いしかわじゅん(漫画家/漫画評論家)
40年続いた『こち亀』こと『こちら葛飾区亀有公園前派出所』が、9月17日に発売される『週刊少年ジャンプ』の掲載で、ついに終わることになった。派出所勤務の警官、両津勘吉が、同僚や常連登場人物たちとマニアックなネタで毎回大騒ぎするコメディーだ。
ニュースを聞いて最初に思ったことは、よくやめられたな、だった。これだけ長く続き、『少年ジャンプ』を開けば必ずそこにあるという状況が長く続けば、作者がやめようと思ってもそう簡単にはやめられない。たとえ編集部がそろそろ終わらせようと考えたとしても、容易ではない。それは、その背後に膨大な読者がいるからだ。40年間に「こち亀」を読んで育った少年、青年、そしていい歳したオヤジまでが、あの作品の後ろには控えているのだ。
◇最先端を常に取材
作者の秋本治氏は、デビューからずっと、ほぼ『こち亀』だけを描いてきたといっても過言ではない。いくら人気があって愛着があったとしても、作家としては他のものも描きたいという気持ちは当然あっただろう。現在単行本200巻。さらに300巻までやろうとすると、もう20年。現在の63歳という年齢を考えても、それは無理だ。だったら、力を十分に残している今が、新しい方向にかじを切る最後のチャンスだと考えたのかもしれない。
秋本氏は、連載の中で読者に対するサービスを毎回ふんだんに盛り込むことで知られていた。読者が喜ぶことが第一という姿勢を貫いてきた。今回の決断は、もしかすると最初で最後の作者のわがままなのかもしれない。
『こち亀』には、いろんなネタが出てくる。子供の喜びそうなものからマニアックなものまで、バリエーションは非常に豊富だ。そのどれも、丁寧に取材して理解した上で描いている。子供が喜ぶのはもちろん、大人のオタクからの支持も厚い。彼らの話を聞くと、『こち亀』は、その時々のオタクの最新トレンドをきちんと調べているという。この辺が、人気の秘密なのだろう。
以前、当時のジャンプの編集長と話していたら、『こち亀』の話になった。彼は、『こち亀』は常に同じ水準を保っている、というのだ。だから、ジャンプが全体に元気がいい時には、相対的に『こち亀』の人気は下がる。でもちょっと下り坂の時には、『こち亀』の人気が上がる。あれはうちのバロメーターなんだよ、と彼はいうのだ。
『こち亀』は、40年にわたって人気作品であり続けた希有(けう)な漫画だった。ちょっと休んでもいいころかなと思う。(了)
(『週刊エコノミスト』2016年9月20日特大号<9月12日発売>14ページより転載)
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この記事の掲載号
定価:670円(税込み)
発売日:2016年9月12日