次期大統領にドナルド・トランプ氏(70)が選ばれた米国で、1人欠員の状態にある連邦最高裁判所判事の人事に注目が集まっている。
米国の最高裁は、違憲か合憲かの判断を日本の最裁よりも積極的に行い、国の政策や社会的に重要な争点に介入する傾向がある。このため最高裁判事は、米国の政策の方向性を左右し、実質的な政治の参加者とも言える重要な人物だ。米国では、大統領選の期間中から、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の離脱以上に、最高裁判事の任命人事は重要な争点だった。
最高裁判事は長官を含めて9人。終身制のため、一度就任した判事は30年以上勤める場合が多い。オバマ政権下では保守派4人、リベラル派4人、中道派が1人だったが、保守派のアントニン・スカリア判事が今年2月に死亡し、保守・リベラルのバランスが崩れていた。
一方、この欠員に対してトランプ氏は、大統領就任後に保守派の判事を選ぶ可能性が高い。選挙期間中にも、ミシガン州最高裁のジョアン・ラーセン氏や、連邦控訴裁判事のウィリアム・プライアー氏など、保守派の現職判事11人を候補に挙げてきた。
最高裁判事は、連邦議会上院の助言と同意を前提として、大統領が任命する。これまでは、上院は過半数が共和党で大統領は民主党という「ねじれ」があった。だが、米大統領選に併せて行われた連邦議会選では、共和党が上下両院で過半数を獲得した。大統領と上院の方向性は一致することになる。
今回の欠員補充により、最高裁判事の陣容が直ちに保守一色になるわけではない。
だが、83歳のルース・ギンズバーグ氏や、78歳のスティーブン・ブライヤー氏など、リベラル派の立場をとる現在の判事には高齢者が多い。健康問題も取りざたされている。また、中道派のアンソニー・ケネディ氏も現在80歳であり、「近いうちに引退するのでは」という話も出ている。
トランプ氏の大統領任期中、さらに欠員を補充する状況になれば、長期的には保守的な政策がより一層進められるだろう。
◇リベラル政策変更も
米国の政策における最高裁の影響は、歴史的な経緯もあって根強い。
公立学校の生徒を人種によって分けることを最高裁が違憲とした1954年の「ブラウン判決」を契機として、黒人の権利を求める公民権運動が強まったことはよく知られている。近年も、同性婚を合憲とするなど、最高裁が政策を後押しした判例がある。
今後、最高裁判事で保守の勢力が強まれば、これまでのリベラルな政策が訴訟を通じて覆される可能性がある。
具体的には、1973年の「ロー対ウェード判決」以来認められてきた妊娠中絶や、同性婚の容認、医療保険制度改革(オバマケア)などが争点になる。
また、「小さな政府」を好む共和党の意向を受けて、連邦から州への権限移譲や、企業に対して規制緩和を進める政策が認められることも考えられる。銃規制の強化は進まないかもしれない。
選挙期間中は過激発言が問題視されてきたトランプ氏だが、首席補佐官の人事では共和党の主流派との連携もみられており、司法の分野でも、党の意向を踏まえて保守色をより一層強くしていくだろう。トランプ氏と共和党との政策的な距離感が、最高裁の判事任命人事を決めていくのは間違いない。
(前嶋和弘・上智大学教授)
*『週刊エコノミスト』2016年11月29日号 FLASH!掲載