井上哲也(野村総合研究所金融ITイノベーション研究部長
トランプ大統領と共和党が支配する連邦議会は、米国の中央銀行である米連邦準備制度理事会(FRB)の議長・副議長を含む理事を大きく入れ替えることが可能という稀有(けう)な立場にある。
FRBの理事は、1935年銀行法に基づき、大統領が指名して上院の承認(単純多数)を経て正式に任命される。定員は7人だが、現在は2人の空席があり、2月に入り1人の理事の辞任も決まった。
筆者は1月に現地の専門家と面談し、民主党も、共和党の人選に本格的な抵抗を示す可能性は少ないとの指摘も受けた。その主な理由は、FRB理事のポストが最高裁判事ほど政治的に重要ではないことや、金融政策への関心や期待が税制改正や通商政策に比べて今や低下したことなどである。したがって、大統領と上院共和党が、大幅な理事の入れ替えを実行する障害は見当たらない。
イエレン議長とフィッシャー副議長は、それぞれ2018年の2月と6月に任期を迎える。制度上は、理事としての職務の継続を含む再任の可能性が残っているが、両氏の留任に対するインセンティブは考えにくい。トランプ政権は、雇用と生産の米国回帰を通じた企業活動の支援を掲げ、大規模な減税を中心とする拡張的な財政政策を行う見込みで、FRBに対しては、低金利政策の維持を求める可能性が高いためだ。
さらに、過去の政権交代の例を踏まえると、議長と副議長以外の2人の現職理事からも退任する動きが生じてもおかしくない。2月10日には、金融監督を担当するタルーロ理事が4月での辞任を表明した。主な辞任理由は、大手金融機関に対する規制強化が一段落したことと見られる。
また、14年に就任したばかりのブレイナード理事も、大統領選で民主党が勝利した場合に財務長官となるべく、経験や知見を積むためにFRB理事に就任したと見られていただけに、現地では、遅かれ早かれ退任するとの指摘が聞かれた。
◇今後の焦点 <1>中小金融機関出身者
議長や副議長を含むFRB理事が大きく変わる可能性は高いとしても、より重要なのは、トランプ大統領や上院共和党がどのような人材を選ぶかである。
この点を考える上で、二つの焦点がある。
第一に、金融システム安定との関係である。08年以降の金融危機を受けて、FRBは、「金融システム上重要な金融機関(SIFIs)」や、決済インフラの主たる監督当局となったほか、マクロプルーデンス(信用秩序維持)を業態横断的に担う「金融安定監視評議会(FSOC)」のメンバーとして、米国財務省とともに主導的な位置を占めるようになるなど、金融システム安定に関してより大きな役割を担った。こうした中で、10年に成立した「金融規制改革法(ドッド・フランク法)」に基づき、FRB理事会には、金融監督担当の副議長のポストが新設されたが、現在に至るまで空席のままである。
理事会の中でタルーロ理事がこうした役割を事実上担ってきたが、トランプ大統領による金融規制見直しのスタンスとは必ずしも相いれない面がある。さらに、タルーロ理事の辞任が現実のものとなった以上、理事の欠員の補充と合わせて、この副議長が実際に任命される可能性が浮上している。
米国の金融メディアは16年12月以降、米ゼネラル・エレクトリック(GE)の金融部門役員であるデビッド・ネイソン氏とともに、米地銀大手BB&T(本社・ノースカロライナ州)の元会長であるジョン・アリソン氏が金融監督担当の副議長の有力候補であるとの報道をしている。インタビューなどを見る限り本人も関心を示しているようだ。
この報道が興味深いのは、この候補者とされる人物がトランプ政権で多数を占める大手投資銀行ではなく、もともと中小金融機関であったBB&Tを長らく支えてきた経営者という点である。
この点は、トランプ大統領が標榜(ひょうぼう)する金融規制見直しの優先領域が、中小金融機関の活性化にあることと整合的であるように思われる。こうした方針は、コミュニティーバンクを含む中小金融機関は、金融規制や監督の強化によってビジネスモデルや業容と対比して過大な負担を背負っており、そのことが地域経済ないし中小企業に必要な金融サービスの提供を妨げているとの問題意識が背景にある。
報道の真偽はともかく、「国内の企業活動の活性化」や「中流階級の救済」というトランプ大統領のミッション(使命)にもよくフィットする。
地域金融機関の関係者を理事にしようとした前例もある。15年にオバマ政権(当時)が、FRB理事候補に、バンク・オブ・ハワイ(本社・ハワイ州)の元役員であったアラン・ランドン氏を指名したが、上院の承認を得られず任命に至らなかった。このことも考えれば、中小企業金融の活性化は、いわば党派を問わず共有された問題意識であるとも言え、前述のアリソン氏を含め、この領域の専門家がFRB理事の任命に含まれる可能性は高いと見られる。
◇今後の焦点 <2>共和党のFRB改革
第二の焦点は、FRB改革との関係である。共和党はFRBの政策運営に関する改革をかねてより主張し、オバマ政権の間(09~17年)でも2桁に及ぶ法案を提出してきた。
つまり、共和党は、07年のサブプライム危機の際、FRBが大手金融機関に対して行った救済策を「恣意(しい)的で透明性を欠く」として批判し、これらを是正すべきと主張してきた。しかし、「ドッド・フランク法」の施行に伴い、FRBによる「最後の貸手(LLR)」の対象が限定されたり、個別の金融機関に対する資金供給に関する情報開示が強化されたりするなど、自らの主張が相応に実現した。
その後、共和党は批判の標的を金融政策に変えている。具体的には、議会によるガバナンス(統治)の強化を目指し、FRBに対する会計監査の見直しと金融政策のルール化を求める法案を提出している。
このうち、FRBに対する会計監査に関しては、既に米会計検査院(GAO)の監査を受けている。しかし、現在、金融政策の独立性に配慮して、金融政策関連の活動はその対象から除外されている。共和党はこの領域も「監査の対象にすべき」と主張している。
これが実現すれば、議会は、金融政策の適否を直接に批判する手段を得ることとなる。意向に沿わない政策をFRBに巻き戻させる道を開くことにもつながり得る。
一方、金融政策のルール化とは、スタンフォード大学のジョン・テイラー教授が提唱する半機械的モデル「テイラー・ルール」のように、一定のルールに沿って金融政策を運営することをFRBに求めることである。しかし、テイラー・ルールで政策金利を決める際のパラメーター(変数)となる自然失業率に関して、現在は不確実性の高い環境にあり、結果として、過度な金融緩和や金融引き締めといった不適切な政策を招くリスクも低くない。同時に、FRBが、テイラー・ルールに含まれないが重要な要素である金融システム安定を加味した、いわば「総合判断」による政策運営を行う可能性を否定することになる。
こうした問題があるため、一連のFRB改革法案はこれまで議会で頓挫したり、オバマ前大統領が拒否権を行使したりして、実際には成立しなかった。しかし、今や連邦議会の両院で共和党が多数を占める以上、法案成立の可能性は相対的に高まっている。
もちろん、FRBは改革案、特に金融政策の「ルール化」に強く抵抗している。1月中旬にイエレン議長が行った講演でも、テイラー・ルールに沿って政策を運営した場合の問題を指摘した。しかも、共和党が法案を通そうとした場合、上院における民主党の議決遅延行為(フィリバスター)を乗り越える必要があるほか、金融市場が金融政策の独立性低下を懸念してネガティブな反応を示すリスクも考慮する必要がある。
◇議長有力候補ウォルシュ氏
それでも、トランプ大統領と上院共和党は、FRB改革の実現に向けて、イエレン氏に代わるFRB議長の人選という手段も持っていることに注意すべきであろう。
つまり、ジョン・テイラー氏自身でなくても、金融政策の「ルール化」に親和的な専門家を幹部に任命すれば、FRB改革法案を通さなくても、FRBの「自主的」な判断によって、ガバナンスの強化や裁量の排除を実質的に実現することは可能である。この点も、FRB議長の具体的な選任において重要なポイントとなる可能性がある。
ケビン・ウォルシュ氏は、ブッシュ政権下で00年代後半にFRB理事を務め、バーナンキ前議長の評価も高かったことから、FRB議長の候補とされる。同氏は現在、スタンフォード大学のフーバー研究所に所属する。量的緩和に反対し、FRBのバランスシート(貸借対照表)の正常化を主張する立場を取る。彼が公表する最近の論考を見る限り、金融政策における裁量の排除を主張しており、現政権の考え方に親和的であるという意味では、有力候補との現地での評価にうなずける面がある。
もちろん、FRB幹部の人事も、これまで見た個々の事情があるため、短期間で一気に進むわけではない。また、幅広い政策で抜本的見直しを目指すトランプ大統領にとって、経済政策に占める中央銀行の位置づけが高くないとすれば、FRB人事が「ハネムーン期間(就任最初の100日)」といった政治的に重要な時期に優先される案件であるとは考えにくい。
それでも、18年に議長が任期満了で交代する場合、イエレン氏やバーナンキ氏の例を見ると、後任者は、半年程度、理事の職務を通じてFRBの政策決定プロセスなどをあらかじめ習得することが望ましい。
それだけに、今年の夏から秋には、「次期議長含み」での理事の欠員の補充が具体的に進捗(しんちょく)することが考えられる。そうであれば、常に先取りして動く金融市場では、春になれば議長候補の考え方を具体的に取りざたすることになるのであろう。
(井上哲也・野村総合研究所金融ITイノベーション研究部長)
*週刊エコノミスト2017年2月28日号掲載