緩和の“出口”は超えられるか。今の経済の真の問題点は──。
ヘリコプターマネーを皮切りに、野口旭・専修大学教授と、今年3月まで5年間、日銀審議委員を務めた白井さゆり・慶応義塾大学特別招聘教授が意見を交わした。
── 今なぜヘリコプターマネーが議論されているのか。
野口 日本ではインフレ率2%達成に予想以上に時間がかかっている中で、何か違うレベルの政策を展開すべきだという認識がある。
政府は通常、景気回復のために国債を発行して財政支出する。一方、中央銀行は量的緩和で国債を大量購入する。両方を同時に行えば事実上のヘリマネだ。日本の現実は部分的なヘリマネと見ることもできる。
ヘリマネ政策としての効果を生むためには、ばらまいたマネーを回収してはいけない。ということは増税してはいけない。少なくとも非増税コミットメントをしなければならない。消費増税を2回延期してヘリマネに近づいたと言えなくもないが、財政再建路線が堅持されている限り、効果は薄くなる。
白井 日銀は購入した国債をそのまま維持するのか。
野口 いや、そうではない。今、量的緩和で供給したマネーをそのまま全部残しておくのは無理だ。出口はある。ただ、2%の目標が達成できない限りはマネーを回収できない。
白井 それは今の日銀の政策と同様に一時的な量的緩和で、ヘリマネではない。ミルトン・フリードマンの言うヘリコプターマネーは、全く回収しないというものだ。
では回収する時、誰が日銀の代わりにそれだけの国債を買うのか。財政再建していなければ国債金利が急騰する恐れがある。増税が消費に悪影響というのは分かるが、国債発行減額なくしてのテーパリング(買い入れ額縮小)は難しい。
野口 金利急騰は起きないだろう。米国が今、行っているテーパリングを見ればいい。米国が利上げして正常化するまで4~5年かかるだろう。その間に名目GDP(国内総生産)さえ増え、過渡期をうまく調整すれば、国債金利が急騰する状況はほぼ起こらないだろう。
◇“出口”で金利は急騰するか
白井 米国は日本と状況が違う。中央銀行が国債を買ったのは市場発行残高の20%に過ぎず、公的債務もGDPの100%強で財政健全化が進んでいる。米国債は金融規制の中、安全資産として世界で需要が高い。
一方、日銀は毎年80兆円の国債を購入している。新規発行残高は約35兆円なので、残りの45兆円分は保有するゆうちょ銀行、地銀、機関投資家から市場を通じて買っている。
野口 名目成長率が3%に達する状況では景気回復によって自然に税収が上がり、循環的な財政赤字はおそらく減っている。国債を新規で発行しなくてもいい状況になっている。
白井 米国が大量の国債を抱えたまま利上げできたのは、金融機関が義務づけられた預金準備率を超えて預ける超過準備の付利引き上げなどさまざまな手段を講じたからだ。
日本でも、いずれインフレ抑制の必要が生じた際に、日銀が資産を売ることは難しく、付利を上げることになるだろう。その時、日銀の保有国債は長期化していて利回り収入が少なく、確実に日銀が赤字になる。
野口 出口の過渡期では預金準備率を上げるのはいいアイデアだ。
白井 預金準備率を上げる手段は、日銀が保有国債を無利子永久債化するヘリマネを提案したアデア・ターナー氏がインフレ抑制策として挙げている。また、預金準備率の引き上げで超過準備を減らせば、日銀の利払いが減り赤字を回避できるとの見方もある。
だが、赤字回避のための預金準備率引き上げは、法外なものとなりかねず、銀行の経営が成り立たない。日銀には現在260兆円の超過準備があり、無利子となる準備率が適用されるのはたった10兆円。準備率を今の0・05~1%台から20%程度まで上げる必要があるかもしれない。
野口 銀行にとって、準備預金の名目上のコストはゼロ。その分、信用創造ができなくなるだけだ。経済学者アーヴィング・フィッシャーが唱えた預金準備率100%という考え方は、銀行は中央銀行が供給したお金を使い融資を行うというものだ。