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特集:官邸の狙い 2016年5月3・10日合併号

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参院選は単独になりそうだ
参院選は単独になりそうだ

◇安倍首相 参院選は改憲のラストチャンス

 

酒井雅浩/花谷美枝

(編集部)

 

 熊本県を4月14日夜、16日未明に震度7の激震が襲った。16日の地震のマグニチュードは、7・3と推定され、1995年の阪神大震災と同規模だ。その後も熊本、大分両県で地震が続いている。一連の地震での死者は4月21日までに59人という大惨事となった。

 

 それはまた「衆参同日選で走ってきたスケジュールが崩れた」(自民党中堅衆院議員)ことも意味する。

 「いよいよ、どの条項を改正すべきかという現実的な段階に移ってきた」。安倍晋三首相は憲法改正がすでに決まった政治日程であるかのように1月21日の参院決算委員会で答弁した。改憲に執念を燃やす首相は、年頭記者会見で「(憲法改正を)参院選でしっかり訴えていく」と発言してからその後もトーンを強め、3月2日の参院予算委員会では「私の在任中に成し遂げたい」と明言した。

「在任中」とは、首相の自民党総裁任期を指す。2018年9月のことだ。任期中最後となる今夏の参院選は首相にとって改憲を実現させるラストチャンスとなる。首相は「自民党だけで3分の2以上を獲得することは、ほぼ不可能に近いだろう。与党、さらには他党の協力も得なければ難しい」とも述べ、公明党幹部から「『在任中』という言葉はちょっと唐突な感じがする」とけん制されるほど踏み込んだ発言をしている。周囲は「参院選で自民、公明両党に一部野党も加えた勢力で改憲発議に必要な3分の2以上の議席を確保することへの強い意欲だ」(閣僚経験者)とみる。

 参院選での大勝を確かなものにするため視野に入れていたのが衆参同日選、いわゆるダブル選だった。参院選は1人区32議席の勝敗が選挙全体の結果を左右する。そこで当落線上の候補を当選させるために衆院議員の選挙運動のパワーを活用しようという狙いだ。衆院では既に確保している自公で3分の2以上を割るリスクを冒してでも、参院で3分の2を獲得しようという心づもりだったとみられる。

 開会中の通常国会が1月4日召集となったことで、永田町では同日選の臆測は転じて、「既定路線」(自民党若手衆院議員)のように語られ始めた。通常国会が1月に召集されるようになった92年以降、1月4日は最も早い開会だ。会期末は6月1日。この日に首相が衆院を解散すると、「7月10日投開票」で同日選が可能という見立てからだ。衆院選は解散から40日以内に実施しなければならない。また今夏の参院選は、選挙権年齢を「18歳以上」とする改正公職選挙法が施行される6月19日以降に公示する日程を選ばなければならず、同日選に無理がないのは「1月4日」しかなかった。3月から4月にかけて、議員たちは浮き足立ち、自民党でも執行部が走りすぎにブレーキをかけようとするような状況だった。

 そこに起きた熊本地震。首相と距離が近いと言われる『産経新聞』が4月20日の朝刊一面トップで「首相、同日選見送りへ」と報じ、『日経新聞』もそれに続いた。報道を受け、菅義偉官房長官は「解散は首相の専権事項。首相は『か』の字もないとずっと言ってきたのに、見送るも何もない」と述べたが、永田町は参院選単独にかじを切り始めたようだ。

◇消費増税 財務省の沈黙

 

 参院選を前に、もうひとつの大きな焦点は、17年4月に予定される消費税率10%への引き上げの是非だ。首相は「リーマン・ショックや大震災のような重大な事態が発生しない限り、予定通り実施する」との答弁を続けている(表)。

「そこまで明言しているのだから実施せざるを得ないでしょう」(元経済産業省幹部)というのが世間の一般的な受け止め方だろう。しかし、増税延期派はそう受け止めない。自民党中堅参院議員(今回は非改選)は「世界経済や国内消費の落ち込みがリーマンに匹敵するなら、増税は先送りできる」と主張し、首相の経済政策ブレーン、本田悦朗内閣官房参与は、3月の講演で家計消費支出のトレンドについて「これだけ下に出たのは、リーマン・ショックと今だけ」とデータを示し、すでにリーマン直後並みに悪化しているとの認識を強調した。

 首相は「重大な事態」を「世界経済の大幅な収縮」と巧妙に言い換えた上で、「世界経済の大幅な収縮が起きているか、専門的見地の分析も踏まえ、政治判断で決める」と増税先送りを視野に入れた答弁をし始めた。さらにノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ氏やポール・クルーグマン氏が3月の「国際金融経済分析会合」で増税延期を提言し、先送りムードを高めた。

 財政再建派の政務三役経験者は「再延期神話は現実となった」と語り、複数の自民党関係者が「先送りは決まった」と証言するなど、永田町では、もはや決定事項のようだ。熊本地震は、戦後最悪の自然災害になった東日本大震災とは比較できないものの、収束の見通しが立っておらず「先送りの理由にしたとしても、批判する人はいない」(首相周辺)。

 そんな中、財務省は沈黙を続けている。8%増税の消費の反動減についても延期の悪影響についても見通しを誤り、官邸から不信感を持たれているからだ。10%引き上げの是非を決める際は、議員、メディア、識者などに「ご説明」に回ったが、今回はその動きもなく、「財務省は冬の時代」「手も足も出ない状態」(全国紙経済部記者)だ。

 

◇消費税率9%案

 

 だが、民進党も批判するように増税延期は公約違反だ。仮に1年半延期すれば党総裁の任期満了を越える。課題を後継者に先送りすることになり、無責任のそしりは免れない。増税延期は参院選で信を問いにくいのも確かだ。そんな批判を想定したのか、9%増税案が浮上し、議員たちの間でうわさが広がりつつあった。14年4月の5%から8%への引き上げは「いきなり3%は影響が大きかったという反省」(自民党参院議員)もあり、官邸で検討されていたという。「10%は軽減税率とセットで税収が1兆円減る。穴の空いたバケツから水が漏れるようなもの。それなら軽減税率が適用されない9%の方が相対的な効果は大きいのではないか」(財務省関係者)との見通しもあり、影響の分析が進められていた。

 自民党の稲田朋美政調会長は、『日経新聞』の4月20日付朝刊に掲載されたインタビューで、「1%をまず上げるという考え方も選択肢としてはある」と述べた。菅官房長官は「それは政調会長の考え方。政府は首相が言っているように、そうした環境の変化があるとは現時点で考えていない」と否定した。自民党関係者は「首相に近い稲田氏が、不用意なことを言うはずがない」と、官邸の了承を得た発言とみる。世論の反応を探るための観測気球という見方だ。

◇「秋以降は常在戦場だ」

 

 首相が同日選を断念したとすれば、憲法改正をあきらめたのだろうか。あるブレーンは「改憲をあきらめることは絶対にない」と強く否定した上で、17年4月に増税を実施する場合は景気悪化が避けられないため、「年内解散もありうる」とみる。

 首相が「成長戦略の切り札」と位置付けた環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の承認案と関連法案は今国会で審議されていたが、政府がほぼ黒塗りの交渉記録を開示したことや、衆院TPP特別委員会の西川公也委員長(自民)による「内幕本」の存在から与野党が対立して審議が不足。熊本地震の対応もあり、政府は承認・成立を断念した。承認案と関連法案を衆院で留め置けば、衆院を解散しない限り廃案にならない。政府は衆院で継続審議とし、秋の臨時国会での成立を図る方針で、「同日選はないという根拠になっている」(自民党参院議員)との見方がある。それと同時に、自民党若手衆院議員の中で「秋以降は本当の意味で常在戦場だ」との緊張感が漂っているという。

 首相にとって、まずは今夏の参院選で改憲発議に必要な「3分の2以上」の議席獲得が最重要テーマとなる。

 参院では現在、自公の会派は計134議席(議長を除く)。自公だけで非改選議員を含めて参院定数(242議席)の3分の2超(162議席)を占めるには、改選数121のうち86議席の獲得が必要だ。

 現実的なのは、改憲に前向きなおおさか維新の会や日本のこころを大切にする党を含めた「改憲勢力」での3分の2。自公にこの2党を加えた4党の非改選議席数は84議席。改憲勢力で「78議席」が目標ラインとなる。政治ジャーナリストは、首相の思惑を「4党で3分の2に少し足りないくらいがちょうどいいとみているのでは」と分析する。自民党内には「最初の改憲で失敗すれば二度と改憲できない」との懸念がある。参院選後の解散、衆院選で「初めての憲法改正のために結集する時期だ」などと訴えることにより、民進党内の改憲賛成派を取り込み、「総意」としての改憲を演出できるからだ。

 

◇狙いはお試し改憲

 

 改憲への意欲の一方で、首相は改憲内容に関する発言は控えめだ。自民党の憲法改正草案に「国防軍」が盛り込まれており、9条が本丸なのは明らかだが、「9条は憲法の肝」(自民党憲法改正推進本部の1人)。これに手を付ければ野党、国民の強い反対が予想され、改正のハードルは相当高い。

 その中で、首相は年末から年初にかけて、憲法に規定がない「緊急事態条項」の必要性に踏み込んでいる。大規模災害などを想定し、国会議員の任期延長や選挙期日の変更を認めるという内容は、与野党を超えて合意を得やすいという期待もあった。しかし54条2項は、衆院が解散中に緊急の必要があれば、内閣は参院の緊急集会を求めることができると定めている。有識者を中心に、ほとんどのケースは国民保護法や災害対策基本法などで対応可能という批判もあり、トーンダウンした。

 そこで浮上するのは、「合意できる改憲論」。議論が必要な条文ではなく、「これなら乗れる」と合意する勢力が3分の2を超える案ありきの、いわば「お試し改憲」だ。閣僚経験者はその意図を「改憲発議に必要な3分の2以上の賛成を得られる項目なら極端な話、前文の助詞1文字でもいい」と語る。憲政史家の倉山満氏は天皇の国事行為を列挙した7条4項を例に挙げる。「国会議員の総選挙」と記されているが、衆院解散は議員全員が資格を失うため「総」選挙となるものの、参院は半数ごとの改選だ。衆参同日選となっても国会議員がいなくなることはありえず、「総選挙」という表現は誤りで改正対象になると指摘する(ネットのオピニオンサイト「iRONNA」より)。

「お試し改憲」は、国民を改憲に慣れさせるため、反対の少ないところから手をつけようという発想だ。首相が好んで使っている「憲法を国民の手に取り戻す」というフレーズについて、前出の政務三役経験者は「まず、日本人の力で憲法改正を成し遂げることが重要だ。癖がつけば、発議に3分の2以上を求める96条も変わり、時代に合わない条文を改正しやすくなるだろう」と解説する。だが内容よりも先にルールを変えるやり方について、ベテラン憲法学者は「国民蔑視の発想だ」と批判する。

 改憲意欲を持つ首相と、安定した巨大与党の下でなければ、憲法改正は実現しないのは事実だ。衆院の解散権という「伝家の宝刀」を抜く機会を、虎視眈々とうかがっているのは間違いない。

 

 

■憲法改正

 衆参各院の総議員の3分の2以上の賛成で国会が発議し、国民投票で過半数の賛成を得る必要がある。国民投票法は、国民への周知のため、投票は国会発議から60~180日を置くことを定めている。初の改正という重要性を考え、最大の180日間を確保する必要があるとの見方が有力だ。

 自民党は党則で総裁任期を連続2期6年までと規定しており、首相の任期は18年9月まで。逆算すると任期中の改憲には、17年中の国会発議が必要なスケジュールとなる。仮に参院選で、改憲勢力で「3分の2」を獲得したとしても、どの条項を改正するかの調整は難航が予想される。首相が意欲を示す「在任中の憲法改正」に残された時間は、実は短い。

 


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