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トヨタ自動車と最高裁 小説の形で伝える本当の姿

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 土屋直也(ニュースソクラ編集長)

 

日本の将来を左右しかねない二つの組織をめぐる「小説」が10月下旬に相次いで出版された。ひとつは最高裁判所、もう一つは誰がみても日本最大の企業、トヨタ自動車がモデルで、いずれも講談社から出た。

 

最高裁を舞台にするのは『黒い巨塔─最高裁判所』。著者は明治大学法科大学院教授の瀬木比呂志氏。裁判所の権力中枢である最高裁事務局に席を置いたこともある元エリート裁判官である。

 

描写は生々しい。たとえば、こんな記述がある。「(最高裁事務総局の局長は)ただ長官と事務総長の決定に従うだけの存在にすぎない。(中略)それにもかかわらず、(民事局長の)矢尾が営々と局長の仕事に励み、須田(長官)の意向の実現に協力してきた理由は、ただ一つ、最高裁判事になりたいという望みのためだった」。法律家として独立した存在と思われている裁判官が、実は人事権者にとても弱い。いわゆるサラリーマンと少しも変わらないことを鮮明に描き出している。

 

すでにノンフィクションの『絶望の裁判所』などを通して、裁判所の閉塞(へいそく)感と国民との遊離を告発してきていた。問題をえぐる筆致は少しも変わらないが、ときには下劣ささえ漂う裁判所内の人間くささを伝えるには「小説」という形式しかなかったのだろう。

 

もう一つの問題作は、『トヨトミの野望─小説・巨大自動車企業』。著者は現役の経済記者だが、梶山三郎のペンネームで匿名執筆している。二人の主人公のモデルはトヨタ自動車の奥田碩元社長と豊田章男現社長。秘されてきたトヨタ史がいくつも明らかにされている。奥田氏と目される武田剛平社長と章男氏とみえる豊臣統一、その父の豊臣新太郎との確執はすさまじい。

 

 ◇記者が恐れるトヨタ

 

いかにも小説らしい脚色が少なくないものの、関係者がそれとなく漏らしてきた「事実」が盛り込まれている。重要な部分で、私の知るトヨタ史と重なっている。うずもれさせてしまってはトヨタのためにならない「歴史」を表に出している。日本最大の会社で、強い企業文化が築かれているトヨタですら、人間くささも含めて多くの経営上の課題を抱えていることを白日の下にさらしている。

 

気になるのは、覆面作家と取りざたされたジャーナリストが自らのサイトで「自分ではない」とわざわざ潔白主張していることだ。それほど経済記者にとってトヨタは恐れる存在となっていることの証拠のようなものだろう。

 

かつて黄金期を築いた米GMは、経営学者のドラッカーに厳しい評価を自ら求めたことで、一層盤石な基盤を作った。そして、健全な批判者を失った末に倒産した。トヨタはこの小説から問題をくみ取れるかどうか。それがトヨタの将来を決めるだろう。

 

『自動車』『ホテル』などさまざまな業界の内幕を描き一世を風靡(ふうび)したアーサー・ヘイリー氏は「本当のことを伝えたかったら小説を書くしかない」と語っている。小説の形をとっていようと、モデルを著しく傷つける記述は名誉毀損(きそん)であり許されない。法律的な問題というより、読者に相手にされなくなるという罰を受けるだろう。許されるのは、日本にとって公器といえる最高裁とトヨタ自動車の再生と進化を促進する効果を発揮できた場合だ。

 

私はこの二つの小説にはそうした風刺の意図がきちんと盛り込まれていると思う。ネット時代であっても変わらないジャーナリスティックな視点から書かれている。二つの組織、とりわけトップに、受け止める度量があるかが問われている。

 

出版社サイト

『黒い巨塔 最高裁判所』

『トヨトミの野望 小説 巨大自動車企業』

………………………………………………………………………………………………………

◇つちや・なおや

 

1961年生まれ。日本経済新聞社記者として、91年大手証券4社の損失補てん問題で補てん先リストをスクープし、新聞協会賞を受賞。ロンドン、ニューヨークに駐在。2014年7月、ソクラ創設のため、日本経済新聞社を退職。socra.net

 

*『週刊エコノミスト』2016年11月22日号 「ネットメディアの視点」掲載

 

 


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