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米・中相手に外交ゲーム展開 したたかなドゥテルテ比大統領

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安倍首相は太刀打ちできるか
安倍首相は太刀打ちできるか

石井順也(住友商事グローバルリサーチ・シニアアナリスト)

 

フィリピンのドゥテルテ大統領が10月25~27日、今年6月の就任以来、初めて来日し、メディアが大きく注目するとともに、日本に住むフィリピン人の熱狂的な歓迎を受けた。ドゥテルテ大統領は、米国への敵意をむき出しにするかのような過激な発言や、強硬手段もいとわない薬物犯罪の取り締まりばかりがクローズアップされるが、フィリピン国内では9割の高い支持率を誇る。ドゥテルテ人気の背景や、過激な言動の裏側にある真意とは何か。

 

ドゥテルテ大統領が25日に日本へ到着後、まっさきに向かったのは、東京都内のホテルで開かれた日本在住のフィリピン人との交流会だった。フィリピン政府によれば、会場には約1500人が詰め掛けたという。参加者から「ドゥテルテ」コールを浴びたほか、「WE LOVE DUTERTE」と書かれたプラカードを掲げる人もいた。日本国内では過激な言動ばかりが取り上げられるが、フィリピン人の間ではドゥテルテ大統領の人気が絶大であることをあらためて見せつけた。

 

9月5日のオバマ大統領との初会談を前にして「売春婦の息子」と呼び、直後に米側は首脳会談をキャンセル。中国を訪問中の10月20日には「米国とは決別する」と述べて、米国が国務次官補を派遣して説明を求める事態に発展した。国内問題をめぐっても、大統領選前には「法律や人権は忘れろ。俺は(フィリピン南部のダバオ)市長時代、麻薬密売人を殺してきた。大統領になったら同じことをしてやる」とぶち上げた。

 

ドゥテルテ大統領は公約通り「麻薬戦争」を掲げ、フィリピン国家警察によれば、今年10月までに薬物犯罪の容疑者で殺害されたのは約4000人にのぼる。オバマ大統領のほか国連や海外メディアなども人権侵害を理由に激しい非難を浴びせたが、ドゥテルテ大統領は意に介す様子はなく、むしろより激しい言葉で反撃する。日本滞在中も、首脳会談の場でこそ激しい発言はなかったが、26日に開かれた民間のセミナーでは米国を念頭に「2年ほどで外国の軍の支配から自由にしたい」と述べた。

 

ドゥテルテ大統領は就任前、ダバオ市長を計22年間務め、副市長なども歴任。この間、犯罪対策の強化により、“犯罪都市”と呼ばれたダバオの治安を劇的に改善した。汚職の撲滅を含めて事業環境も整備し、ダバオ市の経済発展を導いた。犯罪対策では「殺す」といった強い言葉を用いる強権的な姿勢で臨み、私設の「処刑団」があるという疑惑も相まって、「ダーティーハリー」「処刑人」ともあだ名された。

 

◇汚職と無縁、知的な人物

 

大統領就任後の言動からも、粗暴で暴言癖のある反米のポピュリストといったイメージが染み付いたドゥテルテ大統領だが、フィリピン国内の受け止め方はまったく異なる。まず、ドゥテルテ大統領の過激な発言は、国民の多くは「冗談」や「ユーモア」と受け止めている。しかも、ドゥテルテ大統領は発言が問題視されるとすぐに弁明し、撤回や謝罪することが少なくない。これも含めて「愛すべきキャラクター」と捉えられている。

 

米国との首脳会談がキャンセルされた後、自らの発言を「後悔」しているとの声明を出し、異例のスーツ姿を見せて驚かせたのもその一例である。また、「売春婦の息子」発言はタガログ語だったが、正確には「ちくしょう」といったニュアンスの表現であり、メディアに曲解ないし誇張されたという見方もある。さらに、過激な言動とは裏腹に、普段は物静かな人物といわれる。世論を喚起するため、あえて過激な言動をとることで耳目を集めようとする戦術的意図も感じられる。

 

 

Bloomberg
Bloomberg

ドゥテルテ大統領は汚職とは無縁の清貧な生活を送り、「社会主義者」を自認。貧困層やイスラム教徒、共産党、LGBTと呼ばれる性的少数者など、社会的弱者やマイノリティーへの配慮も深い。加えて、マルコス独裁政権が倒れた1986年以降、初めての法律家出身の大統領であり、ダバオ市の副市長となる前は検察官を務めていた。庶民派であると同時に高学歴のエリートであり、地域と所得層を超えて幅広い支持を集めている。

 

薬物犯罪の撲滅は、過去の大統領のいずれも取り組みながら実現できなかった大きな課題だった。麻薬犯罪は政治家や官僚、警察官にもはびこり、汚職も相まって取り締まりや司法制度が機能不全に陥っていた。また、1年間の所得が18万ペソ(約40万円)を下回る貧困層が9割を占め、社会格差が深刻な問題として横たわる。ドゥテルテ大統領は中央政界とのしがらみがなく、かつ国民と議会の支持を得て強大な権力を手にしたことで、公正な社会を実現できるリーダーとして大きな期待が寄せられている。

 

◇経済発展に外交活用

 

ドゥテルテ人気の背景には経済政策もある。大統領が重視するのがインフラ整備だ。今年4~6月期の実質GDP成長率は前年同期比7・0%増と、民間消費がけん引する形でアジア諸国の中でも高い成長を記録。フィリピンは1人当たりGDP(国内総生産)が3000ドルに迫り、低所得国から抜け出そうとしている。出稼ぎ労働者からの送金がGDPの1割にも相当するフィリピンで、国内の産業を一段と発展させる柱にインフラ整備を位置づけ、その方針と成果は経済界からも高く評価されている。

 

ドゥテルテ大統領は10月18~21日の中国訪問で、「軍事的、経済的にも米国と決別する」と述べながら、中国側からダバオ市の港湾整備や製鉄所の建設などを含む、総額240億ドル(約2兆5000億円)もの経済協力を引き出した。習近平国家主席との首脳会談を受けた共同声明では、両国が領有権を争う南シナ海問題について、中国の主権主張を否定した仲裁裁判所の判決には言及しない“配慮”も見せた。

 

こうしてみると、ドゥテルテ大統領の過激な反米発言は、中国からの支援を引き出すしたたかな外交戦術の一環でもあろう。筆者は今年9月、フィリピンで各界と意見交換したが、ドゥテルテ大統領のイメージは、過激ではあるが、極めて優秀で、合理的な現実主義者というものだった。反米発言も、単なる感情的反発に尽きるものではなく、米・中という超大国を相手にした外交ゲームを仕掛けているとみるべきである。中国の外交当局は実際、ドゥテルテ大統領の姿勢を歓迎している。

 

重要な課題は米国との関係の再構築だ。ドゥテルテ大統領は就任以来、「自主外交路線」を掲げ、米国とは同盟関係を維持するとしながら、「従属的な関係」を変えることを唱えてきた。米国との合同哨戒活動への不参加や合同軍事演習の打ち切りのほか、防衛協力強化協定の見直し可能性にも言及している。ただ、フィリピンにとって安全保障面では米国は不可欠なパートナーであり、度重なるドゥテルテ大統領の挑発にもかかわらず、同盟関係に直接的な影響が及ぶ事態は想定しがたい。

 

しかし、過激な言動で大国を翻弄(ほんろう)する危険な戦術は、いつまでも続けられる保証はない。米国は大統領が代わるタイミングでもあり、新政権にどのように対峙(たいじ)するかが問われる。また、中国も甘い相手ではなく、経済支援のあり方や南シナ海問題をめぐり、厳しい局面に立たされることも予想される。国内での麻薬戦争も、死者の数が膨らめばかえって国内の不安をあおりかねない。歴史的な変革を目指す新大統領の真価が問われるのはこれからだ。 

(石井順也、住友商事グローバルリサーチ・シニアアナリスト)

 

*週刊エコノミスト2016年11月15日号


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