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第26回 福島後の未来をつくる:竹内敬ニ 朝日新聞編集委員 2016年3月1日号

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 ◇たけうち・けいじ

1952年岡山県生まれ。京都大学工学部修士課程修了。80年に朝日新聞社に入社し、科学部、ロンドン特派員、論説委員などを務めた。長い間、朝日新聞の社説でも原子力政策を担当。著書に『電力の社会史─何が東京電力を生んだのか』(朝日選書)。

2011年の東京電力福島第1原発事故(福島原発事故)が日本のエネルギー政策に突きつけた課題は三つにまとめられる。①原発への依存を減らす、②自然(再生可能)エネルギーを大きく増やす、③電力自由化を進める──だ。

 三つは密接に関係しており、同時に進めないとうまくいかない。福島原発事故後、民主党政権はこれらについてかなり積極的に取り組んだ。当時原発が次々に止まり、日本社会はほぼ原発なしで動いていた。原発を一から見直す好機だった。

 まさに日本のエネルギー政策の大転換が期待された。しかし、事故から5年、今は落胆の気持ちが強い。

 

 ◇政策転換に必要な政治力

 

 最大のテーマである原子力について、民主党政権は国民的な議論を組織した。それを受け12年9月、「革新的エネルギー・環境戦略」を発表。核心は30年代に原発ゼロをめざす。世間をあっといわせた。原発依存一辺倒だった戦後の政策からみれば、脱原発はコペルニクス的な大転換だった。


 しかし、3カ月後に民主党は総選挙で大敗し、返り咲いた自民・公明政権は脱原発方針を白紙に戻した。今の計画は「30年の原発は20~22%」で福島原発事故前の水準にほぼ戻った。再稼働も進み、福島原発事故前の原発重視路線に回帰した。

 42㌻図は原子力政策を大転換する場合に何が必要かについて、事故直後に筆者がまとめたものだ。改革には世論と制度の両方が要る。世論も世論調査の数字だけでなく、投票行動に表れる「強い世論」が必要。また行政、電力業界、NGOなどがどう考え、社会でどの程度の力をもつかが重要になる。制度では自由化や自然エネ増加策の有無だけでなく本当に機能しているかがカギになる。

 究極的には政治パワーだ。ドイツでは「脱原発は緑の党の30年戦争」といわれる。環境政党「緑の党」は運動を牽引(けんいん)しただけでなく1998年に社会民主党と連合政権をつくり、そのうえで脱原発を決めた。脱原発も政治化されてこそ力になる。

 こうしてみると福島原発事故の衝撃の中で、民主党政権が世論を背景に思い切って脱原発を提案したものの、日本社会にはそれを支える力が足りなかったというしかない。選挙で民主党が負け、時間がたつ中で「原子力が重要。自然エネ、自由化はほどほどに」という利害関係が復活するとずるずると後退した。

 自然エネや電力自由化の議論も原発と似た経過をたどった。自然エネでは、欧州でスタンダード政策になっていた全量固定価格買い取り制度(FIT)を導入。これで太陽光発電の設置が一気に伸び、日本は中国、ドイツに次ぐ世界第3位になった。しかし制度には建設が簡単な太陽光に申請(認定)が集中する欠陥があった。いま政府や電力業界は増えすぎたとして、買い取り制限の導入など急ブレーキをかけている。政策転換に現場は大混乱している。

 水力を除く自然エネは日本の電源構成の3・2%(14年度)に過ぎないのにFITは早くも変質している。海外では自然エネの柱になっている風力は日本では増えていない。

 12年7月に政府(民主党)が出した「電力システム改革の基本方針」には発送電分離、地域独占の撤廃、小売りの自由化など、電力自由化の主要項目すべてが含まれていた。

 しかしその後、改革のスピードが鈍った。要の発送電分離は20年に先送りにされた。それも各電力会社の子会社が送電線をもつ法的分離にとどまり地域割りは継続する。

 16年4月から始まる電力の小売り自由化が注目されている。現行より安いメニューはいろいろ出てきそうだが、多様性は少ない。本来は「自然エネによる電気」など消費者が電源種を選び、それが政策に反映されるダイナミズムがあっての自由化だ。自由化の枠組みは次々にできるがオプションが少なく中途半端だ。

 

 ◇もんじゅ勧告の衝撃

 

 原子力政策の転換はどこの国でも難しい。英国は核燃料サイクル政策に失敗し、使い道のないプルトニウム燃料を約100㌧も抱えている。英セントアンドリュース大学のウィリアム・ウォーカー教授はあるシンポジウムで政策が修正できなかった理由を指摘した。

 ①既得権益に異議を唱える政治的勇気の欠如、②反対運動に勝たせてはならないという意識、③脱出の手段・道は手遅れになるまで検討されない、④脱出策のコスト・リスクが常に現状継続より大きく描かれる、⑤さらにお金をつぎ込み、穴を大きくしてしまう。

 振り返ると、日本では事故があっても、路線修正の検討会をつくっても、原子力政策は「現状維持」が繰り返された。それは政策が合理的だからではなく、必要な大改革をする力がなかったからだ。

 そして今また現状維持を繰り返そうとしている。これは恥ずかしいことだ。とんでもない原発事故を起こしても政策を変えられないのであれば、もう日本には原子力政策を理性的に変える政治的、社会的パワーがないということになるだろう。

 この状況を崩すきっかけを考えたい。一つは高速増殖炉「もんじゅ」だ。原子力規制委員会は15年11月、文部科学大臣に勧告を出し、日本原子力研究開発機構にはもんじゅの安全管理能力がないので「運転するなら他の組織を探すこと」を命じた。ふつう、同じ政府の役所同士で、こんな「答えに困る命令」は出さない。異例の勧告は市民の側からでも業界からでもなく、官の一組織が社会に突きつけた政策への問題提起だ。

 原子力政策の矛盾は核燃料サイクルに凝縮されている。日本では原発は通常の産業だ。しかし使用済み燃料からプルトニウム燃料を取り出し、それを高速増殖炉で燃やすサイクルは実現の見通しが立たない。高速増殖炉の開発は原型炉のもんじゅで止まっている。原発がフィクションのようなサイクルとがっちりと結びついている。もんじゅの現状をまじめに考えれば、サイクル政策が画餅であることがはっきりする。原発をどうするか、使用済み燃料をどうするかについても現実的な政策修正が必要になってくる。

 二つめは、中途半端な状態にある自然エネと電力自由化を市民の力で前に進めることだ。いま電力会社は原発全基が再稼働するという過剰な原発優先方針を取り、余った小さなスペースで自然エネの導入枠を計算している。こんなやり方を変えさせ、FITの基本である自然エネの送電線への優先接続を求めていく──。

 

 ◇第三者機関とメディアの役割

 

 事故後にできた原子力規制委は格段に独立性が高まった。骨抜き圧力を受けているFITと電力自由化も含め、いずれも福島原発事故という犠牲を経て日本社会が手に入れた武器だ。強化し、有効に使いたい。

 もう一つ。行政、業界から独立した真の第三者機関が欲しい。原発の支持、不支持を超えて政策オプション、データを提示する研究所あるいは研究者集団だ。原発議論で最も欲しいデータは、原発を5基、10基再稼働させた場合のシミュレーションだ。再稼働するにしても最小限でいいと思う人は多い。そうした議論に資するデータだ。すべての原発を動かしたいと再稼働はゼロでいいとの対峙(たいじ)だけでは前に進まない。

 日本の原発政策を合理的なものに変えるには、「いつでも現状維持」という圧力を跳ね返す力を、社会がもたなければならない。それが簡単な仕事ではないことを、福島後の5年間が教えている。マスメディアの役割も大変大きいと思っている。(了)


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