◇終盤までトランプ攻撃
◇政治との癒着を暴露され
小西丹 (エイジェム・キャピタル・マネージメント・ダイレクター)
米大統領選で「大方の予想を覆して」勝利したと報じられるトランプ氏だが、実際は世論の動向を米メディアが正確に報じようとしなかった要素も極めて大きい。
『ワシントン・ポスト』や『ニューヨーク・タイムズ』といった米大手紙、CNNなど米大手テレビ局は選挙戦終盤まで露骨なトランプたたきを展開したが、世論は対立候補のクリントン氏の腐敗したイメージに辟易(へきえき)とし、しがらみのないトランプ氏にその一掃を期待した結果であった。大手メディアの選挙報道のあり方も今後、有権者から厳しく問われることになるだろう。
トランプ、クリントン両陣営の盛り上がりの差は、選挙戦の集会の様子を見ても歴然としていた。
クリントン氏は選挙戦終盤でも演説は週に2日、各1回程度で、長くても20分程度。有名ミュージシャンを呼んでコンサートも開催したが、クリントン氏が登場するのはコンサートの最後だけ。その時すでに聴衆は帰り始めていた。10月19日の両氏の最終討論会では、クリントン氏は自らが不利な局面で何度も演台に目を落としながら話す姿も目立った。
一方、トランプ氏は連日4、5回、それも毎回1時間程度の演説を精力的にこなしていた。トランプ氏の聴衆との掛け合いでは、トランプ氏が“If I win...”(もし私が勝てば)と言うと、“When!”(もし、ではなく大統領になった時でしょう! の意)の声が上がる。これを受けて“Allright! When I win...”(分かった!私が勝った時には)と言い直すと、会場は大歓声に包まれるのがお決まりのパターンになっていた。会場の熱気は、明らかにトランプ氏が上回っていた。
◇「腐敗一掃」への期待
クリントン氏を巡っては国務長官時代(2009~13年)、公務での私用メール使用問題に加え、クリントン家の慈善団体「クリントン財団」への献金者に便宜を図っていた疑惑なども浮上。
メディアとの癒着では内部告発サイト「ウィキリークス」で10月、クリントン陣営が『ニューヨーク・タイムズ』やCNN、米テレビ局のNBC、CBSなどのジャーナリストを招いてオフレコのパーティーを開いていたことや、今年3月の討論会前にクリントン陣営が質問を入手していたことも暴露された。
こうした問題に対し、既存政治とのしがらみのないトランプ氏は“Drain the swamp”(沼を干上がらせる、どぶさらいする意)と表現して、ワシントンの腐敗一掃を主張。トランプ氏は政界の一掃案として、容易ではないものの憲法を改正して国会議員の任期継続に上限を設けることを打ち出したほか、政府の業務に携わった国会議員と職員は離職後、5年間のロビー活動を禁止する方針を示している。
有権者にはトランプ氏が知識・支配階級に敢然と挑戦し、米国政治を市民の手に取り戻そうとするヒーローに映っていた。しかし、大手メディアはそうした熱気を伝えようとしなかったばかりか、10月中旬には『ニューヨーク・タイムズ』などはトランプ氏から受けたとする数十年前のセクハラ行為を報じ、あからさまなトランプ氏への攻撃を繰り返した。だが、有権者はこうした大手メディアを見放していた。
一方で、トランプ氏支持者の献金で成り立つ新興メディア「ライト・サイド・ブロードキャスティング」が、動画サイト「ユーチューブ」でトランプ氏の集会を中継するチャンネルを設けるなど、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を活用した支持も広がっていた。
今となっては、大統領選の投開票日直前までクリントン氏有利を伝えていた大手メディア各社の世論調査さえ、信用が大きく落ちてしまっている。今回の大統領選は、メディアと一体となった政治の腐敗を正してほしいという有権者の思いが実った結果であり、クリントン氏ばかりでなく大手メディアも敗北したのである。
*週刊エコノミスト2016年11月22日号 緊急特集「トランプショック」掲載