◇メイ首相が「来年3月」の通告表明
◇リスク懸念で英ポンド31年ぶり安値
田中理
(第一生命経済研究所主席エコノミスト)
英国の欧州連合(EU)からの離脱協議がいよいよ動き出す。メイ首相は10月2日、来年3月末までにEU基本条約(リスボン条約)第50条に基づく離脱手続きを開始する方針を明らかにした。「離脱」派が多数を占めた今年6月の国民投票後、ようやく交渉の開始時期を示すに至ったが、市場では改めて“離脱リスク”への意識が拡大。英ポンドは対ドルで31年ぶりの安値圏まで売り込まれている。
メイ首相は同日、英中部バーミンガムで開かれた与党・保守党大会での演説で、「我々は完全に独立した主権国となる。食品ラベルから入国管理の方法まで、さまざまなことについて自ら決定できる自由を取り戻すことを意味する」と述べ、強い表現で離脱の意義を強調。また、EU法の効力が英国に及ぶ根拠法である「1972年欧州共同体法」を無効にする法律を来年中に議会に提出する意向を示唆した。
当初はEU離脱に対して比較的穏健とみられていたメイ首相が、こうした強い表現で手続きの開始時期を明言したのにはいくつか理由がある。まず、国民投票後の英国経済が予想以上に堅調で、離脱強行派の発言力が増している。保守党は議会の過半数を握るが、離脱強行派の協力なしに議会運営は行えない。また、国民投票後も英国民の過半数は離脱決定を支持しており、2020年5月の次期総選挙までにEU離脱と移民制限で何らかの成果を上げる必要に迫られた。
離脱手続きは英国がEUに離脱の意向を通告した時点で正式に開始し、原則として通告から2年の期限内に離脱の条件や離脱後のEUとの関係を協議する。そのため、来年3月末までに離脱を通告すれば、総選挙前の19年3月末が期限となる。EU側は事前交渉をしない方針が明確で、このまま離脱通告を先延ばししても得られるものがない。これ以上、離脱をめぐる不確実性の高い状況が長引けば、企業活動や直接投資に悪影響が及ぶ恐れもあった。
◇単一アクセスへの懸念
だが、メイ首相の発言からは、関税や煩雑な許認可手続きなしにEU域内で自由な経済活動を可能にする「単一市場へのアクセス」確保については、移民制限ほどの熱意は感じられなかった。……
(『週刊エコノミスト』2016年10月18日号<10月11日発売>13~14ページより転載)