◇大型M&A承認渋るオバマ政権
◇競争促進と消費者保護を重視
安井真紀(国際協力銀行ワシントン首席駐在員)
資源価格の下落を受け、石油・天然ガス等の資源関連企業が業績悪化に苦しむ中、各社は、同業他社との合併・買収(M&A)を含め、生き残る道を模索している。そこに立ちはだかるのが独占禁止法などの競争法だ。
M&Aで各産業の企業数が極端に少なくなると、製品・サービスの価格が高止まりして、技術革新が進まない。その結果、消費者は代替品の選択もできず、質の低い製品・サービスに高いコストを払わざるを得なくなる恐れがある。このため独禁当局は企業結合審査で、消費者保護の観点からM&A計画の妥当性を確認している。
米石油サービス2位のハリバートンは、同3位のベーカー・ヒューズを約340億ドルで買収する計画を立てたが、5月1日、計画断念を発表した。背景には、米司法省反トラスト局の判断がある。同局は、この買収が米国の石油・天然ガスの探査・生産に関連する製品・サービスのうち、少なくとも23市場の競争に悪影響を及ぼすと判断した。
英紙『フィナンシャル・タイムズ』は4月、100億ドルを超える大型M&A案件を承認しなかった件数が、クリントン政権で2件、ジョージ・W・ブッシュ政権で1件なのに対し、オバマ政権では既に5件に上ると報じた。オバマ政権では、メディア・通信大手コムキャストによるタイム・ワーナー・ケーブルの買収や、食品流通大手シスコ・コープによるUSフーズ買収の白紙撤回などがある。ハリバートンの買収中止で、オバマ政権の実績はさらに1件増える。
案件によって競争環境が異なるため、単純な比較はできないが、オバマ大統領は、産業界の競争促進を重視し、M&A審査に厳しいと言われている。『ワシントン・ポスト』紙によれば、ブッシュ政権の最後の6年間で、独禁当局が異議を唱えたM&A案件は平均年47件。これに対し、オバマ政権の最初の6年間は平均年52件だ。オバマ大統領の就任直後は、リーマン・ショックの影響でM&A取引が低調だったことを考えると、この差は数字以上に大きいかもしれない。
米国のM&Aは年1万2000件を超える規模に達しており、独禁当局に否認されるM&A計画は1%にも満たない。ただ、今後もM&A取引の大型化が見込まれる中、オバマ大統領の任期末に向けて、さらに独禁法適用の動きが加速すると見る専門家もいる。
◇医療業界の審査に注力
米連邦取引委員会(FTC)が最近、審査に注力しているのは、医療・健康・医薬品業界だ。地方病院の統合では、統合後もその地方の患者が質の高い医療サービスを受けられるか、患者が他の医療機関を受診できなくなって医療費の高騰につながらないか、などが審査のポイントとなっている。
ほかにも、医薬品の関係では、特許の切れた新薬と同じ成分を使った後発医薬品(ジェネリック医薬品)を一定期間、市場へ出すのを見送る代わりに、新薬業者から後発医薬品業者に補償金を支払う合意が、消費者の利益を阻害すると認定された。
企業結合の規制、カルテル・独占行為の禁止などを定める競争法は、19世紀後半に米国で生まれた。日本へは第二次世界大戦後に導入され、その後、西欧諸国に展開。2000年以降は、アジア各国を含め新興国・途上国で競争法の導入が相次いでいるが、歴史はまだ浅い。経済のグローバル化が急速に進み、市場の拡大と外国企業の参入に伴い競争が激化する中、世界各地で企業の生き残りをかけた選択と消費者保護のバランスが求められている。