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ヘッジファンドに地殻変動 AIが好パフォーマンスを発揮

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櫻井豊・RPテック取締役

 

金融市場は今、急激な変化を遂げつつある。

 

20世紀末までの金融市場は、極めて人間臭い場所であった。株式の取引所では、「場立ち」とよばれる人間のフロアブローカーが野球のブロックサインのような手サインで取引の仲介をしていたのだ。

 

そして、ヘッジファンド業界では、ジョージ・ソロスやジュリアン・ロバートソンのような大物ファンドマネジャーが、大量のポンド売りなどの戦略を、見世物のように世間に誇示しながら巨額の収益を手にしたものである。

 

 しかしながら、大物マネジャーが闊歩(かっぽ)した古き(良き?)時代は過ぎ去り、最近のヘッジファンド業界は、かつて経験したことがないような逆風と地殻変動が起きている。

 

最近のヘッジファンドの運用成績は世界経済の動向の読みにくさなどで散々なものだった。代表的なヘッジファンド指数であるヘッジファンドリサーチ社の総合指数のリターンは、2015年にはマイナスを記録し、16年11月末までの過去3年間の平均でも2・5%にも満たない程度である。高い手数料に嫌気が差した投資家は、かつての名門ファンドであろうと容赦はなく、次々に資金を引き揚げ、多くのファンドは手数料の引き下げ圧力に直面している。

 

 一方で、業界全体の苦境を尻目に、最新のAI(人工知能)技術などをうまく取り入れることに成功した一部のヘッジファンドは極めて好調である。

 

例えば、米ツーシグマというAI技術などを駆使した多様な分析をすることが売りのファンドは、主力ファンドの過去の約3年間の平均として年率20%前後のリターンをたたき出した。その結果、運用を依頼する資金が殺到している。01年に設立されたファンドであるが、すでに運用資産が4兆円を超えるほどの急成長を遂げ、現在では新規の資金流入を断っている状態とされる。

 

 また、1980年代から数理的なアプローチによって大成功してきた米ルネッサンス・テクノロジーズという伝説的なファンドも、早くからAIに注目し研究を重ねてきた結果、近年も素晴らしいパフォーマンスを続けている。

 

 ◇経験と勘を凌駕

 

 ツーシグマやルネッサンスの好調さの秘密は、人間の経験と勘にとらわれない数理・統計的なアプローチである。二つのファンドの創業者やトップは共通して国際数学オリンピックでメダルを取得したこともあるような数学や統計の専門家や、コンピューターの専門家ばかりだ。このように、トレーダーの経験と勘の代わりに数理・統計的な分析やコンピューター技術で稼ぐタイプのファンドはクオンツ・ファンドと呼ばれる。ルネッサンスは代表的なクオンツ・ファンドの一つであり、ツーシグマは21世紀の成長株である。 

 

 ツーシグマの主要な運用対象は米国株式市場であり、その特徴はAIを使ったビッグデータ分析である。分析するデータは株価の過去データ以外に、ニュース、財務指標などの公表データ、さらにツイッターなどに及ぶ。ツーシグマは、こうした情報を基に多数の運用モデルを同時に走らせているようだ。 具体的には、株価の動きに関する伝統的なテクニカル分析をするモデル、人間の株式アナリストのように財務指標などの分析から投資銘柄を探り出すようなモデルまであるという。こうした、たくさんのモデルはそれぞれが株価の動きの予想をする。

 

ツーシグマはさらに別のアルゴリズム(問題を解くための手法・計算法) を使って、各モデルの過去のパフォーマンスを考慮したウエート付けをして、取引戦略をまとめる。そして、最終的にはリスク管理のソフトが、ポートフォリオ(運用資産全体) に与えるリスクをチェックして最終的な取引の意思決定を下すそうだ。つまり洗練された多様なAI技術が高いパフォーマンスに直結しているのである。

 

 このような運用スタイルによる運用成績の明暗に、従来型のヘッジファンドもロボット運用、つまりAIなどを駆使したコンピューター・アルゴリズムによって投資判断を決める手法に方向転換を試みている。

 

例えば、大量の空売り戦略などで20世紀のヘッジファンド業界を席巻した一人であるポール・チューダー・ジョーンズという伝説的な投資家は、つい最近、自身の経験や勘に基づく投資スタイルを捨てて、人工知能の専門家などを雇い入れて、機械学習によるビッグデータ分析などを利用した新しい取引スタイルを模索しはじめたと報道された。

 

 ジョーンズのようなかつての大物投資家がさびついた経験と勘に頼るのを諦めたのは、21世紀に入ってからの機械学習、そして近年の深層学習のブームによって、投資の世界以外でも広くAI技術に大きな注目が集まっているからだろう。筆者は、16年3月に米グーグル子会社のディープマインドが開発したアルファ碁が韓国の囲碁のトップ・プロであるイ・セドルに圧勝した出来事に大変な衝撃を受けた。衝撃の原因は、トップ・プロに勝ったという事実そのものではなく、アルファ碁の仕組みを説明したリポートを読んで、深層学習のアプローチが持つ底知れぬ可能性を感じたからである。

 

 ◇人材の争奪戦に

 

 AIのポテンシャルについて過去に何度か訪れたブーム時を凌駕(りょうが)するほどの期待が高まった昨今、世界有数の金持ちが経営者であるようなヘッジファンドが、金に糸目を付けずに優秀なAI技術者を引き抜こうとすることは至極当然のことである。

 

こうした動きの先鞭(せんべん)をつけたのが、世界最大のヘッジファンドのブリッジウォーターが11年にIBMのワトソン開発を主導した技術者デービッド・フェルッチを引き抜いた出来事だ。その後、ヘッジファンド業界は、グーグル、IBM、アップルなど既存のAI技術の巨人から、次々に有力な技術者の引き抜きを行っている。有力ヘッジファンドが支払う報酬は、グーグルやアップルなどとは比較にならないため、世界最高の技術者が引き寄せられるのである。

 

 ただし、AIを使った高度な運用技術を実現するには、札束だけでは十分でない。資産運用にAIを生かすためには、トップがマーケットとAIの両方のノウハウを高度に融合させる特別な才能を持つと共に、エンジニアリング的な能力と努力の、不断の積み重ねが必要だ。誰が利用しても同じような成果を得られるような話では全くないからだ。つまり、ツーシグマのような成功を、札束によって技術者をスカウトするだけで導くのは無理なのだ。その意味では、ジョーンズのような古いタイプの投資家が最近になって伝統的な投資スタイルからAIを活用したロボ運用に転換したような付け焼き刃の対応ではうまくいく見込みは低い。

 

 残念ながら、日本の金融界は世界の資産運用界の最前線から大きな後れをとっている。一つの理由は、ニューヨークやロンドン周辺の先進的なヘッジファンドや、ブラックロックのようなグローバルな巨大資産運用会社が育たなかったという事情がある。現在、最高のAI技術者を獲得し活用できるのは彼らであり、東京はこの分野では辺境の地である。

 

 実は、日本の金融機関も80~90年代、それなりにアルゴリズム取引にチャレンジしたのだが、満足な成果を出せなかったという失敗体験がある。それによって、ロボ運用に否定的な見方が定着し、長年新しい試みがほとんどなされてこなかった。最近になってロボ運用は再び注目を集めているが、残念ながら、日本の金融界の試みの大多数は、ロボ運用というアドバルーンを上げるのが目的で、本気でパフォーマンスを向上させるための知識も意欲も欠けているよう見受けられる。

(櫻井豊・RPテック取締役)

◇ロボ運用を駆使した主なファンド

 

ツーシグマ(米)Two Sigma

AIを駆使して急成長を続ける注目のヘッジファンド。機械学習などさまざまな手法で市場のサインを読み取り、さらにAIが最終的な意思決定をしてリスク管理もする。

 

ルネッサンス・テクノロジーズ(米)Renaissance Technologies

クオンツ・ファンドの老舗かつ代表的存在で突出したパフォーマンスを記録してきた。現在、トップレベルのAI研究者を集めているとされる。

 

アイデア(香港)Aidyia

著名な人工知能学者ベン・ゲーツェルがチーフ・サイエンティストを務めるヘッジファンド。AIを活用した運用を前面に押し出し、人間のトレーダーは全く関与していない完全AI化したファンドまである。

 

リベリオン・リサーチ(米)Rebellion Research

小さいながらも、AIを活用した長期投資を試みるヘッジファンド。

 

(出所)筆者作成


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