◇大統領選で起きた民衆の反乱
◇先行き読めぬトランプ・リスク
「今年の大統領選挙の最終的な勝利者はドナルド・トランプ」と、予言を的中させた者がいる。人間ではない。インドで開発された人工知能(AI)システムの「MoglA」だ。
このAIの分析手法は、極めてシンプルだ。膨大なインターネット情報の中で一般大衆がどれだけ候補者のサイトにアクセスしたか、その定量分析をしただけ。その結果が「勝者トランプ」だった。
米大手メディアの予想を覆し、実際に11月8日の投開票の米大統領選で共和党のトランプ氏が勝利した。
選挙結果が出る2日前の11月7日、「米大統領選、AIはトランプ有利を予測」と題してウェブ媒体にこのAIを紹介したカリフォルニア在住のジャーナリスト、土方細秩子氏もまた「ヒラリーが勝つ」と信じていた。「発言力を持つインテリ層やメディアは大都市に集中している。ローカル・パワーを国民皆が見誤った」と土方氏は振り返る。
元日銀審議委員の中原伸之氏は、トランプ大統領誕生は「グローバリズムの終焉(しゅうえん)だ」と指摘する。中国など新興国の労働者に仕事を奪われ、超富裕層は国境を越える税逃れにいそしみ、先進国の中低所得層に恩恵のないグローバリズムが限界に達した、という指摘だ。それを事前にくみ取ったのは、メディアでも知識層でも政治家でもなくAIだった。
人類の想定外の結果は市場を大きく揺さぶった。東京市場では日経平均が前日比919円(5・4%)安に急落、アジア株も軒並み安となり、ドル・円相場は一時101円台まで円高が進んだ。しかし、トランプ氏が「私のことを支持しない方々にも、この国の統合に向けて助力いただけるようアプローチしていきます」という趣旨の勝利演説が伝わると、潮目が変わった。
ドル・円は105円台後半まで円安が急進。「欧米株式指数も軒並み上昇し、米10年金利は2・06%まで上昇。市場は全面的にリスクオン(選好)。市場はトランプ政権下でむしろ米国景気が力強さを増すと期待しているかのよう」。野村証券の池田雄之輔アナリストは10日のリポートでこう分析した。
だが池田氏は、「勝利演説が良かった、というのは後付けの説明。トランプ勝利=大惨事(株価急落など)に備えてヘッジを仕込んでいた市場参加者が、利益確定で巻き戻したことが相場持ち直しの真相ではないか」と指摘する。
みずほ総合研究所の安井明彦欧米調査部長は、「先が読めないのが最大のリスク。トランプ氏の政策にはいいものも悪いものもある。どういう組み合わせで、それが継続するか不透明」という。
トランプ大統領下で浮上するリスクは多岐にわたる。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)から米国が撤退し、世界的に保護主義が台頭する懸念。世界の安全保障における米国の存在感・信頼感の低下が、「力の空白」となり、東アジアの安全保障が不安定になる懸念もある。
リスク回避の動きが株安・円高圧力になる可能性もある。みずほグループによれば、10円の円高は1部上場企業(金融を除く)で1・8兆円の利益下振れ要因になるという。
日本の輸出全体の米国依存度は20%、約20・2兆円に達する。その半分は自動車や機械、電機で占められ、在米日系法人の売上高は約80兆円。日本経済はここまで米国に依存している。その先が見通せなくなった。
(編集部)
緊急特集12ページ:米大統領選トランプショック
大統領選で起きた民衆の反乱 先行き読めぬトランプ・リスク ■編集部
深まる米国を切り裂く溝 ■安井 明彦
マーケット 乱高下する金融市場 ■市川 雅浩
政策 法人税35%から15%へ減税 ■秋山 勇
TPP離脱は不可避 ■足立 正彦
エリート政治家への「ノー」 ■岩田 太郎
外交 不確実性が最大リスク ■中山 俊宏
メディア 終盤までトランプ攻撃 ■小西 丹
欧州 トランプに主流派は失望 ■熊谷 徹
日本株とドル・円相場予想 ■藤戸 則弘/馬渕 治好/高島 修/村田 雅志
9人の識者が読み解くトランプ・ショック
ジョナサン・ソーブル/イアン・ブレマー/堤 未果/ポール・ゴールドスタイン/ジャン・クロード・グルファ/豊島 逸夫/ミラー 和空/江守 哲/前嶋 和弘
週刊エコノミスト2016年11月22日号
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