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異常な東芝の「バイセル取引」 旧経営陣不問なら、資本市場に禍根

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浜田康(公認会計士、青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科特任教授)

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東芝の不正会計問題を巡り、証券取引等監視委員会が「歴代経営陣の刑事責任を追及すべき」と主張しているのに対し、検察庁が「立件は難しい」と慎重な態度をとっていると報じられている。焦点となっているのは、パソコン事業のいわゆる「バイセル取引」に関する粉飾の有無だ。

 

私は公認会計士として、長年、会計監査をしてきた。この立場から見ると、東芝のバイセル取引は明らかな会計基準違反であり、古典的な粉飾決算だ。これをどうして問題視しないのか不思議でならない。

 

まずは、バイセル取引とは、どのようなものか説明したい。これは、メーカーが部品等の加工を第三者(製造委託先)に委託する際、いったん部品を委託先に販売し、委託先の加工後、買い戻す取引を意味している。一般的には「有償支給取引」というが、東芝は社内用語で「バイセル取引」と称しているようだ。

一例を挙げると、バイセル取引ではまず、原価1万円の部品を、6万円で委託先に販売し、委託先でパソコンを製造後、6万5000円で委託先から完成品のパソコンを買い取る。

 

なぜ、原価1万円の部品を6万円で売るかというと、委託先に部品の原価が分からないようにするためだ。委託先は、東芝以外のパソコンメーカーとも取引があり、部品の原価が東芝のライバルに漏れてしまうのは競争上不利になる。そのため、「マスキング価格」と称して、6万円で売る。

 

もちろん、このままでは、1万円と6万円の差額の5万円が、実際の販売がないにもかかわらず、東芝の利益として計上されてしまう。この「未実現利益」を解消するために、委託先から完成品のパソコンを買い取って貸借対照表に計上されている在庫から、5万円を差し引く。これを、バイセル取引を行った同じ決算期内で実行する。こうすれば、マスキング価格計上の影響はなくなる。

 

問題は、東芝が、このように生じた未実現利益を解消することなく、決算期末をまたいで「放置」したことだ。これが東芝固有のバイセル取引の実態で、誤った会計処理なのだ。

◇日米の会計基準に違反

 

日本の上場会社は、金融商品取引法(金商法)に従って、有価証券報告書を各地の財務局に提出するが、これには財務諸表を記載しなければならない。

 

この財務書類の作り方には決まりがある。金商法第193条で「この法律の規定により提出される貸借対照表、損益計算書その他の財務計算に関する書類は、内閣総理大臣が一般に公正妥当であると認められるところに従って内閣府令で定める用語、様式及び作成方法により、これを作成しなければならない」と決められている。

 

この内閣府令とは、第52号の「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則(連結財規)」であり、そこに、有価証券報告書に記載する連結財務諸表の作成方法等は「この規則の定めるところによるものとし、この規則において定めのない事項については、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に従うものとする」(同令第1条第1項)とされている。

 

さて、東芝の連結財務諸表は、米国会計基準で作成されている。このように米国で上場などしている会社については、連結財規第95条で、米国市場で求められている会計ルールに従うことができるとされている。「できる」という表現は、米国会計基準の連結財務諸表を有価証券報告書に記載する会社は、当然に、米国会計基準に従って有価証券報告書上の連結財務諸表を作成しなければならないということを意味している。

 

米国の会計基準の体系はかなり複雑だが、棚卸資産の評価の会計ルールは、ARB43“Restatement and Revision of Accounting Research Bulletins”に定めがある。それは、「帳簿価額と時価のより低い方の価格を貸借対照表価額としなければならない」というものである。

 

東芝は、マスキング分を乗せた在庫を棚卸資産に計上していた。たとえば、そもそも原価1万円の部品にマスキング分の5万円をのせて6万円で販売していたので、棚卸資産の帳簿価額は6万円か、製造委託費5000円が上乗せされた6万5000円になっていた。

 

しかし、その在庫を通常の市場で処分しようとすれば、1万円か1万5000円でしか売却できない。マスキング分は東芝と委託先との「あうんの呼吸」でかさ上げされているだけで、付加価値としての実態はないからである。そうすると、1万円か1万5000円が米国会計基準でいう「時価」に相当する。米国会計基準では、時価が上限となるので東芝が貸借対照表に計上していた簿価(6万円か6万5000円)は、会計ルール違反になる。そして、前述のように、日本の金商法違反にもなるのである。このように、バイセル取引は、明文化された規定に違反しているのである。

 

 ◇利益の4割に相当する操作

 

 東芝はバイセル取引により、2013年度に最大842億円の架空利益を棚卸資産に計上していた。その分、売上原価は減り、粗利益および営業利益の増加につながっていた。6兆円の売上高と比較すれば、1%強の金額である。しかし、粉飾をした13年度までの5年間で、税前当期純利益は、最大で2000億円、最小でマイナス140億円である。最大の2000億円と比べても、842億円は40%を超えている。これは会計上、重大な影響を及ぼしている。

 

粉飾決算は、究極的には利益を操作するものである。利益操作の影響額を売上高との比較にすり替え、影響を過小に見せるのはおかしい。

 

不良債権を巡り不適切な会計処理があったとして、1999年6月に東京地検特捜部が日本長期信用銀行(長銀)の当時の経営陣を証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)と商法違反(違法配当)で逮捕・起訴した長銀事件で、最高裁は2008年、長銀は虚偽記載には当たらないとして、被告らに逆転無罪判決を下した。

 

確かに、判例としての影響力は大きい。だが、東芝の粉飾決算事件を考えた場合、当時と現在の資本市場を取り巻く環境の変化の方が、より重要である。現在、上場会社の経営者は、有価証券報告書に記載した内容は適正であるとの確認書を提出している。また、内部統制報告制度に従い、適正な財務報告をするための内部統制の整備・運用をしており、その内部統制は有効であった旨の意見を表明した内部統制報告書を提出している。これらの制度は、経営者が、財務諸表等の適正性に強くコミットしなければならないこと、また、財務諸表等の適正性に、直接的な責任を有することを前提とする。

 

長銀の時代にはなかったこれらの制度は、経営者の責任を強く前面に押し出したもので、こうした環境の変化を考えれば、長銀事件の判例をそのまま東芝に当てはめるのは不適切だろう。東芝事件は、現時点における日本の資本市場の公正性、信頼性が問われている問題として、司法は長銀事件判決とは切り離して検討すべきと思われる。

(浜田康・公認会計士、青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科特任教授)

 

*週刊エコノミスト2016年11月29日号掲載


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