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特集:もう買えない!国債 2016年11月22日号

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◇政府の「財布」になった日銀

◇失われた市場の警鐘機能

 

「マイナス金利と大規模な国債買入れの組み合わせが、長短金利全体に影響を与えるうえで、有効であることがわかりました」

 

11月7日午後5時、日銀の公式ホームページ(HP)に、金融政策による長期金利コントロールに関する見解が掲載された。このHPの更新には伏線があった。

 

日銀は9月の金融政策決定会合で、長期金利(10年物国債の利回り)を0%程度に誘導する方針を打ち出し、市場に流すお金の「量」から「金利」を重視する枠組みに変更した。だが、当時掲載されていたHP上の説明では「中央銀行は、人々の予想や将来の不確実性を思いのままに動かすことはできません。つまり、中央銀行が誘導するのに適しているのは、ごく短期の金利」と、長期金利の操作に否定的な見解を示していた。

 

10月3日の衆議院予算委員会で野党議員から問いただされた黒田東彦総裁は「2006年(に書かれた)ということでかなり古いもの。08年のリーマン・ショック後、各国の中央銀行は長期国債などを大量に買い入れることで直接長期金利に影響を与える政策を取っているので改訂したい」と答弁した。

 

しかし、その答弁からHPの更新まで約1カ月がかかった。市場関係者は「日銀は9月に長期金利にターゲットを変更した時点で、従来の立場と矛盾することは分かっていたはず。すぐにHPを変更すると、『量から金利への転換』が強調されてしまうので、ほとぼりが冷めるのを待っていたのではないか」と推測する。

 

 

◇鯨を生んだ異次元緩和

 

日銀が従来は困難としていた長期金利の操作に踏み切ったのは、2月のマイナス金利政策の導入後、予想以上に短期から長期まで金利全般が押し下げられる弊害が顕著になったためだ。

 

格付投資情報センターの久保太郎チーフアナリストによるマイナス金利の影響についての試算では、16年度の大手5行の業務純益を、15年度比で3000億円近く減少させる見通しである。

 

9月の金融政策決定会合でも日銀執行部が「貸出金利の低下は、金融機関収益を圧迫する形で生じている。また、長期金利や超長期金利の低下は、保険や年金などの運用利回りを低下させ、経済活動に悪影響を及ぼす可能性がある点にも留意が必要」との分析を報告した。

 

大手生保関係者は「長期・超長期金利が低下し過ぎているという検証結果が出たのは良かった。ただ、住宅ローンや企業への貸出金利の指標となる新発10年物国債の売買が成立しないという異例の事態が発生している。市場が機能するように配慮してほしい」と黒田総裁に注文する。

 

13年4月の異次元緩和から3年余りで、日銀は国債市場における“鯨”となった。発行された国債の約4割を保有するようになり、国内の機関投資家が国債の消化を支える従来の構図とは様変わりしている。

 

メガバンクは異次元緩和以降、日本国債の買い入れ額を大幅に減額。また、満期までが長期の商品が主力の生命保険会社にとって国債は運用の柱だが、第一生命保険は13年度下期から金融取引に必要な担保など最低限のもの以外は積み増していない。日本生命保険や明治安田生命保険もマイナス金利政策導入決定以降は、同様に購入を見送っている。

 

◇三菱東京UFJの乱

 

さらに、今年7月には金融業界に衝撃を与える「事件」が起きた。三菱東京UFJ銀行が、国債の入札で一定割合以上の応札や落札が義務づけられる「国債市場特別参加者(プライマリーディーラー=PD)」の資格を返上したのだ。

 

市場関係者が「もう国債は買えない」というメッセージと受け止める一方で、ある大手行の幹部は「PD返上というのは財務省に弓を引くのに等しく、相当の覚悟の上だろう。マイナス金利が長期にわたると判断し、仮想通貨やフィンテック(ITを活用した金融サービス)に活路を見いだそうと独自の道を行くつもりか」とそんたくする。

 

実は「国債の購入放棄宣言」は、1990年代のスウェーデンでもあった。スウェーデンでは80年代末から90年代初めにかけて資産バブルが崩壊し、93年には一般政府財政赤字がGDP(国内総生産)比11%に達していた。同国の大手生保スカンディアは94年7月、「信頼できる財政再建策が出るまでは国債を購入しない」と表明。これが一つのきっかけとなって財政再建が進み、98年に財政黒字に転換した。

 

ある大手行関係者は「金融政策は限界を迎えている。今回の枠組み変更で、ボールは政府に投げられた」と話す。三菱東京UFJ銀のメッセージは財政再建が待ったなしの状況に追い込まれているとも解釈できる。

 

 

長期金利をターゲットとした日銀の政策枠組み変更を「緩やかなテーパリング(緩和縮小)の開始」と見る投資家は多い。10年超の超長期金利が下がり過ぎれば、そうした対象年限の国債購入額を減らして調整することになるからだ。逆に金利が上昇し過ぎたり、その圧力が強まったりすれば、日銀が購入額を増やして引き下げる。

◇危うい出口

 

 一見、日銀が完全にコントロールしているかに思えるが、日銀の調整がなくなれば、金利が乱高下してしまうことになる。おまけに、長期金利を操作ターゲットにしたことで、政府の国債管理政策に踏み込んだともいえる。つまり、日銀の政策余地が極めて少ない状況に追い込まれたのだ。鯨から金利をコントロールする“神”になったともいわれる日銀だが、政府に取り込まれただけにすぎない。

 

JPモルガン証券の山脇貴史・債券調査部長は「日銀が金融緩和政策の出口を迎えた時、国債の需給には大きな開きが生まれる。今からでも、国債の発行を徐々に減らしていく必要があるのではないか」と指摘する。

 

日銀が金融緩和の出口に向かうには、財政再建が不可欠だ。政府は20年度の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化を目標に掲げるが、内閣府の中長期試算では、名目で3%以上という高い経済成長率を前提としても5・5兆円程度の赤字となる。今後、少子高齢化による人口減社会を迎える日本では税収は減少する一方、社会保障費は増大し、財政再建はますます難しくなる。

 

◇改革怠った政府

 

しかし、政府は異次元緩和を含むアベノミクスによる一時の物価上昇にあぐらをかき、構造改革、社会保障改革を怠ってきた。日本総合研究所の翁百合副理事長は「アベノミクスは一時的な猶予で、財政健全化や生産性を上げる成長戦略を進める必要がある。団塊の世代が超高齢化して預金の取り崩しが始まり、銀行の国債購入余力も減っていくだろう」と指摘する。

 

安倍晋三首相は11月8日の経済財政諮問会議で「経済政策のスタンスについては構造改革は無論として、金融政策に財政政策をうまく組み合わせることに留意する必要がある。来年度の予算編成に向けては財政健全化への着実な取り組みを進める一方、足元の景気状況に配慮する必要がある」と述べた。

 

黒田日銀の3年半余りは、脱デフレを目指すとしながら、結果的に「政府の財布」と化しただけだった。そればかりか放漫財政に対して、金利上昇の形で警鐘を鳴らす役割を担う国債市場を機能不全にしてしまった黒田総裁の罪は重い。もちろん、安易な景気対策で国債を乱発してきた政治の責任も重大だ。財政破綻のつけを払わされるのは、国民である。

松本惇(編集部)、藤沢壮(編集部) 

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黒木 亮 『国家とハイエナ』の著者「国に債務を支払わせるためにヘッジファンドは何でもやる」

2016年11月22日号 週刊エコノミスト

定価:620円

発売日:2016年11月22日

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