◇入るは難く出るはやすし 変わる名門大学
三輪裕範
(伊藤忠インターナショナル会社
ワシントン事務所長)
軍事、経済両面における米国の凋落が言われて久しい。しかしその一方、米国の大学についてはますます世界的名声が上がっている。
現に「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」や「USニューズ・アンド・ワールド・リポート」など世界の著名大学ランキング調査では、ハーバード、エール、プリンストン、スタンフォード、マサチューセッツ工科大学(MIT)などといった米国の名門大学が必ずトップ10に入っている。今も米国の大学の競争力は、世界の中でも圧倒的である。
米国の大学について、日本では以前から、「入るのはやさしいが、出るのは難しい」という固定観念があった。ところがこの固定観念が最近は必ずしも通用しなくなってきている。
まず「入る」方については、特にハーバードやエールなどのエリート大学への入学は激烈になっている。ハーバードの場合、ここ数年合格率が下がり続けており、今年の合格率も5・2%と史上最低を記録している。合格率が1985年には16・1%、2000年には10・9%だったことを考えると、近年の合格率の急激な低下が理解できるだろう。
その他のアイビーリーグ(東海岸の名門私立大学)の合格率についても▽コロンビア6・0%▽エール6・3%▽プリンストン6・5%などとなっており、ハードルの高さはハーバードとそれほど違わない。また、アイビーリーグの大学ではないが、名門校スタンフォードの合格率は、ハーバードよりもさらに低い4・7%である。今やこうした名門大学に入学するのは、くじ引きに当たる確率よりも低いと言われるほどだ。
◇「A」のインフレ
では、「出る」方はどうだろうか。「米国の大学は、日本と違って一生懸命に勉強しないと簡単に卒業できない」というのが、これまでの一般的なイメージだった。しかし最近はそれほど勉強しなくても簡単に良い成績が取れるようになっている。全米400校以上の大学について過去70年間にわたる学生の成績表を調べた興味深い調査がある。それによると日本の大学で「優」に相当する「A」が与えられた割合は、1940年には15%に過ぎなかったものが、2013年には何とそれが3倍の45%になっている。私立大学だけを取れば、その割合は50%以上にも達している。エールのようなエリート大学でも、「A」と「Aマイナス」を合わせれば62%にもなっているのだ。
このように学生の成績評価が高騰している状況は「グレード・インフレーション」と呼ばれ、近年、米国で大きな社会問題になっている。あまり勉強しないにもかかわらず良い成績を取って卒業してしまう学生が増えると、米国の国際競争力低下や国家の衰退を招く恐れがあるためだ。
もっとも、こうしたグレード・インフレーションを改めようと、一時、プリンストンやヒラリー・クリントンの母校・ウェルズリーなどでAの割合を抑えようと努力したことがあった。しかし、他の主要大学のいずれも追随しなかったため、結局断念せざるを得なくなっている。
学生の成績と同様に、米国の大学の年間授業料も近年インフレが非常に激しい。前記のような有名私立大学の場合は、年間約6万ドル(約650万円)かかる。それに家賃や食費などを加えると、年間900万~1000万円程度の負担は覚悟しなければならない。親や学生にこれだけ多額の負担をさせる中で、大学としてできることといったら、グレード・インフレーションによって、せめてものお返しをすることぐらいなのかもしれない。
この記事の掲載号
定価:620円(税込)
発売日:2016年6月6日