電子書籍フォーマットEPUBの国際標準化に携わるIDPF(国際デジタル出版フォーラム)技術委員の村田真氏に、日本の電子書籍の課題について聞いた。
── 電子書籍の現状をどう見るか。
■踊り場にある。今は紙の本の伝統をそのまま電子化して、そこに安住している。
── 最も問題だと感じる点は。
■出版物が視覚障害者や高齢者はじめ誰でも利用しやすいというアクセシビリティーを日本では無視している。欧米では許されない。日本の電子書籍は大きな文字表示に切り替えることはできるが、国産読書端末は音声読み上げに対応しておらず、出版物には読み間違えやすい漢字の読み情報が入っていない。今の電子書籍の製作では、紙と同じ画面を再現することが最優先になっている。
── どうすれば変わるのか。
■技術的なハードルが高いとは思えない。いずれ電子書籍をチェックする基準が上がり、出版社は、アクセシブルにできる出版物をそうしないまま販売することは許されなくなる。
特に学校に導入されるデジタル教科書ではアクセシビリティーが重要だ。今の教科書はレイアウトが複雑きわまりない。教科書を読めない生徒向けに音声データ化する際、レイアウトを解読して順にテキストを並べるのに多大な労力が費やされている。
いったん作った出版物をアクセシブルにするにはコストがかかるが、最初からデジタルでアクセシブルに作るコストはそれほどかからないはずだ。アクセシビリティーを追求すれば結局、紙の複雑なレイアウトへのこだわりを捨てることになる。単純化すれば誰にとっても読みやすい。
◇国際標準化で日本語対応
── 紙を基準とした固定観念を変えるのはなかなか難しい。
■最初に壊れつつあるのが漫画だ。見開きのレイアウトや大小のコマ割りが大事だと考えられてきたが、縦に配置されたコマをスクロールする読み放題サービスが人気で、漫画家は新しい可能性を面白がっている。
壊れる時は早いのだろう。アクセシビリティーが必須となることが取っ掛かりになる可能性はある。ユーザーに具体的なメリットがあるからだ。
2011年のEPUB(イーパブ)3・0国際標準化で日本語組版に対応させた際、「外資企業に魂を売るのか」と批判された。国内では日本独自フォーマットを推す動きがあった。その時、支えになったのは、自分のやっていることは必ずアクセシビリティーの役に立つということだった。残念ながら今のところ役に立っていないが、その方向には向かっている。
── EPUBの可能性が十分に生かされていないということか。
■それは明らかだ。
EPUBはウェブの技術を基にしている。いわばウェブページをパッケージにしてDRM(デジタル著作権保護)などをつけたものだ。例えば、ウェブには動的なページがたくさんあるが、日本の電子書籍は文芸書も漫画も静的だ。欧米では絵に動きを取り入れた絵本や動画を取り入れた料理本がある。
── 今後の国際標準化の動向は。
■IDPFはウェブの標準化団体W3C(ワールド・ワイド・ウェブ・コンソーシアム)に統合する方向で、統合後の体制はまだ分からない。
日本はアジア文化圏を代表して、国際標準化に一番関わらなければならない立場にある。日本語はマイナー言語のチャンピオンだ。日本語組版のうち、縦書きは台湾にも、ルビは中国にも、右開きは中東にもある。
EPUB3・1の策定では、縦書きがどの程度使われているかというデータを日本から提出しなかったら、仕様から落ちていただろう。音声読み上げに必要な漢字の読み情報は実用化されていないが、何とか残した。努力し続けなければならない。
(聞き手=黒崎亜弓・編集部)
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