◇党大会指名でも遠い結束
◇本選へ不安残したトランプ候補
今村 卓
(丸紅米国会社ワシントン事務所長)
7月18日から21日まで行われた米共和党全国大会は不動産王ドナルド・トランプ氏を大統領候補に指名したが、党内の対立と混乱の深刻さが露呈した。トランプ氏にとっては、今後の選挙戦に相当の不安を残す結果に終わった。
党大会は、最初から最後までトランプ氏の独壇場だった。党大会のテーマは「米国を再び偉大な国にする」。トランプ氏が予備選から唱えてきたものだ。さらに、最終日の指名受諾演説に満を持して登壇する従来の大統領候補のパターンを踏襲しなかったことも注目を集めた。演説に臨むメラニア夫人を自ら紹介するなど毎日登場したのだ。
表面的なトランプ氏の露出の多さは、共和党内で同氏の指名に白ける党有力者や主流派がいかに多いか、の裏返しだ。名門ブッシュ家はそろって欠席し、過去2回の大統領選では指名候補だったロムニー元マサチューセッツ州知事とマケイン上院議員も出席を見合わせた。
出席しても演説しない議員や知事が多く、空いた枠を埋めたのはトランプ氏の家族や親交のある有名人だった。しかもメラニア夫人の演説の一部は2008年のミシェル・オバマ大統領夫人の演説から盗用したことが判明、準備不足で盛り上がらない党大会の印象を強めてしまった。
トランプ氏の下での党結束の難しさも再確認された。トランプ氏は、注目の副大統領候補に、宗教保守派で主流派との人脈があるマイク・ペンス・インディアナ州知事を起用した。党主流派との関係改善を最優先しての判断だ。この結果、トランプ氏は、自らの弱点である女性やヒスパニック系などの不人気を副大統領候補で補完できなくなった。
党大会ではトランプ氏が指名される直前まで、主流派の一部である「反トランプ派」が抵抗、会場は怒号で騒然とした。
党指導部も、政策綱領ではトランプ氏の唱えるメキシコ国境の壁建設やテロの歴史を持つ地域からの移民受け入れの停止などを容認してはいる。しかし、党大会で演説したライアン下院議長とマコネル上院院内総務は、主流派に抵抗のあるこうした政策には言及しなかった。
◇反クリントンでは団結
一方、党大会では大多数の演説者が民主党候補であるヒラリー・クリントン前国務長官を強く非難。クリントン氏への敵意ではトランプ氏の下でも党の結束が維持できることが明らかになった。今後の選挙戦でも、共和党はクリントン氏への批判やネガティブキャンペーンに活路を求めることは確実であろう。
とはいえ、それだけでトランプ氏が挙党態勢を構築することは不可能であり、本選での勝利に不可欠な無党派層の支持拡大もおぼつかない。しかしトランプ氏は指名受諾演説でも反主流派向けの予備選での主張を繰り返し、無党派層向けのアピールはなかった。これをみた党内からは「トランプ氏では勝てない」「今回は議会選での多数派死守に専念すべき」との声も上がっている。
本選に向けた選挙戦は、今のところはクリントン氏の不人気に助けられて接戦になっている。しかし、クリントン氏が7月25日からの民主党全国大会で挙党態勢を固められるようなら、早い時期にトランプ氏は苦しい立場に追い込まれかねない。
党内に諦めムードが広がらないうちに、トランプ氏は党結束をいち早く進めなければならない。女性やヒスパニック系の支持挽回策を打ち出すことが求められる。また、クリントン陣営に大きく見劣りする資金と陣営の立て直しも急務だ。トランプ氏に残された時間は非常に少ないと言わざるを得ない。(了)
(『週刊エコノミスト』2016年8月9・16日号<8月1日発売>66ページより転載)
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