格差拡大で没落した中間層が支配者層にNOを突きつける一方で、移民や難民排斥に動く。行き場を失った移民が過激思想に染まりテロを引き起こす悪循環を断ち切れるか。
第1部 混沌を読む
◇やせ細る中間層の怒り
◇世界で広がる反グローバル化
谷口 健/藤沢 壮/丸山仁見 (編集部)
世界が「分断」と「反逆」の渦に包まれている。
その“先頭集団”を走るのは、英国と米国である。英国は、6月23日の国民投票で欧州連合(EU)の枠組みからの離脱を選択。メイ新首相の下、2018年にもEU非加盟国になる見込みだ。
一方の米国では、「米国を再び偉大に」「米国第一主義」「反TPP」を掲げるドナルド・トランプ氏(70)が、共和党の大統領候補に正式指名された。多民族国家や自由貿易主義など既存の枠組みへの「反逆」を仕掛け、11月の大統領選挙に挑む。
大陸欧州でも既存政党やEUに反旗を翻す新興政党が支持を拡大している。ドイツでは反移民、反イスラムを掲げる右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が3月の地方選で躍進し、9月の地方選でさらなる得票を狙う。オーストリアでは9月末にも大統領選挙(再選挙)があり、EUに懐疑的な極右「自由党」のノルベルト・ホーファー候補(45)が勝つ可能性も十分にある。
さらに、10月に憲法改正を問う国民投票があるイタリアでは、既成政党批判を繰り広げる新興政治団体「五つ星運動」、そして同国北部の地域右翼政党「北部同盟」が力をつけている。オランダの「自由党」、フランスの「国民戦線」といった右派政党も支持を広げる。
共通するのは人々の怒りや不満の矛先が、既存の政治システム、主流派の政治家、移民などの弱者に向いていることだ。この背景として、国際政治が専門の遠藤乾北海道大学教授は「先進国における中間層以下の没落」を挙げる。
「英国のEU離脱を訴えた政治家も欧州各国の新興政党も、米国のトランプ氏も、右派か左派かは関係ない。結局のところ、中間層以下の人たちが、自分たちがおろそかにされていること、グローバル化の恩恵から取り残されていることへの『反逆』であり、主張の根っこは同じだ」
◇頻発する流血事件
こうした分断と反逆の流れのなかで、流血事件も頻発している。
昨年11月には、仏パリで銃乱射や自爆などの同時多発テロ(死者130人)が起こった。今年3月には、ベルギー・ブリュッセルの空港・地下鉄での連続テロ(死者32人)。さらに7月に入ると、14日に仏南部ニースで起きたトラック暴走テロ(死者84人)。15日のトルコでのクーデター未遂(死者200人超)。22日にドイツ南部ミュンヘンで起きた銃乱射事件(死者9人)。26日に仏ルーアン近郊の教会で起きた司祭殺害と、立て続けにテロが起きている。米国でも、白人警察官が無抵抗の黒人男性を射殺する複数の事件を受けて、「白人vs黒人」の対立関係が強まっている。
「安全なはずの日本が……」。世界を驚愕(きょうがく)させたのは、7月26日に相模原市の障害者施設で起きた19人殺害事件だ。メルケル独首相やフランシスコ・ローマ法王、米国家安全保障会議の報道官らが、異例とも言える哀悼の声明を出すほどに、強い衝撃をもって受け止められた。先進国各国でテロが相次ぎ、大量殺人事件に世界は敏感になっている。
先の遠藤教授は、混沌とした今をこうとらえる。
「英サッチャー政権と米レーガン政権が1980年代に資本移動の自由化を進めたが、90年代から軋(きし)み始め、2000年代にギアを上げたように加速している。そして今、『やせ細る中間層』の不満のマグマがいよいよ限界点に達しつつある」
世界経済は現在、「長期停滞」に入ったとも議論されている。経済のパイが増えていく(成長する)局面では、移民や既存政党に対して大衆は寛容になれるが、限られたパイの争奪が始まると、“仕事を奪う”移民や救済を求める難民に不満を募らせ、排除しようとする。
世界中にフロンティア(未開拓地)がなくなりつつある中、新自由主義者(グローバル化主義者)は自由貿易や規制緩和を推し進めてきた。そうして暴利をむさぼった結果が、中間層以下の没落であり、国民国家の分断につながった。同時に、移民や難民を排斥し、追いやられた移民たちが、テロを企てるようになった。
新自由主義者とそれに加担した為政者たちは今、中間層以下と移民、難民の強力な意趣返しにあっている。(了)
(『週刊エコノミスト』2016年8月9・16日合併号<8月1日発売>18~22ページより転載)
この号の掲載号
定価:720円(税込)
発売日:2016年8月1日
〔特集〕世界の危機 分断と反逆
やせ細る中間層の怒り
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