◇国に債務を支払わせるためにヘッジファンドは何でもやる
20XX年、財政破綻した日本で、未払いの介護報酬債権を手に入れた海外のヘッジファンドが、支払いを求めて国を提訴、国宝の仏像を差し押さえた──。そんな事態が起こりうるかもしれない。
黒木亮氏の新刊『国家とハイエナ』は、破綻国家の債務を安値で手に入れ、莫大なリターンを上げる“ハイエナ・ファンド”と国家との攻防を描いた。金利や遅延損害金を含めた全額の支払いを求めて訴訟を起こし、差し押さえを駆使する。小説の形をとるが、出来事はすべて事実に基づくという。
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── ハイエナ・ファンドの存在をいつ、知ったのか。
黒木 初めて知ったのは2006年、国際金融誌『Euromoney』の記事だった。コンゴ共和国から債権を回収するために、フランスの大手銀行を組織犯罪処罰法で法廷に引きずり出したり、原油を積んだタンカーを港で差し押さえたりするという。こんな人たちがいるのかと驚き、いつか書こうと温めていた。
ようやく13年に書き始めたが、結果的に遅れてよかったのは、半永久的に続くと思っていたアルゼンチンとファンドとの対立が急に動いたこと。刻々と状況が変わり、最終的に今年4月、アルゼンチンが大幅に譲歩して債務を弁済した。世紀のバトルが決着したのに、日本では小さな記事になった程度だった。
── ハイエナ・ファンドをどう見るか。
黒木 「ならず者の債権者」というのが正しい見方だろう。節操がないマネーゲームだ。ただ、アルゼンチンが計画性なく借りて、返せなくなると何度もツケを債権者に回して堂々としているのも問題がある。
── 政治家の不正蓄財など、国にも付け入られる隙があると思える。
黒木 資源が豊富で、本当は豊かになるべきアフリカの国々が貧しいのは、政治家が国のお金を懐に入れているからだ。汚職で利用されるタックスヘイブン(租税回避地)に絡んでパナマ文書も登場する。地下の世界が広がっていて、国のお金を抜いていくのだと実感した。先進国のヘッジファンド、企業にしろ、途上国の政治家にしろ、皆が国を食い物にしている。
興味をかきたてられたのは、国家とハイエナ・ファンドだけではなく、途上国の債務削減と汚職防止を求めるNGOが絡んで、まさに三つどもえの闘いであることだ。
── タイトルは「腐敗した国家」と「ハイエナ・ファンド」の両方を貧困の元凶として指弾しているようにも受け取れる。
黒木 「国家vsハイエナ」ではあるが、同じ穴のムジナでもある。
◇「王様は裸だ」と言う存在
── コンゴ共和国の汚職スキームを見破ったり、原油タンカーの航路を突き止めたりと重要な役回りを演じるのが、他の作品でもたびたび登場する“カラ売り屋”の面々だ。こうした調査型の空売りファンドは、日本にも上陸して注目され始めた。
黒木 “カラ売り屋”は読者にファンが多い。世の中の常識に対して逆張りし、それが正しいというのは共感できる存在なのだと思う。
調査型空売りファンドは市場にとって貴重な存在だ。特に日本では、証券会社が企業を悪く言えない。「王様は裸だ」と言う空売りファンドがいて、初めて真実が分かる。
── マッチポンプとも批判される。
黒木 騒ぎ立てるだけのマッチポンプ的な空売りファンドもいるが、一瞬株価を下げることはできても、いずれ淘汰されていく。長く生き残っているファンドは信用できる。
日本にも空売りファンドがどんどん増えてほしい。『トリプルA 小説 格付会社』で書いたように、今、格付け会社が市場の動きについていけない。対象の会社の状態がどんどん悪くなっても、人手が足りず手続きも大変なので格下げが追いつかない。将来を予測するのが格付けなのに、過去を見るだけになっている。
格付け会社があてにならないなか、皆が見ているのがCDS(クレジット・デフォルト・スワップ、信用リスクの保険となる取引)の価格と、空売りファンドの動きだ。
── ヘッジファンドは、訴訟型と調査型では違うということか。
黒木 一言でヘッジファンドと言っても、さまざまなタイプがある。要は何でもやっていい。発想が自由なところは見ていて面白い。
ハイエナ・ファンドはアルゼンチンの人工衛星打ち上げ契約を差し押さえようとしたり、よくそこまでやるな、と思うほどだ。国家との法廷闘争を描く上で英国の裁判所の判決文を読み込んだが、ファンド側がうそを証言したことが後から開示資料で分かり、裁判官も「判断を間違えるところだった」と綴っている。
── 今後もハイエナ・ファンドの活動は続くとみるか。
黒木 彼らの運用資産は莫大で、国債より企業案件の方が収益機会は大きい。ただ、ユーロ危機など何か事が起きると、安値で売りに出される国の債権を買いに集まってくる。
── 日本にも来るのか。
黒木 小説のモデルになったヘッジファンドは既に東京に事務所を構え、企業に出資したり、不動産を買ったりしている。
◇腐敗国家と共通する日本
── 日本国債も狙うだろうか。
黒木 いずれ日本国債が行き詰まるのは目に見えている。いま、日本の金融機関は危機感から行動に出始めた。いずれ誰も国債を引き受けられなくなり、財政が厳しくなる。公共サービスを切り捨てていく方向になるだろうが、財政赤字は相当大きく、対処し切れない。そのとき何が起こるのかは分からない。社会的混乱が起きるのではないかと懸念する。
新発債を額面で買う人がいなくなっても、既発の債券や証券は、価格がゼロに近づけば、必ず誰かが買う。ハイエナ・ファンドが買うこともありうる。債権回収するために、いろいろなことを考えるだろう。
国債発行の準拠法が国内法であるならば、日本政府の判断でいくらでも債務減免はできる。したがって、日本がすぐにアルゼンチンになるとは言わない。しかし、強制的に債務減免などをすれば、国の信用はがた落ちだ。簡単には踏み切れない。
── なぜ、このような事態に。
黒木 官庁や政治家、企業など既得権益者が日本の財政を食いつぶしてきた。そこはアフリカの国々と共通している。日本では合法的ではあるが、国の将来を考えずに自分たちの省益などを追求した。国債は国が傾く問題になるところが怖い。00年ごろから警告を発し、方向転換しないかと期待していたが残念だ。
(聞き手=黒崎亜弓・編集部)
◇くろき・りょう
1957年、北海道生まれ。都市銀行、総合商社勤務を経て2000年、『トップ・レフト』で作家デビュー。主な作品に『巨大投資銀行』『鉄のあけぼの』『ザ・原発所長』などがある。英国在住。
*週刊エコノミスト2016年11月22日号 特集「もう買わない!国債」掲載