440ドル53セント(1・8%)高の2万5335ドル74セントと、大幅高で引けた。


 市場が平均時給の伸びに警戒するのは理由がある。平均時給が上がれば、消費の活発化などでインフレ率も上がる。そうなると、インフレ率の上昇に敏感な米連邦準備制度理事会(FRB)が、金融引き締めペースを加速して金利が上昇する。その結果、株式が金利水準に比べて相対的に割高になり、株式が売られて株価が下がる──。こうした連想が一気に働き、株価を大きく左右したと考えられる(図1)。


 実際、今年2月の株式市場の乱高下を引き起こすきっかけとなったのが、2月2日に発表された1月の雇用統計だった。平均時給が2・9%上昇(その後2・8%に下方修正)と市場予想の2・7%を上回ったことで、インフレ懸念が高まり米長期金利が急上昇。割高感が漂っていた米株式が一気に売られ、NYダウは前日比2・5%の大幅安となった。その余波はあまりに大きく、週明け5日のNYダウも4・6%安となり、下げ幅は前週末比1175ドル21セントと史上最大を記録。日本株もその影響から逃れることはできなかった。

 

◇5%以上下落は年3回

 

 低インフレ、低金利の「適温経済」の中で、たんたんと株価が上昇を続ける──。そうした「適温相場」はもう終わってしまったのだろうか。振り返れば、2017年は米S&P500株価指数のトータルリターン(配当込み再投資)が史上初めて、12カ月すべてでプラスとなった年だった。その勢いを駆って、日経平均株価も今年1月23日、実に26年2カ月ぶりに一時2万4000円台を回復。「3万円超えも」といった声も出るほど市場で期待が高まっていた矢先、急変相場が襲った形となった。

 だが、金融市場の動向に詳しいブーケ・ド・フルーレットの馬渕治好代表は「今までの相場が“異常”だったにすぎない。これから“通常”の相場に戻る」と指摘する。米バンクオブアメリカ・メリル・リンチによれば、1930年以降の米株価の動向をみると、5%以上の下落が年平均で3回、10%以上の下落は年1回起きているという。むしろ、相場変動のないことが珍しく、馬渕氏は「市場にやっと健全な警戒感が出てきた」とみる。


 米S&P500株価指数の18年12月期の予想PER(株価収益率)は14年1月~17年1月、15~17倍で推移していたのが、今回の相場急落前には18・5倍という割高な水準まで買われていた。今回の相場急変で予想PERは一気に調整したが、今後は「適温相場」のようにたんたんと上昇する相場は見込みにくい。資産運用会社GCIアセット・マネジメントの山内英貴氏も「中央銀行の金融緩和に支えられた歴史的な相場は終わりを迎えたのではないか」との認識を示す。

 世界を信用不安と景気後退に陥れた08年のリーマン・ショックから10年。米国の景気拡大が最終局面入りしたとされる中、今回の相場急変によって市場から過度な楽観は消えうせた。今後も、3月の米雇用統計(4月6日発表予定)などを手がかりに、指標次第で動揺する相場が続くに違いない。

週刊エコノミスト 2017年3月27日号

定価:670円

発売日:3月19日


2017年3月27日号 週刊エコノミスト

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定価:620円

発売日:3月19日

相場急変

 

“異常“だった「適温相場」

米雇用統計に右往左往

 

桐山 友一(編集部)

 

米労働省が米東部標準時間の3月9日午前8時半(日本時間午後9時半)、市場が固唾(かたず)をのんで見守った2月の雇用統計を発表した。

 

最も注目が集まったのは、民間非農業部門の労働者の「平均時給」。前年同月比で2・6%上昇と市場予想の2・8%を下回ったことを好感し、同日の米ダウ工業株30種平均(NYダウ)は前日比440ドル53セント(1・8%)高の2万5335ドル74セントと、大幅高で引けた。続きを読む


終わりなき緩和が新陳代謝を妨げる=加藤出〔出口の迷路〕金融政策を問う(24)

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「気合」を示すため、目標達成まで続ける「オープンエンド」としたゆえに、緩和から抜け出すきっかけがつかめない。

 

加藤出(東短リサーチ・チーフエコノミスト)

 日銀が黒田東彦総裁のリーダーシップの下で超金融緩和策を開始してからこの4月で丸5年が経過する。しかし、2%のインフレ目標達成を実現するというこの政策の主目的はいまだ達成されていない。日銀にとっては誤算続きの5年間だったといえる。


 2013年春に日銀は、国債大規模購入などによってマネタリーベースを2年で2倍の260兆円とすれば、2年程度でインフレ目標は達成されると宣言した。マネタリーベースは現在470兆円前後だが、家計や企業がインフレ予想を持続的に高めることは生じていない。


 16年9月に日銀はQQE(量的質的緩和策)をYCC(イールドカーブ・コントロール、長短金利操作)へと改変した。これは、金融政策を「短期決戦型」から「持久戦(または籠城(ろうじょう)戦)」へシフトすることに趣旨があった。


 黒田総裁はこの4月9日から2期目の次の5年間を迎える。3月2日に同氏は衆院議院運営委員会で「2%の物価安定の目標の実現への総仕上げを果たす」と述べた。


 しかし、日銀政策委員会のコアCPI(生鮮食品を除く消費者物価指数)前年比予想は、過去5年の間、激しく下方修正され続けた(図)。日銀のインフレ目標達成時期予想もこれまで6度も先送りされている。


 これがもし民間企業で、売り上げ目標が5年たっても全く実現できない場合なら、経営陣の続投はあり得ないだろう。そうでなければ、「そもそも目標自体に無理があったのではないか」と見直しが行われると思われる。


 ところが、安倍政権は黒田総裁の再任に加え、リフレ派経済学者である若田部昌澄早稲田大学教授を副総裁の一人に選んだ。インフレ目標の再考も行われない見通しである。


 おそらく政府にとって、2%のインフレの実現は実際のところ重要ではなく、かつ、リフレ派の主張が破綻していることも問題ではないのだろう。それよりも、達成が難しいインフレ目標に向けて日銀が全力で緩和策を続け、それにより国債発行金利が超低位に維持され、株高や円安となることを期待しているのだと推測される。


 この5年間の日銀の政策の問題のひとつに、期限を定めない「オープンエンド式」を乱発してしまった点が挙げられる。ECB(欧州中央銀行)やイングランド銀行が、いわゆる量的緩和策(QE)において同方式を採用したことはない。開始時に証券購入額や購入継続期間を定めてきた。

 

 ◇緩和の長期化を避けたFRB

 

 FRB(米連邦準備制度理事会)のQE1、QE2なども同様である。唯一、12年12月に導入されたQE3だけは、終了時期を示さず、「雇用市場が十分に回復するまで継続する」との決意を示すオープンエンド式が選択された。ポーカーの「オールイン」(全額勝負)の心境だったとバーナンキ議長(当時)は自伝『危機と決断』に書いている。日本語でいえば「清水の舞台」から飛び降りる覚悟だったといえる。


 ただし、13年に入って早々に、パウエルFRB理事(現議長)を含む3人の理事がバーナンキ氏に対し、オープンエンド式は危険だと強く進言し始めた。FRBのバランスシートが際限なく膨張し、出口政策時に収益が悪化すると、米議会がFRBの独立性を剥奪する動きに出ると想定されたためである。またFRBの国債購入継続が金融市場でリスクの取り過ぎを煽(あお)ってしまうことも懸念された。


 3人の主張があまりに強かったため、バーナンキ氏はQE3開始からわずか2カ月後の13年2月の議会証言で同政策のリスクを強調し、同年5月にテーパリング(縮小)を明確に示唆した。実際、同年12月に縮小を開始している。つまり、FRBはオープンエンド式の採用によって退路を断つ「気合」を一時は示したものの、先行きのリスクに気がついて早々に臆面なく軌道修正を行ったのである。


 一方、黒田体制下の日銀は、金融緩和手段のほとんどを、インフレ目標が達成されるまで継続するオープンエンド式としてきた。目標達成に向けた「気合」「根性」を示し続けることが重視されてきた。しかし、残念ながらそれがインフレ予想に与えた影響は確認されず、逆にやめるきっかけがつかめないという厳しい現実に直面している。


 せめて、ETF購入額の6兆円への引き上げ(16年7月)は期限を区切るべきであった。ETFは満期がないため、一度購入すると売却しない限り日銀のバランスシートに残り続けてしまう(長期国債は、かなり時間はかかるが、満期の到来とともに保有額は減っていく)。しかも、ETF購入がインフレ率を押し上げる経路は非常に不透明なのに、日銀はインフレ率が2%になるまでそれを続けると説明してしまった。


 「気合」や「根性」で政策を開始しつつ、落としどころは入念に検討しないという姿勢に、多くの日本の市場参加者は太平洋戦争時の軍部との類似性を感じてしまっている。


 もともと5年前に超緩和策を始めた際、「多少の副作用はあるかもしれないが、2年程度で終わるのなら問題はない」という考えが黒田総裁にあったと推測される。しかし、それが長期化してしまうと、多方面で副作用が深刻化してくる恐れがある。


 第一に、国債を超低金利で発行できるという環境は、政府、議会に感覚麻痺(まひ)をもたらしている。BIS(国際決済銀行)の元チーフエコノミスト、ウイリアム・ホワイト氏は、12年8月に次のように警告していた。「中央銀行が超緩和策で時間稼ぎを行っている間に政府・議会がその“痛み止め効果”に甘えて構造改革を遅らせてしまったら“時間の浪費”となる」。


 まさにそれが今の日本で起きている。プライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化もなし崩し的に先送りされそうだ。


 第二に、現在のフラット化した長短金利水準が長期化すると、金融機関の経営危機が顕在化してくる。金融緩和策を実施しているのに資金の巡りはかえって悪化する恐れがある。日銀法は日銀に対して、金融システムの安定を求めているが、それに反する奇妙なことが起きてしまう。この問題を和らげるため、日銀は世界経済が失速する前に、10年金利誘導目標を微調整として多少でも引き上げておくべきである。

◇“ゾンビ企業”が生き延びる

 

 第三に、超低金利環境の継続は、経済を浮揚させるのではなく、経済の新陳代謝を止めてしまい、長期的にみて潜在成長率を低下させる方向に働いていると懸念される。


 人手不足がこれほど叫ばれながらも、正社員の賃上げペースがゆっくりとしているのは、超低金利によって倒産や廃止をまぬがれている低生産性の“ゾンビ企業”や“ゾンビ部署”が実はまだまだ日本中にたくさん存在し、そこで働いている人が多いからではないかと推測される。


 前述のホワイト氏も、経済に対して中立的な実質金利の水準である自然利子率が低下しているからといって市場金利を押し下げると、「緩和マネーが潜在成長率を押し下げ、それが緩和マネーをさらに必要とするという、たちの悪い下方スパイラルが発生する」と警告している(16年9月)。


 現行の日銀法が施行されてこの4月で20周年を迎える。同法は日銀に対して、「国民経済の健全な発展に資する」ように金融政策を運営するよう求めている。短期的な景気刺激策に過度に傾注するのではなく、金融政策の限界を意識しつつ、長期的な視野で運営していくことが重要と思われる。

◇かとう・いずる


1965年山形県生まれ。88年横浜国立大学卒業、東京短資入社。短期金融市場のブローカーを務めながら、97年より東短リサーチ研究員を兼務。2002年東短リサーチ取締役、13年2月同社代表取締役社長。著書に『日銀、「出口」なし!』など。



第67回福島後の未来:「脱炭素革命の衝撃」の全貌 欠落する日本の危機感

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脱炭素という新たなルールに世界の産業界やビジネスが移行する中、日本は取り残されている。

 

堅達京子(NHKエンタープライズ・エグゼクティブプロデューサー)

 2017年12月放送のNHKスペシャル『激変する世界ビジネス“脱炭素革命”の衝撃』は、大きな反響があった。世界のビジネスルールが“脱炭素”へと激変するスピードと、石炭依存を続ける日本とのギャップを伝えたところ、多くの視聴者から、文字通り「衝撃を受けた」という声が届き、「脱炭素」はツイッターのトレンドワードにもなった。


 私たち取材班は、17年11月にドイツのボンで開催された国連気候変動枠組条約第23回締約国会議(COP23)に参加する日本企業40社余りのネットワーク「J─CLP(日本気候リーダーズ・パートナーシップ)」の訪問団と現地に赴いた。15年のCOP21で合意したパリ協定は、ビジネス界への大きなサインとなり、会場には世界中から大勢の経営者がやってくる。


 勢いがあるのは中国だ。新興企業のパンダ・グリーン・エナジーの李原・最高経営責任者は、パンダをかたどったメガソーラーの売り込みに駆け回っている。胸には15年に国連で採択された持続可能な開発目標「SDGs」のバッジをつけ、国連も巻き込んで世界進出を目指すと英語で言い切る姿は、温暖化に後ろ向きだった中国のイメージとは隔世の感がある。


 実際、ソーラーパネルの世界シェアトップは中国。風力タービンでも世界3位で、その技術性能を誇っている。この分野で一時期優位にいた日本は、いつの間に後れを取ったのかと、悔しい思いも湧いてくる。

 

 ◇米脱退表明の影響は杞憂

 

 だが、一つ疑問もあった。トランプ米大統領の姿勢だ。「パリ協定成立の大きな原動力となった米国による17年6月の脱退表明は、脱炭素化の流れを減速させるのではないか?」との懸念は、いい意味で裏切られた。


 今回のCOP23の陰の主役は、米国を代表する企業やカリフォルニア州など非政府組織で作られた「We are still in(私たちはパリ協定にとどまる)」だ。前ニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグ氏らが私財を投じて建てた巨大なパビリオンは熱気に包まれていた。マイクロソフト、コカ・コーラ、ウォルマート、そしてウォール街のメガ金融機関などそうそうたる企業が「真剣に脱炭素に取り組む」と具体的な数字を挙げ次々と宣言していく。


 米国の変化の背景には、巨額の損失が生じたハリケーン被害や、カリフォルニア州での未曽有の山火事など、気候変動がビジネスの基盤そのものを揺るがしかねないという共通認識がある。日本人がイメージする「地球に優しい」といったエコ活動やCSR(企業の社会的責任)部門の仕事ではなく、経営の主流として取り組まなければ企業の存続にかかわるという危機感だ。


 それを強く教えてくれたのは、50兆円を運用する英運用会社アビバ・インベスターズの最高投資責任者スティーブ・ウェイグッド氏だ。「気温が4度上昇するような世界では、保険業は成り立たない。だからこそ、石炭からは投資撤退する」と言う。


 そして、まさに私が衝撃を受けたのは、彼の口から日本のJパワー(電源開発)の名前をはっきりと聞いた瞬間だった。ノルウェー政府年金基金などの機関投資家が、「ダイベストメント」と呼ぶ石炭からの投資撤退の動きを加速させ、その中には、日本の大手電力会社も含まれていることは知っていたが、目の前で通告されるとやはりショックだった。


 というのも、この動きは一企業が進めていることではなく、“国策”であるからだ。


 実はCOP23で、J─CLPが最初に面談したのは、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の前事務局長でパリ協定の生みの親とも言われるクリスティアーナ・フィゲレス氏だ。彼女は、日本政府の面々も居並ぶ中で、こう言ったという。


「脱炭素社会という行き先に向けてもう飛行機は飛び立った。途中、乱気流に巻き込まれることもあるだろう。でも行き先は変わらない」


 そして、その流れに逆行して発展途上国への石炭火力発電所の輸出を続ける日本の政策に対し、痛烈な批判をしたと聞く。


 この逆風は、日本国内にいては、ほとんど感じない。実は日本人の多くには根本的な認識が欠落している。世界は、パリ協定で気温の上昇を産業革命前から2度未満に抑えるためには、燃やすことのできる化石燃料の量(カーボンバジェット)は残りわずかであり、25年ほどで上限に達してしまうとしっかり理解している。数十年使用する石炭火力発電所などは、市場や社会環境の変化によっていずれ価値が大きく減る“座礁資産”になると投資家たちの間では織り込み済みだ。


 しかもこの1年、アラブ首長国連邦(UAE)のスワイハン太陽光発電プロジェクトに代表されるように、再生可能エネルギーの価格は劇的に低下し、あと数年で平均でも確実に石炭火力より安くなると予測されている。そんな時代に、「いかに高効率だからといって石炭火力を途上国に輸出するのは、ガラパゴスにならないか」というのが海外の率直な声だ。

 ◇想像上回る世界の変化

 それだけではない。今、米国IT大手アップルをはじめ世界的な大企業の多くが「RE100」という再生可能エネルギー100%で事業運営を行うイニシアチブに参加する。アップルはすでに世界23カ国で100%を達成した。世界全体の達成率は96%で、達成できていない残りの多くが日本のサプライヤー(部品供給企業)だ。日本の大手企業も、正直プレッシャーを受けていると告白している。


 今回の番組でも、脱炭素にまい進する宅配大手DHLの取引先でもあるリコーの加藤茂夫執行役員が番組の中でこう吐露している。「もしできなければ、世界のバリューチェーン(価値連鎖、取引網)からはじき出されると痛感した」。


 脱炭素という新たなルールに世界ビジネスが移行する中、一人その圏外にいることはあり得ないだろう。やがては「石炭火力で発電した電力でつくった部品は買わない」という制約さえ当たり前になるような時代が、すぐそこまで迫っているのだ。


 私自身、この10年以上、気候変動の問題を伝え続けてきたが、今の世界の変化のスピードには驚かされている。その一方で、再生可能エネルギーへとかじを切れないでいる日本の現状には、強い危機感を覚える。


 例えば、福島の原発事故であれほどの被害を受けながらも、再生エネで地域をよみがえらせようと努力している地元の地域エネルギー会社が風力発電に挑もうというのに、「送電線に空き容量がない」とか、「新規に送電線を設けるのに数億円投資できないなら諦めろ」といった現実が立ちはだかるのは、どこか進む方向が間違っているのではないか。番組では、戸田建設の洋上風力発電の技術者、佐藤郁氏が思わず涙するシーンが印象的だったが、そこには、自分一人の力では国策を変えることができない悔しさがあったのだと思う。


 今こそ石炭との決別を表明し、適切な電力送配電網改革に投資することで再生エネを基盤にする社会を目指さなければ、世界から取り残されることは必至だ。というよりも本来、電気自動車(EV)や人工知能(AI)、あらゆるものがインターネットにつながるIoTといった日本が得意とする技術を駆使したスマートなインフラなどは、脱炭素時代の巨大なビジネスチャンスなのだ。


 今ならまだ間に合うはずだ。未来世代のためにも、真の「環境先進国」を目指して、スピード感のある転換を求めたいと思う。

◇げんだつ・きょうこ


 1965年福井県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1988年にNHK入局。報道局や編成局などで「NHKスペシャル」などのディレクターを務め、その後、プロデューサーとして気候変動問題に取り組む。2017年より現職。日本環境ジャーナリストの会会長。

 

目次:2018年4月3日号

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CONTENTS

AIと銀行 こんなこといいな できたらいいな
24 AI時代の銀行は二極化 一般客はスマホで完結 富裕層は「最高級店」 ■高橋 克英
28 インタビュー 和泉 潔 東京大学大学院工学系研究科教授 「大局的な判断できるキャリアを」
29 Q&A AI時代に求められる銀行像 ■吉澤 亮二
32 単純作業にロボ活用 RPAは大手行を救うか ■加藤 精一郎
34 データで見る 全国「メインバンク」シェア調査  北海道トップは信金、地銀が7割の九州 ■赤間 裕弥
37 銀行のAI進展で社会も変わる 新卒一括採用廃止、人材供給バンク ■高橋 克英
38 世界の実例 日本の金融システムは後進国 ■大槻 奈那
41  銀行が狙う「口座維持手数料」 ■山本 大輔
42 一歩先行く証券界 量子コンピューターを初活用 ■八木 忠三郎

Flash!
19 ひと&こと 「かぼちゃの馬車」関係企業は一斉に雲隠れ/豊田章男氏が2度目の自工会会長へ

Interview
4 2018年の経営者 中家 徹 全国農業協同組合中央会(JA全中)会長
20 挑戦者 2018 山田 進太郎 メルカリ会長兼CEO
50 問答有用 権藤 博 元プロ野球投手
  「私が半世紀考え抜いた“野球継投論”を語ろう」

エコノミストリポート
86  EU離脱 交渉期限まであと1年 「新たなFTA」構築目指す英国 アイルランド国境など難題多く ■石川 純子

17 「日体協」問題 東京都に“虚偽答弁”の疑い ■後藤 逸郎
78 徹底検証 戦後最長の景気回復に疑義 消費増税後は「景気後退」?! ■永浜 利広
81      景気拡大と言うよりは「横ばい」がより現実的 ■小峰 隆夫
84 鉄道 大阪市営地下鉄が民営化 輸送規模7位の民鉄誕生 ■梅原 淳
89 医療 診療・介護報酬の同時改定の明暗 ■田中 尚美
     介護報酬はプラスも引き上げ幅に不満の声

World Watch
68 ワシントンDC 北の核保有への時間稼ぎ 首脳会談で防げるのか ■会川 晴之
69 中国視窓 振るわなかった平昌五輪 地域偏在と経済力が影響 ■岸田 英明
70 N.Y./カリフォルニア/英国
71 韓国/インド/ミャンマー
72 台湾/ロシア/サウジアラビア
73 論壇・論調 米国の鉄鋼・アルミ輸入制限 民主党支持、共和党批判のねじれ ■岩田 太郎

Viewpoint
3 闘論席 ■佐藤 優
23 グローバルマネー 「安全保障」を拡大解釈して貿易制限する米国
45 国会議員ランキング(19) 第195特別国会の質問時間・回数 ■磯山 友幸
46 海外企業を買う(183) 達利食品集団 ■富岡 浩司
48 学者が斬る 視点争点 仮想通貨が良貨になる条件 ■西部 忠
54 名門高校の校風と人脈(283) 本郷高校/日本大学第二高校(東京都) ■猪熊 建夫
56 言言語語
76 出口の迷路(25) 出口よりも大きな財政緊縮リスク ■野口 旭
82 東奔政走 崩れた「日米にサプライズなし」ルール 米朝会談は決裂なく乗り越えられるか ■及川 正也
92 図解で見る 電子デバイスの今(9) スマホが普及させたタッチパネル 有機ELと5Gでさらに進化 ■沢登 美英子
95 キラリ!信金・信組(14) 相双五城信用組合(福島県) ■浪川 攻
102 独眼経眼 インフレ失速が示す世界経済のスローダウン ■藻谷 俊介
103 ウォール・ストリート・ジャーナルのニュース英語 “ HQ2 ” ■安井 明彦
104 ネットメディアの視点 専門知が異様に軽視される日本にアカデミック・ジャーナリズムを ■芹沢 一也
111 商社の深層(106) 日本初インドのマンション開発 住商が海外の不動産事業強化へ ■池田 正史
112 アートな時間 映画 [ラッキー]
113        美術 [至上の印象派展 ビュールレ・コレクション]
114 ローカル・トレインがゆく(17) 岳南電車 ■文・杉山 淳一/写真・助川 康史

Market
96 向こう2週間の材料/今週のポイント
97 東京市場 ■隅谷 俊夫/NY市場 ■堀古 英司/週間マーケット
98 中国株/為替/金/長期金利
99 マーケット指標
100 経済データ

書評
62 『人口減少時代の都市』
  『避けられたかもしれない戦争』
64 話題の本/週間ランキング
65 読書日記 ■高部 知子
66 歴史書の棚/海外出版事情 アメリカ

74 第58回エコノミスト賞 決定

61 次号予告/編集後記

デザイン─浅野 康弘

組合員に必要とされる組織へ改革する 中家徹 全国農業協同組合中央会(JA全中)会長  

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Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

── JAとはどんな組織ですか。


中家 農業者の協同組合です。農家が1人では成しえないことを、互いに協同して大きな力にしていこうとする組織です。


 JAの主人公は、1000万人の組合員と650の単位農協です。都道府県、全国段階で事業ごとの組織があります。保険のような共済事業、銀行と同じ信用(金融)事業、肥料農薬の購買や農産物販売の経済事業などです。グループ全体で23万人の職員がいます。グループを代表するのが全国農協中央会(全中)です。


── 政府の農協改革にはどう臨んでいますか。


中家 我々はあくまでも自主的な組織ですから、自己改革案を作成し、現在取り組んでいます。農業者の所得拡大と、農業生産の拡大、地域の活性化の三つが基本目標です。


── JA全中が改革を主導するのですか。


中家 具体的な改革は各地のJAが創意工夫しています。日本の農業はとても多様です。山間地、平場と地理的な違いがあり、コメ、酪農、野菜、果樹と作物も違います。その土地に合わせ、改革のメニューは650通り、単位農協の数だけあります。それぞれ組合員の皆さんの要望を聞きながら改革を進め、「JAは必要な組織だ」という評価をいただきたいと思っています。


── 具体例を教えてください。


中家 例えば、私の地元の和歌山では梅やみかんを生産していますが、JAがドライフルーツの工場を4月に立ち上げます。2級品、3級品を加工することで付加価値を高め、海外需要にも応えていくことで、農家の所得増大につなげます。


── 農家の手取りを増やすには、流通段階の中間マージンを省けばいいのではないでしょうか。


中家 確かに農産物の小売りの末端価格と出荷価格との差は大きい。JAでも直売所やネット販売に力を入れています。ただ、すべて直売にするのは不可能です。中間流通を省けば、決済はじめリスクも負います。


 出荷段階におけるJAの役割は、生産物を均質化し、消費者の皆さんに安全・安心なものを提供することです。みかんならば、選果場でセンサーにより、大きさだけでなく、糖度まで測ります。私の地元では残留農薬の検査も行っています。検査を行うには設備投資が必要です。


── 強い農業に向けて、どう手を打っていきますか。


中家 高付加価値化や輸出はもちろん大事です。ただ、どういう農業が「強い農業」なのでしょうか。大規模であれば強いのでしょうか。


 日本の農業は規模が小さく労働集約的で、その代わり品質のいいものを生産しています。大規模化も大事ですが、大半を占める家族経営が維持継続できる農業を実現しなければなりません。


 農業者の所得増大と同時に、地域を維持することにも取り組まなければなりません。農村をどう守っていくかが我々の使命です。

 

 ◇地域のインフラとして

 

── 農協改革では、農業振興に専念する方向性が示されています。


中家 JAグループは総合農協として、金融、共済、経済、生活を支えるサービスとさまざまな事業を行うことでトータルに組合員対応ができています。世界的にも協同組合の理想的な形として評価が高い総合農協であることを堅持していきます。


── 農業者以外の准組合員の利用規制が検討課題となっています。


中家 私の地元のJAは、山奥の過疎地に移動スーパーの車を走らせています。利用者は農業をリタイアした准組合員が多いです。民間ガソリンスタンドが撤退した後、行政と連携して引き継いで運営しています。


 地域には准組合員が多く、利用規制が入ると、地域のインフラとしての機能を果たせなくなります。


── 金融事業は、世界的な運用環境の悪化で厳しくなるのでは。


中家 我々の組織は、単位農協が集めた預金を金融事業の全国組織である農林中央金庫が運用して還元するという大きな形があります。金融事業が利ザヤをとれないのは本当に厳しい。経済事業の収支改善をはじめ、組織の効率化や合併などさまざまなことを考えなければなりません。


── この冬は野菜が値上がりしました。


中家 天候不順で野菜の価格が高騰するのは、生産基盤が脆弱(ぜいじゃく)になっているからです。農業者の平均年齢は67歳と高齢化し、担い手不足です。これ以上、農業を弱くしてはいけないと思います。人間が生きていくうえで一番大事な食の基ですから。


 いま日本の食料自給率は38%(カロリーベース)と先進国で最低です。世界的に人口増と異常気象で食糧不足が来ると言われています。その時、お金を出せば農産物を調達できる時代がいつまでも保証できるのか。いったん遊休化した農地を元に戻すのはものすごく大変です。どこかで歯止めを掛けなければ日本の食が危ういとの思いがあります。消費者に少々高くても国産の農産物を買うことにご理解いただくため、現状を発信する必要があります。


── 持続可能な農業に向け、JAとしてはどう取り組みますか。


中家 農業者の手取りを1円でも増やすため、いかにコストを下げ販売力を高めるか。農産物の販路拡大や輸出に取り組んでいきます。国内にはまだ潜在需要があると思います。


 農協改革の期限(19年5月)まで、この1年が正念場です。組合員にもう一度、JAに結集しようと認識してもらった時、より強固な基盤を持つ組織として新たな出発を切れると思っています。
(構成=黒崎亜弓・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 和歌山の紀南農協に勤め、青年部の事務局を担当していました。血気盛んでしたね。


Q 「私を変えた本」は


A 松下幸之助さんの本です。


Q 休日の過ごし方


A 趣味は海釣りです。紀伊半島の串本あたりで大海を相手にするのは最高ですが、今は休日がありません。
………………………………………………………………………………………………………
 ■人物略歴
 ◇なかや・とおる
 1949年生まれ。和歌山県出身。和歌山県立田辺高校(田辺市)、中央協同組合学園卒業。2004年紀南農業協同組合(JA紀南)代表理事組合長、12年和歌山県農業協同組合中央会(JA和歌山中央会)会長、17年8月より現職。68歳。
………………………………………………………………………………………………………
事業内容:JAグループ─信用、共済、経済、営農・生活指導などの事業
     JA全中─JAグループの代表、行政との連携
所在地:東京都千代田区(JA全中)
設立:1954年
JA全中の従業員数:131人(2017年10月1日現在)
JAグループの事業総利益:1兆8561億円(2015年度農林水産省「総合農協統計表」)

特集:AIと銀行 2018年4月3日号

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AI時代の銀行は二極化 

 

一般客はスマホで完結 

富裕層は「最高級店」

 

高橋克英(マリブジャパン代表取締役)


 普段はスマートフォンで送金し、コンビニATM(現金自動受払機)で引き出すが、通帳の記帳も兼ねて、近所のメガバンク支店を訪ねた。月末でも金曜でもないのに、7台あるATMは長蛇の列。ポールで仕切られた狭いスペースを折り重なるようグルグルと整列させられ、スペースが少しでも空くと詰めるように係員にせかされる。列に並ぶ人の顔は一様に暗く、みな無言だ。

 

 一方、奥に広がる支店スペースの待合ソファは、閑散としており、コンサルティングブースは空席。カウンター奥に大勢いる銀行員とのコントラストは、まさにシュールな情景だった。


 ここは、過疎地でも地方都市でもなく、東京の名の知れた都心店舗だ。本稿を執筆するにあたり、メガバンクの都内店舗をいくつかのぞいてみたが、ATMの行列に閑散とした待合やブースは3メガバンクとも共通のようである。


 メガバンク、地方銀行とも、店舗機能の見直しや店舗削減を急いでいる。従来型のフルバンキング店舗を基本としながら、サービスの種類を個人向けなどに限定した「軽量店舗」、1階ではなくビルの2階以上に構える「空中店舗」、複数の支店を一つの店舗内に併設する「ブランチ・イン・ブランチ」、商業施設内に相談窓口を設ける「インストア・ブランチ」の導入を進める。


 富裕層など個人の資産運用ニーズに対応するために、相談ブースを設ける動きもある。さらにペーパーレス化、事務集中化による生産性向上と顧客利便性確保を両立する「次世代型店舗」も増えている。


 ところが、店舗に対する銀行側の思惑と顧客のニーズには大きなズレが生じている。

 ◇訪問型営業へ転換を

 顧客にとって、そもそも店舗は、「できるだけ行きたくない」場所である。次世代型店舗で印鑑レス、ペーパーレスが進もうと、軽量店舗が駅前にあっても、土日に営業しようが、行きたくないのだ。
 ましてや、今やスマホやネットがある。時間もストレスもフリーで、送金など多くの銀行業務がすでに可能。コンビニATMもあるなかで、なぜわざわざ銀行の店舗まで行く必要があるのだろうか。
 過去のトラウマもある。せっかく窓口を訪れてもATMに誘導され、ネットバンキングを勧められてきた。今さら、「店舗にいらしてください」「相談してください」と言われても、疑心暗鬼になる。
 三井住友銀行は2017年4月に開業した東京・銀座の複合型商業施設「GINZA SIX」の銀座支店を「次世代型店舗第1号」と位置づける。白を基調にした近未来的空間、書類ではなく専用端末へ署名するデジタル化など、工夫はうかがえるものの、顧客がくつろげる場所かといえば、そうではない。銀行の「悩みの象徴」のようだ。

 現在の店舗網からの延長線上で、次世代型店舗や軽量店舗を作っても、顧客ニーズとの乖離(かいり)と中途半端さから全滅する可能性すらある。


 そもそも、対面のサービスは銀行員が自ら顧客の元へ足を運ぶべきではないだろうか。コンサルティング営業や相談を前面に打ち出しているならなおさらだ。同じ金融業の保険会社はずいぶん以前から、営業所と保険外交員を基本とした営業スタイルだ。


 顧客訪問が基本の営業スタイルになれば、銀行店舗は不要となる。店舗は、ファイナンシャルアドバイザーや営業担当者の訪問活動・事務処理拠点で十分だ。現金取り扱いの必要もなく、他業種の一般的な事務所と同じ規模となる。必ずしも都心の一等地や路面店といった好立地である必要もなく、AI(人工知能)を活用したデジタル化とあわせ、営業担当者の直行直帰という柔軟な働き方改革も可能となるはずだ。


 銀行店舗におけるAI導入の効果は大きく二つに分けられる。(1)銀行員の業務削減、(2)顧客の利便性向上─だ。具体的には、次世代店舗におけるペーパーレス化、タブレットによるローンや金融商品契約、テレビ電話による専門知識を持つ銀行員との面談などが挙げられる。


 しかし、これらは銀行員の業務削減にはなっても、顧客の利便性向上には役立っていない。顧客にとって最大の利便性は、「できれば行きたくない」店舗へ行かなくてもよくなることなのだ。


 銀行の中核業務である融資も、AI化によって大きく変わろうとしている。みずほ銀行とソフトバンクが出資する「Jスコア」が、2017年9月にAIを使った個人向け融資サービス「スコア・レンディング(融資)」を始めた。顧客はスマホで年収や預金額といった質問に回答すると、AIが個人情報に基づいて信用力を点数化し、融資可能額や金利など貸し出し条件を決める。

 Jスコアは、今後10年で融資額5000億円超を目指す。このサービスが目指すのは「将来性のある意識の高い若者が融資を受けやすくなること」だが、個人事業者や中小企業にも対象を拡大していくだろう。


 また本来、ディスクロージャー(情報開示)が充実している大企業向け融資こそ、スコア・レンディングとの相性がいいはずだ。不振企業に対しても、長年の関係性を口実に、ただ期日にロールオーバー(借り換え)するだけの大企業向け融資こそ、「情」を挟まないAIの審査がふさわしい。

◇顧客向けは全国10店舗

 大多数の個人・法人顧客は、AI化によりスマホで送金、預金、融資など全ての業務を完結する──。銀行店舗の究極の将来像はこれだ。現金の取り扱いに関しても、キャッシュレス化の進展によりコンビニATMを含め、役割は縮小していくだろう。


 店舗と人材の規模縮小は急速に進めざるをえないものの、対面でのサービスがなくなるわけではない。過渡期には、既存の店舗を保険会社を模した営業員用の事務所として活用できる。ただし、その数はメガバンクでも最大で全国50カ所。三菱UFJ信託銀行の「国内本支店55」は、一つの目安となる数だ。地方銀行なら5カ所もあれば十分。過疎地では移動店舗車の活用や郵便局を代理店とすることも考えられよう。


 その一方で、フルラインの機能を持つ「メガ店舗」を構築すべきだ。ショールーム、また対面でのサービスを求める顧客向けのフラッグシップ店舗として、富裕層向けの最高級「ラグジュアリーラウンジ」を設ける。使用できるのは、高額の預金や取引で相応の「手数料」を負担している顧客だけで、差別化を図る。


 メガバンクは国内主要拠点に10店舗、地銀では本店のみで十分だ。例えば、アップルストアは、東京、大阪、名古屋、福岡、仙台にしかない。どの店も、常に多くの客であふれている。銀行が目指すのはこのように、遠くから電車を乗り継いででも行きたい店舗だ。


 銀行の店舗削減は、「300店舗から200店舗に」「3割削減」という中途半端なレベルではすまない。しがらみなく、ゼロベースで考えた場合、スマホとメガ店舗に行き着くはずだ。


 スマホ完結、顧客への訪問営業への業態変更を見据え、AIやITを活用した金融サービス「フィンテック」に人材や資金を投入し、新たなビジネスを切り開くことに力を入れるべきである。技術的にはすでに、ほぼ全ての銀行サービスはスマホで完結できるはずである。


 AIやフィンテックの進展で、顧客にとっていまや、銀行機能の代替先は数多く存在している。「できるだけ行きたくない」という顧客のニーズに耳を傾けることなく、現在の延長線上でしか店舗政策を考えられない銀行は、AI化による恩恵からも、顧客からも見放されることになる。

週刊エコノミスト 2018年4月3日号

定価:620円

発売日:3月26日


2018年4月3日号 週刊エコノミスト

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定価:620円

発売日:3月26日

AIと銀行

 

 AI時代の銀行は二極化 一般客はスマホで完結 富裕層は「最高級店」

 

高橋克英 (マリブジャパン代表取締役)

 

 普段はスマートフォンで送金し、コンビニATM(現金自動受払機)で引き出すが、通帳の記帳も兼ねて、近所のメガバンク支店を訪ねた。月末でも金曜でもないのに、7台あるATMは長蛇の列。ポールで仕切られた狭いスペースを折り重なるようグルグルと整列させられ、スペースが少しでも空くと詰めるように係員にせかされる。列に並ぶ人の顔は一様に暗く、みな無言だ。


 一方、奥に広がる支店スペースの待合ソファは、閑散としており、コンサルティングブースは空席。カウンター奥に大勢いる銀行員とのコントラストは、まさにシュールな情景だった。

 

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出口よりも大きな財政緊縮リスク=野口旭 〔出口の迷路〕金融政策を問う(25)

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日本経済が成長軌道に乗る前に、政府が財政を引き締めると「出口」どころか、金融緩和の成果を台無しにしてしまう。

 

野口旭(専修大学経済学部教授)

 大方の予想通り、黒田東彦日銀総裁の再任が決まった。2%のインフレ目標を5年の任期中に達成できなかったにもかかわらず、続投が決まったのは、1990年代以来の長期デフレによって縮小均衡に陥っていた日本経済を正常な成長軌道に復帰させつつある功績を、安倍晋三政権が多としたからであろう。


 バブル崩壊後の日本の金融政策を担ってきた三重野康総裁から白川方明総裁期までの日銀は、物価や資産価格の下落が深刻化する中でも、旧来的な金融政策運営に固執し続けた。日本経済はその結果、20年にもわたる恒常的なデフレに陥った。すなわち、賃金と物価は下落し、雇用は縮小し続けた。異次元金融緩和政策は、その日本経済の縮小トレンドを反転させ、適正な雇用と物価を伴う経済成長にようやく道筋をつけたのである。


 現時点では、2019年度中が2%インフレ目標達成のめどとされている。日銀にとっての当面の最優先課題は、出口うんぬんというよりは、それを確実に実現させることである。とはいえ、その実現が視野に入ってくる段階となれば、これまで言及を避けてきた異次元緩和からの出口のための条件や手順を明確にしなければならない。


 出口の最も基本的な条件は、2%インフレ目標が達成され、それが安定的に維持されることである。その焦点は、物価よりはむしろ賃金にある。というのは、実質賃金が労働生産性の上昇とともに改善していく正常な経済成長を実現するためには、名目賃金の伸びが、少なくとも労働生産性の上昇分だけ物価上昇を上回らなければならないからである。仮に労働生産性上昇率が1%とすれば、2%のインフレ経済における賃金上昇率は3%でなければならないということである。


 日本経済は90年代末以降、物価が下落しつつ名目賃金がそれ以上に下落し、結果として実質賃金が低下し続けるという、文字通りの縮小均衡に陥った。それは何よりも、需給ギャップが拡大して雇用が悪化し続けたからである。しかし、この5年にわたる異次元金融緩和によって、需給ギャップは縮小し、完全失業率は直近で2・4%まで改善した。労働市場は既に完全に売り手市場となっており、物価上昇を上回る賃金上昇が実現される条件は整いつつある。

 

 ◇出口の心配は不要

 

 仮に日本経済において、2%程度の完全失業率、3%程度の賃金上昇率、そして2%のインフレ率が安定的に維持される状況となれば、日銀もいよいよ出口に向けて動き出すことになる。その手始めはおそらく、現在の操作目標となっている10年物国債金利の引き上げである。あるいは、ゼロ金利目標の対象を10年物より短期にする可能性もある。しかし、それによって生じるのはイールドカーブ(利回り曲線)のスティープ化(同曲線の傾きがより急な右肩上がりになること)であり、長期金利の上昇なのであるから、その効果はほぼ同じである。


 この出口に向けた最初の調整が円滑に遂行されれば、日銀はそれ以降、マイナス金利の撤廃、長期金利目標およびイールドカーブ・コントロール(長短金利操作、YCC)の撤廃、伝統的な政策金利であるコールレート(銀行間の短期金利)への操作目標の切り換えといった「正常化」のための措置を、順次具体化していくことになろう。しかし、それはおそらく、慎重の上にも慎重に行われることになる。


 一部の専門家は、国債金利の上昇に伴う日銀や民間金融機関の財務悪化を、出口に伴うリスクとして指摘する。しかし、国債価格の下落に伴う日銀の損失は、国債を発行する政府にとっては利益となるため、日銀と政府をあわせた統合政府ではすべて相殺される。また、長期金利の緩やかな上昇は、金利低下による収益減少にあえいでいる現状の金融機関にとっては、むしろ恩恵であろう。要するに、出口リスクなるものはほとんど存在しない。


 実は、日本経済にとってのより深刻かつ現実的なリスクは、早まった財政緊縮により日銀が出口に到達できないという、財政主導の経済のダウンサイド・リスクの方にある。


 そもそも、長期金利をゼロ%前後に維持するという日銀の現在のYCC政策は、16年2月からのマイナス金利政策導入に伴う過度な長期金利低下を是正するために同年9月に導入されたものであり、単体では金融緩和効果を持たない。


 他方で、長期金利を引き上げるのではなく抑制するという場合には、日銀は必ず国債購入を増やすことになる。つまり、YCC政策は、長期金利に上昇圧力が生じて初めて緩和効果を持つ。実際、16年11月の米大統領選挙でのトランプ氏の勝利によって米国の長期金利が上昇した時には、日本の長期金利にも上昇圧力がかかった結果、この受動的な金融緩和が実現され、日本経済には円安・株高がもたらされた。


 YCC政策はこのように、「金融の緩和や引き締めの実現がもっぱら外的要因に依存する」という性質を持っている。その点はとりわけ、財政政策に対して重要な含意を持つ。端的にいえば、YCC下での一国の財政拡張は同時に金融緩和をもたらすのに対して、財政緊縮は必然的に「受動的な金融引き締め」をもたらすのである。


 政府が緊縮財政を行えば、新規の赤字国債発行額が減るため、国債市場では金利に低下圧力が生じる。それを放置すれば、長期金利が再びマイナスとなり、金融機関経営を圧迫することになるため、日銀はその場合、国債購入を減少させる。事実、日銀による国債購入額は、17年に入ってから顕著に減少している(図)。それはおそらく、民間保有の国債残高が減少しつつあるのと同時に、日本の政府財政収支が増税や景気回復による税収増などによって「改善」したためである。


 政府はこれまで、「経済成長と財政健全化の両立」や、先送りされはしたが「20年度までのプライマリー・バランス(基礎的財政収支)黒字化」をスローガンに掲げ、新規赤字国債発行の抑制のため、できるだけ財政に負担をかけない経済対策を目指してきた。それは確かに、財政再建にとっては適切な方針かもしれない。しかし、それは他方で、金融政策の効果を失わせてしまうというリスクを孕(はら)んでいるのである。

 ◇最大のリスクは消費増税

 

 財政にかかわるさらに大きなリスクは、19年10月に予定されている消費増税にある。仮に上のような財政緊縮リスクが顕在化せず、19年度に2%インフレ目標が達成されたとしても、そこで待っているのはこの増税である。14年4月の消費増税は、順調に上昇しつつあった日本の物価を完全に腰折れさせた。それは明らかに、黒田日銀が5年を費やしても目標に達成できなかった原因の一つである。19年10月に消費増税が実行されることになれば、日銀は出口どころか、仕切り直し的な緩和継続を余儀なくされよう。場合によっては、黒田総裁の次の5年も「出口なし」になる可能性さえある。


 振り返ってみると、黒田日銀の最大の失点は、総裁本人が口先で消費増税を再三再四後押ししたことにある。消費増税は結局、日銀のインフレ目標達成にとって最大の障害となり、異次元金融緩和政策の信頼性は大きく損なわれた。日銀の新たな執行部は、まずはその点を十分に総括しておくべきであろう。

◇のぐち・あさひ


 1958年北海道生まれ。82年東京大学経済学部卒業、同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授などを経て、97年から現職。著書に『アベノミクスが変えた日本経済』『世界は危機を克服する─ケインズ主義2.0』など。


第58回(2017年度)エコノミスト賞:神林龍氏『正規の世界・非正規の世界』

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 エコノミスト賞選考委員会は「第58回(2017年度)エコノミスト賞」の受賞作に、神林龍著『正規の世界・非正規の世界』(慶応義塾大学出版会)を選んだ。授賞式は5月14日に開催予定。神林氏には賞金100万円と賞状、記念品を、出版元の慶応義塾大学出版会には賞状が贈られる。

 

 対象作品は17年1~12月に刊行された著書。主要出版社の推薦なども踏まえ、選考委員会で2度にわたり審査を行った。候補作にはこのほか、中村二朗・菅原慎矢著『日本の介護』(有斐閣)、高島正憲著『経済成長の日本史』(名古屋大学出版会)、島澤諭著『シルバー民主主義の政治経済学』(日本経済新聞出版社)も挙がった。

 

 エコノミスト賞は1960年に創設され、日本経済および世界経済について、実証的・理論的分析に優れた作品に授与される。歴代受賞者からは多くの有為な人材を生み出し、「経済論壇の芥川賞」とも称される。(編集部)


神林龍(かんばやし・りょう)◇一橋大学経済研究所教授

 1972年生まれ。長野県出身。94年東京大学経済学部卒。2000年同大大学院経済学研究科博士課程修了。東京都立大学助教授、一橋大学経済研究所准教授などを経て、15年4月から現職。博士(経済学)。米スタンフォード大学客員研究員(01~03年)、エール大学客員研究員(06~07年)、経済協力開発機構(OECD)コンサルタント(10~12年)も務めた。


◆講評 日本の労働市場の実相を提示 丹念かつ緻密にデータを分析 選考委員長・樋口美雄

 2017年度の「エコノミスト賞」の最終選考には、多様な分野から4冊の作品が残った。いずれも独自性にあふれた力作ぞろいであり、さまざまな角度から議論を尽くした結果、日本の正規・非正規雇用の労働市場の分析に正面から取り組んだ神林龍氏の『正規の世界・非正規の世界』に授与することを、選考委員会全員の総意として決定した。神林氏には心よりお祝いを申し上げたい。

 

 神林氏は1972年生まれで、東京大学大学院経済学研究科に在籍時、故・石川経夫氏に師事した気鋭の労働経済学者である。本書は神林氏が大学院に在籍した以降の約20年間にわたる研究をまとめた集大成ともいえる。丹念かつ緻密なデータの収集・分析を積み重ねたうえで、日本の労働市場の実相やその背後にある構造変化を明らかにしようとした労作であり、学術的な水準もきわめて高い。440ページに及ぶ壮大なスケールで本書をまとめあげたその熱意と分析力に敬意を表したい。

 

 ◇自営業者の衰退を指摘

 

 本書は序章・終章を除く計9章が、全3部に分けて構成されている。まず、第1部(第1~2章)では、「終身雇用」「年功序列賃金」「企業別労働組合」という日本の労働市場を特徴づける“鋼鉄のトライアングル”が、いかに形成されたかという歴史的経緯を説明する。特に第2章では「産業報国会」として各事業所に生まれた労使の安定的なコミュニケーションが、「労使自治の原則」として戦後に影響を及ぼした可能性など、日本的雇用慣行が幾多の淵源(えんげん)をもとに成り立ったことを指摘する。

 

 第2部(第3~5章)は本書の核心部分であり、日本的雇用慣行が1980年代以降、どう変容したかを検討する。日本経済は90年代以降、「失われた20年」と呼ばれる低成長時代に入り、「日本的雇用慣行は崩れ去った」といわれることもある。しかし、厚生労働省の「賃金センサス」(賃金構造基本統計調査)などのデータを用いた本書の実証分析では、正規雇用の世界においては長期雇用や賃金カーブなど日本型雇用慣行のコアな部分は維持され続けていることを解き明かしている。

 

 一方で、18~54歳の人口に占める就業形態別の構成比を見れば、確かに非正規雇用は増加しているものの、正規雇用の割合は低下していない。この“不釣り合い”な現象の背景として、筆者は自営業者や家族従事者など雇用関係を持たない「インフォーマル・セクター」の縮小があることを主張する。非正規雇用の増加は世間一般にイメージされる「正規からの代替」ではなく、インフォーマル・セクターが労使自治のシステムを持つ正規雇用に吸収されなかった、という指摘は非常にユニークである。

 

 第3部(第6~9章)では、その結果として生じた賃金や職務内容(タスク)の格差、二極化について分析を展開する。賃金格差は男性で拡大傾向だが、女性は縮小傾向にあり、一般に喧伝(けんでん)されるほど格差は広がっていない。一方、比較的高賃金の仕事と低賃金の仕事がそれぞれ拡大し、タスクの二極化が進行したという。さらに、まだ緒に就いたばかりの自営業者の労働市場の実証研究にも取り組み、結論は留保しているもののその衰退の原因も探ろうとしている。

 

 惜しまれるのは、近年、若年転職者の増加や中高齢層における年功賃金の変化が見られるが、それらが正規雇用の世界・非正規雇用の世界の変化とどう関連しているのか、必ずしも十分な考察がなされているとはいえない。また、自営業者の減少の多くは統計上、農業就業者や小売り・製造などの雇無業主(従業者を雇わず自分または家族だけの個人経営事業者)、家族従業者の減少などによって起こっており、非正規労働者の増加とどのような関係があるのかといった分析も必要ではないか、といった指摘も選考の過程で出された。

 

 しかし、本書はともすれば印象論で語られやすい日本の労働市場の姿を、丁寧に実証したという意味で高い価値を有している。折しも、国会で同一労働・同一賃金などを盛り込んだ働き方改革関連法案が議論されるなど、日本の労働市場のあり方は広く社会の注目を集めており、実証的な労働市場研究はさらに重要性を増していく。今後いっそうの貢献も期待し、選考委員会は本書にエコノミスト賞を授与することを決定した。

 

 ◇介護の実態に取り組む

 

 授賞には至らなかったが、中村二朗・菅原慎矢両氏の『日本の介護』も評価を集めた。介護の実態は経済学的な研究が少ない分野だが、介護保険制度などのミクロデータを用いて分析を試みている。高齢者の子どもとの同居率の低下は、子どものいない高齢者の増加により起きており、同居促進の支援をしても効果が期待できないことなど、興味深い結果が報告されている。ただ、介護保険制度の財政的な問題点は指摘されているが、具体的な提案など突っ込んだ議論を求める意見があった。

 

 高島正憲氏の『経済成長の日本史』は、古代から明治初期(730~1874年)までの日本の経済発展の足跡を、歴史的資料の数量データから1人当たりのGDPを推計することによって取り組んだ異色作。徳川時代後半の鎖国の状況下でも持続的に成長していたことなど、注目すべき発見にあふれている。英経済学者マディソンの超長期推計方法を再検討し、日本で超長期GDP推計に挑む貴重な存在である。ただ現在の日本経済への示唆が乏しいとの指摘があり、選からは漏れた。

 

 島澤諭氏の『シルバー民主主義の政治経済学』も最終選考に残った一冊である。投票の結果として人口の多い高齢者の優遇政策が採られることは「シルバー民主主義」と呼ばれるが、近年、若年者への支援を求める声が強まっており、日本の現状は単に低所得者ほど分配を求め、政治がそれに応える図式であることを示したことが評価された。そのうえで、むしろ高齢者・若年世代が結託して将来世代の富を収奪していると主張するが、論点を絞って整理すれば説得的に根拠を示せたのでは、との指摘があった。

◇エコノミスト賞選考委員

 

■委員長 樋口美雄(慶応義塾大学教授)

■委員 井堀利宏(政策研究大学院大学教授)/深尾京司(一橋大学教授)/福田慎一(東京大学教授)/三野和雄(同志社大学特別客員教授)/金山隆一(『週刊エコノミスト』編集長)


目次:2018年4月10日号

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CONTENTS

まだ買うな!不動産
20 増えるマンションの完成在庫 値上がりは限界、反落寸前 ■榊 淳司
24 新築マンション 販売苦戦で平均価格に下げ圧力 ■菅田 修
26 買い時を見極める 東京五輪の「うたげ」後に大幅安の可能性 ■牧野 知弘
28 戸建て住宅 流山市と春日部市、行政手腕で明暗 ■長嶋 修
30 インタビュー 井崎義治 流山市長 「『共稼ぎの子育て世代』をターゲット 12年間で出生率は4割上昇の1.57に」
32 住宅ローン 変動・固定の「ミックス型」有効 ■平澤 朋樹
35 物流施設 相次ぐ大規模開発で「供給過剰」 ■藤原 秀行
37 ビジネスホテル 民泊と人手不足で転換期、淘汰も ■瀧澤 信秋
38 価格を可視化する「不動産テック」 ■川戸 温志
40 J-REIT 財務体質、借入期間の長さに注目 ■関 大介

Flash!
13 日経平均、一時2万1000円割れ、貿易戦争への懸念から円高に/バニラ・エア、ピーチが吸収
15 ひと&こと 豊田氏の経団連会長見据え、トヨタの友山体制に現実味/民進内で分党案浮上、結党3年目で消滅の危機/森次官、遠藤長官説が浮上、森友問題で財務省・金融庁

Interview
4 2018年の経営者 遠藤 宏治 貝印グループ社長
16 挑戦者 2018 中ノ瀬 翔 GITAI社長
46 問答有用 ミラー 和空 作家・禅僧
「役員の『見ざる、言わざる』が会社をダメにする」

エコノミストリポート
84 洋上風力発電 新法案で時期尚早の入札を導入 普及にブレーキかける制度散見 ■今西 章

66 貿易 国際ルール無視の米関税引き上げ 懸念高まる保護主義の連鎖■羽生田 慶介/福山 章子
76 生保 止まらぬ日生の買収戦略 激化する生保生き残り合戦 ■石井 秀樹
82 仮想通貨 国際的な監視強まるICO 日本も実質的な規制へ ■高城 泰

World Watch
60 ワシントンDC 公共交通の補助金依存体質 ミレニアル世代が変えるのか ■安井 真紀
61 中国視窓 資産証券化が急増 「影の銀行」規制も影響 ■神宮 健
62 N.Y./カリフォルニア/スウェーデン
63 韓国/インド/インドネシア
64 広州/ペルー/南アフリカ
65 論壇・論調 中国全人代で国家主席の任期撤廃 習近平長期政権に強まる「異質論」 ■坂東 賢治

Viewpoint
3 闘論席 ■古賀 茂明
19 グローバルマネー 日銀の金融政策と政権の微妙な距離
42 福島後の未来をつくる(68) 福島の風評払拭で期待される 男性とシニア世代の働きかけ ■義澤 宣明
44 名門高校の校風と人脈(284) 磐城高校(福島県) ■猪熊 建夫
50 学者が斬る 視点争点 経済データの情報不足は混乱招く ■飯塚 信夫
52 言言語語
68 東奔政走 総裁選前に揺らぎ始めた「安倍1強」 「竹下、二階」派にキャスチングボート ■人羅 格
70 海外企業を買う(184) ニューヨーク・タイムズ ■清水 憲人
72 出口の迷路(26) 突然の物価高騰は「想定外」ではない ■斉藤 誠
74 キラリ!信金・信組(15) 城南信金と第一勧業信組が連携 地域活性化へ垣根越え手を組む ■浪川 攻
75 国会議員ランキング(20) 外交・安全保障関連委員会の質問時間 ■磯山 友幸
78 本誌版「社会保障制度審」(2) 有識者鼎談 宮本 太郎×権丈 善一×山崎 史郎 「住まい」の福祉政策への転換を
87 商社の深層(107) 第1次ブーム後10年で再び脚光 新たな視点のインフラ事業運営 ■五十嵐 雅之
94 独眼経眼 就業者増の8割は高齢者 ■小林 真一郎
95 ウォール・ストリート・ジャーナルのニュース英語 “ Libertarianism ” ■安井 明彦
96 ネットメディアの視点 この1年で築いた市民放送の砦 テレビ世代が目指す「自由なテレビ」 ■山田 厚史
100 アートな時間 映画 [ダンガル きっと、つよくなる]
101        舞台 [絵本合法衢 四月大歌舞伎]
102 ローカル・トレインがゆく(18) 銚子電気鉄道 ■文と写真・米田 堅持

Market
88 向こう2週間の材料/今週のポイント
89 東京市場 ■三宅 一弘/NY市場 ■高堀 伸二/週間マーケット
90 インド株/為替/穀物/長期金利
91 マーケット指標
92 経済データ

書評
54 『経済史』
『地球情報地図50』
56 話題の本/週間ランキング
57 読書日記 ■孫崎 享
58 歴史書の棚/出版業界事情

53 次号予告/編集後記

特集:まだ買うな!不動産 2018年4月10日号

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増えるマンションの完成在庫 値上がりは限界、反落寸前

 新築分譲マンション市場が変調をきたしている。建物完成後も販売を続ける「完成在庫」が急増しているのだ。その数は、東京23区内だけで147物件に上る(上図)。


 最寄り駅からの距離が近い人気の立地でも、完成在庫が目立つようになってきた。港区内では地下鉄・東京メトロ南北線の麻布十番駅から徒歩4分の好環境にある「グランドヒルズ元麻布」(2018年2月完成)。千代田区内ではJR四ツ谷駅徒歩5分の「プレミスト六番町」(17年8月完成)。中央区内で販売されている東京メトロ日比谷線築地駅徒歩5分の「ルフォン築地ザ・レジデンス」(18年2月完成)など、都心好立地の「駅徒歩5分以内」物件が完成在庫化している。

 特に顕著なのが江東区の深川エリアだ。東京メトロ東西線東陽町駅徒歩5分、全522戸の「シティテラス東陽町」は、間もなく16年9月の完成から1年半が経過する。その近隣の東京メトロ東西線木場駅徒歩11分の場所にある全237戸の「クレストシティ木場」は、6月に完成後2年を迎えることになる。今後、「プラウドシティ越中島」(全305戸、19年1月完成予定)や「プラウド東陽町サウス」(全97戸、18年5月完成予定)など大型物件が完成する予定で、過剰感が強まっている。


 「建物が完成するまでに全戸完売」は、ほとんどのマンションデベロッパーにとって販売活動を行う上での目標だ。新築マンションの開発事業では、売り主であるデベロッパーは土地の購入や建築費の支払いなどのコストを銀行からの融資で賄う。このため、少しでも金利負担を少なくするために、建物の完成と購入契約者への引き渡しをほぼ同時期に行うことを理想とする。販売済み住戸を購入契約者に引き渡すことで販売代金を回収し、その資金で銀行融資を返済すると同時に利益も確定できるからだ。


 ところが、今の東京の新築分譲マンション市場では、目標通りに完売できず、「完成在庫」になって数カ月、あるいは1年以上販売を続けている物件が増えている(図1)。早晩、市場価格の著しい崩落につながりかねない。

 

◇投資目的の購入も陰り

 

 完成在庫が積みあがった最大の理由は、マンション価格の上昇にある。不動産経済研究所の調査によると、17年の首都圏(1都3県)のマンションの平均価格は5908万円(前年比7・6%上昇)で、バブル期の1990年(6123万円)以来の高値をつけた。東京都区部に限れば、平均価格は7089万円(同6・9%上昇)に上る。給与収入を基本とする一般家庭ではなかなか手が出せない水準まで値上がりしているのだ。


 マンションデベロッパーは、地価や建築費などの膨らみ続けるコストを販売価格に転嫁してきた。東京23区(住宅地)の1月1日時点の公示地価は前年比3・9%上昇、平均価格(平方メートル当たり)は50万4800円で、14年から13%上昇している(図2)。地区別で見ると、港、千代田、中央区の中心部のみならず、品川、目黒、大田区や江東区などにも上昇の波が広がっている。


 特に、15年から16年にかけては都心部で土地の価格が目立って値上がりした。外国人観光客向けのホテル用地が高騰したあおりを受けて、マンションデベロッパーの用地取得コストも上昇したのだ。価格が高くなっても「何とか売れるだろう」という感覚で土地を購入し、マンションを開発した。そういった物件が16年から17年に目をむくような金額で売りに出されたのだ。


 マンション価格が上昇しても販売が追いついていたのは、長期的な金利低下により住宅ローンの金利負担が軽くなり、従来よりも高額なマンションを購入できるようになったことが大きい。


 住宅購入時の価格の目安は、かつては年収の5倍までと言われていたが、現在は年収の7倍程度まで引き上がっている。年収の8倍相当額の住宅ローンを組むことも可能なことがある。また共働き世帯が増えて都心の好立地に住宅を求める層が増えたことも、高額物件の受け皿拡大につながったと言える。さらに五輪開催決定などによる湾岸部の人気の盛り上がり、相続税対策、外国人による購入なども購入者拡大の支えになってきた。


 好調な住宅販売を受けて、マンションデベロッパーは過去最高益を更新してきた。マンション供給量日本一の住友不動産は5期連続の最高益更新、他の不動産大手も軒並み最高益を更新してきた。
 ただ、住宅市場は曲がり角を迎えていると言えるだろう。マンション価格はもはや一般的な消費者が許容できる水準を超えている。総務省「家計調査」によると、東京都区部の2人以上世帯の平均年収は729万円(16年)で、年収の7倍まで住宅ローンを組んでも5000万円超がやっと。このため、都心をあきらめて郊外や他県でマンションを探す人が増えている。


 また高額物件の販売を支えてきた相続税対策と外国人による「爆買い」に陰りが見えてきたことも、売れ行きを鈍らせている。


 特に、カナダ、イギリス、北欧などの住宅バブルに味を占め、東京でもタワーマンションなどに投資した外国人は、東京の不動産の値動きが予想外に鈍いことに失望。投資を手控えたり、値上がり益を諦めて東京五輪の前に売り抜こうとする兆しも見える。こうして、完成在庫の山が積みあがることになった。

 

◇転売目的の売り物件が増加

 

 気になるのは、新築マンション市場と並走状態にある築浅(建築後日の浅い)の中古マンション市場だ。


 15年から16年にかけて「マンション価格はまだまだ上がる」という空気が市場に漂っていた中で、多くの個人投資家が都心や湾岸部のタワーマンションを値上がり期待や賃貸運用のために購入した。それらの販売済み物件が昨年あたりからぞくぞくと完成し、「新築未入居」のまま、中古市場で大量に売り出されている。例えば、新宿区に昨年完成した大型タワーマンションや、JR目黒駅そばの再開発で誕生したツインタワーマンションは早くも転売目的の売り物件を多数見ることができる。


 それらのほとんどが、新築購入価格から2割程度高い売り出し価格を付けている。ただ、そういう物件は契約に至る件数が少なく、また買い手がついた場合も当初より1割超下げたところで成約していることが多い。


 マンション市場とて他の商品と同様、中期的には需給関係で価格が決まる。空き家の増加が社会問題化するほど供給過剰が長期化する日本の住宅市場では、本来ならばここまで値上がりが許容されることはないはずだ。実際、都内にも住戸の半数以上に居住の実態がうかがえない新築の大規模マンションが多数ある。


 特に、20年の東京五輪終了後には、中央区の晴海エリアに設置する選手村が一般住宅として分譲される見通しだ。その数、約4000戸。新築物件がダブつき、市場全体の価格を押し下げる可能性がある。


 新築も築浅の中古も、マンション市場はかなり危険なほど供給が過剰な状態にある。投資目的で購入した人は価格が高値圏にあるうちに売り抜くことを考え、購入を検討する人は未来の価格下落をにらんでいる。


 マンション市場は、いつ下落が始まってもおかしくない。マンションの購入を検討する人は、市場の変化を見極めてからでも遅くはないだろう。

週刊エコノミスト 2018年4月10日号

定価:670円

発売日:4月2日


創業110周年、刃物製販に一貫 遠藤宏治 貝印グループ社長  

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Interviewer  金山隆一(本誌編集長)

 

── 貝印の原点は


遠藤 創業の地は刃物の町で知られる岐阜県の関市。今年創業110周年を迎えます。祖父が遠藤刃物製作所を興しポケットナイフの製造を始めました。これまでカミソリ、包丁、爪切りなど刃物を生業にしてきました。少し年配の方だと「カミソリの会社」のイメージがあるかもしれません。銭湯の番台にあった弊社の「5円カミソリ」を記憶されているかもしれません。現在の生産数は、刃の枚数でいえば年間8億5000万枚ほどになります。


── 売り上げの内訳は。


遠藤 包丁を中心とした家庭用品が最も多く35%です。次いでカミソリが22%、爪切りなどの美粧用品21%となります。業務用の特殊刃物が15%、残りは医療用品のメスなどで7%ほど。弊社は「軽便カミソリ」などのディスポーザブル(使い捨て商品)が強く、とくに女性用は国内市場の43%を占めています。


── 刃物の製造工程は。


遠藤 まず、刃物の製造過程は大きく分けてプレス、焼き入れ(熱処理)、刃付けの三つがあります。カミソリの場合、その後に刃先の表面を処理する第4の工程が重要になります。お客様は深くしっかり剃(そ)れることと同時に、肌がカミソリ負けしないソフトな切れ味も求められます。この相反する要求にいかに応えるか。そのためには焼きがしっかりと入る材料を使わなければならないし、三つの工程を完璧にしないといいカミソリはできません。

 

 ◇77年にアメリカ進出

 

── 海外展開を決めた経緯は。


遠藤 自社で培った3工程であれば、海外メーカーとも戦っていける、素早い対応力を養っていけば海外のお客様にも受け入れられるだろうと思いました。(刃物製造発祥の)関市の企業は海外のOEM(相手先ブランドによる受託生産)を受けている会社も多かったですが、私たちは自社ブランド主体でやりたいと、1977年にアメリカに進出しました。79年にはポケットナイフのアメリカナンバーワンブランドのカーショーナイフを吸収合併しました。


── どのように広げていきましたか。


遠藤 海外の生産拠点を増やしたこと、現地の事情に従ったマーケティングをしてきたことが大きいです。カーショーナイフ以外に海外企業の買収はほとんどありません。自前でやっていくのが私たちのカルチャーです。私が社長に就いた89年の海外の売上比率は2割に満たなかったですが、今では国内と海外の売上比率は半々ぐらいになりました。現在、アメリカの現地法人は約90億円の売り上げがあります。


── 苦労があったのではないですか。


遠藤 いいえ、新しいことに取り組むことはとても楽しいですよ。お客様と話し合って物をつくる。それが実際に受け入れられて売り上げが上がる。私も頻繁に海外に行きました。非常に手応えが感じられて楽しかったです。


── 海外生産拠点の現状は。


遠藤 中国の上海と広東省にある工場はそれぞれ設立して20年になりました。うまく現地化できています。ベトナム工場は昨年に設立10年となり750人が働いています。インドは100人が働いていますが、まだ立ち上がりの段階です。


── これまで成長できた要因は。


遠藤 刃物の種類を多くそろえ国際化し、管理している企業は弊社以外にほとんどないことが強みです。(商品開発では)デザイン、ユニーク、パテント(特許)、ストーリーをキーワードにしています。累計650万丁販売している高級包丁シリーズ「旬(しゅん)」がその良い例です。このヒットで世界中のメーカーが同じような商品を安く出しましたが、「旬」が一つのブランドとして確立しているため、口幅ったい言い方ですが「旬」シリーズは強いです。

 

 ◇医療用メスにも注力

 

── これから注力していく分野は。


遠藤 力を入れているのは白内障や緑内障を治療するための眼科用メス。医療用のメスは用途も広く、治療方法の進化もあり医師からのニーズもあります。


 先端素材などの特殊な工業用部品や高級車の内装の皮シートを切る刃物などの需要もあり、裾野は広いです。我々のカミソリの刃付け技術をより進化させればますますチャンスも広がります。


── 技術蓄積や人材育成はどのように。


遠藤 社員のモチベーションアップのための社内認証規格として「匠(たくみ)マイスター制度」があり、今50人ほどが取得しています。他にも小売店の協力を得てインショップ形式の「kaiショップ」があります。お客様と直接対話して刃物の研ぎ方などを教えたりしています。現場で何が求められているのか情報を見られることも大きいです。


── 今後の目標は。


遠藤 昨年からインドで刃物の販売を始めました。大きなポテンシャルがあり軌道に乗せたい。(社内システムでは)欠品をなくしたり需要予測に役立てるため生産販売統合情報システムを2018年度内に整えたいです。また、私自身は(来年の)創業111年を大きな節目として考えています。今息子が常務に就いていますが、彼を中心に成長戦略をスタートさせます。


(構成=成相裕幸・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 33歳で社長になりました。父からは「3年間はあせってやるな」と言われ、3年後に海外展開をより進めました。30、40代は海外を飛び回っていました。


Q 「私を変えた本」は


A 田坂広志氏の『人間を磨く』です。ここ5年間で一番影響を受けた本です。面接に来た就職活動生に差し上げています。


Q 休日の過ごし方


A ゴルフが好きです。また、ドラッグストアをのぞいたり実際の売り場を見ながらのお店巡りをします。
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 ■人物略歴


 ◇えんどう・こうじ


 1955年、岐阜県関市生まれ。県立岐阜高校、早稲田大学政治経済学部卒業。79年12月、米ロヨラ・メリーマウント大学大学院修了(MBA取得)。80年3月三和刃物(現貝印)入社。86年常務、89年副社長、89年9月から現職。62歳。
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事業内容:家庭・業務・医療用刃物の製造・販売


本社所在地:東京都千代田区


創業:1908年


資本金:4億5000万円(貝印株式会社)


従業員数:3341人(2017年3月期、連結)


業績(17年3月期、連結)


 売上高:465億円

2018年4月10日号 週刊エコノミスト

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定価:670円

発売日:4月2日

まだ買うな!不動産 

 

増えるマンションの完成在庫 値上がりは限界、反落寸前

 

 新築分譲マンション市場が変調をきたしている。建物完成後も販売を続ける「完成在庫」が急増しているのだ。その数は、東京23区内だけで147物件に上る。


 最寄り駅からの距離が近い人気の立地でも、完成在庫が目立つようになってきた。港区内では地下鉄・東京メトロ南北線の麻布十番駅から徒歩4分の好環境にある「グランドヒルズ元麻布」(2018年2月完成)。千代田区内ではJR四ツ谷駅徒歩5分の「プレミスト六番町」(17年8月完成)。中央区内で販売されている東京メトロ日比谷線築地駅徒歩5分の「ルフォン築地ザ・レジデンス」(18年2月完成)など、都心好立地の「駅徒歩5分以内」物件が完成在庫化している。

 

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突然の物価高騰は「想定外」ではない=斉藤誠  〔出口の迷路〕金融政策を問う (26)

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金融緩和による緩やかなインフラは実現していない。ただ経済理論に基づくと、長期的には数年間で年数十%の物価高騰が起こり得る。

 

斉藤 誠(一橋大学大学院経済学研究科教授)

 現在の金融政策を評価する難しさは、遠い将来の到着点がなかなか見えにくいところなのかもしれない。その裏返しとしては、現在のゼロ近傍の金利が未来永劫(えいごう)続くと何ら根拠もなく楽観してしまうことであろう。


 しかし、よくよく考えてみると、そうした楽観的な長期予測は、経済学とつじつまが合わない。長期的な経済の姿などそもそも経済理論で分かるはずがないといわれてしまいそうであるが、こと貨幣現象については、10年単位、半世紀単位の予測は案外に理屈通りなのである。


 物価が貨幣供給に比例して決まるという貨幣数量説は、長い目で見るとおおむね正しい。ここで貨幣数量説が成立していると、実質GDP(国内総生産、Yとする)で測ったマクロ経済活動を考慮すれば、物価水準(P)は貨幣供給量(M)に比例する。その結果、名目GDP(PYで表される)に対する貨幣供給量の比率、しばしばマーシャルのkと呼ばれている指標は安定して推移することになる。


 図は、日本銀行が独占的に銀行券を発行するようになった1885年以降について、名目GDPに対する日銀券の流通残高の比率を描いている。日銀券が本格的に流通した1890年以降、日中戦争がはじまる1937年までの戦前期は、マーシャルのkが10%前後で安定していた。一方、1952年の主権回復から95年までの期間、マーシャルのkは7%から8%の間で推移してきた。

 

 ◇終戦直後に物価が高騰した理由

 

 しかし、戦中から終戦直後と1990年代半ば以降は、貨幣数量説が成り立っていたとはいいがたい。たとえば、終戦直後にマーシャルのkは急低下した。1945年から51年は、日銀券残高が9倍に拡大したが、貨幣単位で測った日本経済規模(名目GDP)は50倍弱まで膨張し、マーシャルのkは50%弱から10%弱に低下した。マーシャルのkの急低下は、典型的な物価高騰現象を伴っていた。


 それでは、終戦直後の物価高騰が、しばしばいわれるハイパーインフレであったのであろうか。ハイパーインフレは、月50%以上、年130倍以上のインフレを指す。ところが、1945年から51年の小売り物価は100倍、年率でせいぜい2倍強にすぎなかった。


 マーシャルのkは、戦前の水準に回帰したといった方が妥当であろう。1937年から51年の期間については、日銀券残高が220倍拡大し、名目GDPは230倍増加したので、両者は同程度のスピードで拡大してきた。


 岩村充早稲田大学大学院教授の指摘によると、切手代は戦前と1951年を比べると300倍強の値上がりで、貨幣残高の拡大規模に見合っていた。円相場は、1941年に1ドル=4円強が49年に1ドル=360円と90分の1に切り下げられたが、切り下げ度合いは物価高騰の範囲に収まっていた。終戦直後の物価高騰にもかかわらず、円の通貨単位そのものを切り下げるデノミネーションを行わずにすんだのも、長い目で見れば物価高騰が日銀券の拡大ペースの範囲であったからである。

 

◇3年間、年40%弱の物価上昇も

 

 次に、1995年以降に視点を移してみよう。短期金利が0%近傍に引き下げられるにしたがって、名目経済規模に比して日銀券流通残高が相対的に拡大していった。戦後、7%から8%で推移してきたマーシャルのkは、2017年には20%弱まで上昇している。


 それでは、遠い将来はどうなるのであろうか。非常に自然な予測は、マーシャルのkが8%程度に低下し、日銀券流通残高の拡大テンポに合わせて物価が上昇する長期的な姿に回帰することであろう。
 たとえば、物価上昇率と実質成長率がともに2%であるとすると、日銀券の拡大テンポは4%になる。その場合、短期金利は、2%のインフレ率に若干上乗せした水準、たとえば、3%程度になる。


 問題は、現在の状況、すなわち、「物価が安定し、短期金利がゼロ近傍でマーシャルのkが20%弱」という状況Aと、将来に予想される状況、すなわち、「インフレ率2%、短期金利3%、マーシャルのkが8%」という状況Bがどのように結び付けられるのかである。


 ここでも経済理論に忠実になってみよう。終着点が状況Bになることが明らかな場合、物価や為替のように柔軟に変化できる経済変数は終着点に向かって速やかに調整される。先に見てきたように、終戦直後の6年間に50%近くまであったマーシャルのkが戦前の10%弱の水準に回帰して、その間、日本経済は物価高騰に見舞われた。


 おそらくは、状況Aから状況Bへの移行も漸次的なものではなく、物価水準の急激な修正となるであろう。他の変数を一定としてマーシャルのkが20%から8%に低下するためには、物価水準が2・5倍にジャンプしなければならない。そうした急激な水準修正が、たとえば3年間で起きるとすると、日本経済は年40%弱の物価上昇に見舞われる。


 こうした議論をすると、「日本経済がハイパーインフレに陥るはずなどない」と反論されるのが常である。しかし、この程度の物価高騰は、ハイパーインフレに比べればはるかに穏やかで、むしろ長期的な姿(状況B)への回帰現象と解釈した方が自然なのである。

 

 ◇タイミングと期間は予測困難

 

 もちろん、経済理論も万能ではない。物価水準の急激な修正が、いつ(今年なのか、10年先なのか)、どのぐらいの期間(1年間なのか5年間なのか)で起きるのかについて、経済理論で予測することは難しい。しかし、そうした物価調整が起き得ること、そして、その程度は、年100倍以上というようなハイパーインフレに比べればずいぶんと穏やかなことを経済理論は教えてくれるのである。


 それにもかかわらず、そうした程度の物価高騰をハイパーインフレと十把ひとからげにして「ハイパーインフレなど起こらない」とその可能性を排除してしまえば、私たちは急激な物価調整への備えを失ってしまう。終戦直後の経験を踏まえれば、その程度の物価高騰でも経済社会はひどく混乱するのである。


 2011年3月11日の大津波に襲われた福島第1原発の事故状況は、冷却水喪失事故や臨界事故に比べれば過酷ではなく、「相応に過酷な事故」に対応するマニュアル(徴候ベース手順書)も備わっていた。それにもかかわらず、現場も、東電本店も、規制当局も、初動から「もっとも過酷な事故」という認識でもって事故対応を誤ってしまった。


 「数年間に年数十%の物価高騰」という可能性は、「ハイパーインフレなど起こらない」として排除するのではなく、私たちの社会が合理的な予測の範囲で考慮しておくべき事態なのである。仮にそうした状況に襲われたとしても、「厳しい状況ではあるが、長期均衡への回帰である」という認識があれば、事態に冷静に対処できるであろう。逆に、そうした認識が不在であれば、福島第1原発の事故対応のように、「想定外」の事態として、起きている状況に比して過度に悲観的に対応してしまうかもしれない。

◇さいとう・まこと


 1960年愛知県生まれ。83年京都大学経済学部卒業、88年マサチューセッツ工科大学経済学部博士課程入学、92年同大博士号(経済学)。84年住友信託銀行調査部、92年ブリティッシュ・コロンビア大学経済学部助教授などを経て2001年より現職。著書に『資産価格とマクロ経済』『震災復興の政治経済学』『危機の領域』(4月公刊)など。

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