◇米中のオールドエコノミー回帰
◇インフレ懸念でマネーは資源に
1兆ドル(約113兆円)のインフラ投資──。トランプ米大統領は2月28日の上下両院合同会議での演説で、改めて公約の実現に意欲を示し、議会に協力を求めた。
◇16年半ばから上昇基調
大規模なインフラ投資が実際に実施されることになれば、鉄鋼や銅などの資源需要は大幅に伸び、米国内の重厚長大産業は大きな恩恵を受けることになるだろう。また、2本のパイプラインの建設を推進する大統領令に署名するなど、地球温暖化防止策として、オバマ前政権が推進した再生可能エネルギー路線から大転換し、化石燃料への回帰も鮮明にしている。超大国の米国の需要が刺激されれば、資源市場に与える影響も大きい。
トランプ政権の誕生により、期待感が増幅している資源市場。その価格動向は、中国経済の回復期待などにより2016年半ばに世界景気が底打ちして以降、上昇基調に入っている。
世界2位の経済大国である中国もまた、化石燃料の需要が衰えていない。石炭や鉄鋼の過剰在庫解消を進めるために打ち出した構造改革が、思うように進んでいないためだ。次期最高指導部の人事が焦点となる今秋の共産党大会に向けて、インフラ投資などにより一定の経済成長を維持する必要があり、17年は抜本的な対策に取り組めない状況にあることも資源需要を後押しする。
米中の2大大国の「オールドエコノミーへの回帰」が、現在の資源市況を支えている。
◇ボックス圏相場の原油
資源の中でも最大規模となる原油市場は、16年末に石油輸出国機構(OPEC)と非OPEC諸国の協調減産が決定して以降、指標の米国産標準油種(WTI)が1バレル=50~55ドルを推移する「ボックス圏相場」となっている。
WTIは14年6月に同107ドルとなって以降下落基調になり、16年2月には同26ドルを記録。この間、OPECの盟主サウジアラビアは原油生産量を削減せずに価格下落を放置し、米国のシェールオイルとの消耗戦を続けた。
だが、シェールオイルの生産量は大きく減らず、世界の石油需給は大幅な供給過剰となった。その結果、サウジの財政赤字は拡大。今回の協調減産は、国内の財政事情が苦しいサウジが瀬戸際まで追い込まれたことで実現したとも言える。
サウジは構造改革計画「ビジョン2030」を掲げ、石油依存からの脱却を目指している。3月12~15日にはサルマン国王が来日し、安倍晋三首相らと会談して協力を要請する見通しだ。供給過剰状態になっている原油が以前のような高値を望めない状況の中、構造改革が進まず、今よりも財政状況が悪化するようなことがあれば、サウジも減産に耐えられなくなるだろう。原油大国であるサウジの国内事情が、市場に与える影響は大きい。
OPEC加盟国の17年1月の減産量は、目標の9割を順守している。ただ、協調減産に罰則規定はないため、自国の経済状況が厳しくなれば、増産にかじを切る加盟国が出てくる可能性は払拭(ふっしょく)できない。また、1月の減産量が目標の半分程度にとどまったとされる非OPEC各国も、減産合意の直前に増産していたロシアをはじめ、更なる減産を進めることは期待できない。
協調減産は今年6月に期限を迎える。2月中旬にサウジやイランを訪れて現地の関係者からヒアリングした住友商事グローバルリサーチの高井裕之社長は「今回会ったほとんどの人は減産の延長はないと話していた」と語る。
サウジは、ファリハ・エネルギー産業鉱物資源相が減産の高い順守状況から「延長の必要はない」と明言するなど、需要期の夏場に向けて減産を打ち切りたいとの思惑が垣間見える。高井社長は「減産が延長されなければ、今のような50ドル台のボックス圏相場が続く」と見ている。
一方、コスモエネルギーホールディングスの森川桂造社長は「17年末に向け、65~70ドルまで上がる可能性がある」と分析。世界最大の石油会社であるサウジ国営サウジアラムコが18年に予定している新規株式公開(IPO)を挙げ、「原油価格が下がると、アラムコの価値が下がってしまう。サウジにとっては減っている外貨を確保するためにも、IPOが終わるまでは原油価格を下げることは許されない」と予想する。
また、リグ(石油掘削装置)稼働数が増えている米国のシェールオイルについて、森川社長は「1バレル=60ドルくらいではコスト面が厳しいシェール企業も多く、すぐには増産できない。増えたとしても日量40万~50万バレルで、OPECの減産の規模を考えれば、影響は限定的だ」と指摘する。
26~28ページでも明らかなように、専門家の間でも原油価格の見通しは見方が分かれている。
◇投機マネーが流入
現在のボックス圏相場は、価格の上昇要因と下落要因が絶妙なバランスを取ることで成り立っている。
米中需要の底堅さや協調減産が順調なことのほか、イランへの制裁強化や親イスラエル政策などのトランプ政権の中東政策への懸念が価格上昇圧力になる一方、シェールオイルの増産や協調減産が守られないことによる供給過剰懸念が上値を抑えている。
この絶妙なバランスは、容易に崩れなさそうだが、逆に世界の市場関係者が「ボックス相場は揺るがない」と、「ボックス圏外」を織り込んでいないことが、リスクかもしれない。ロシアなどの非OPEC諸国が大幅増産に動き、それにイランをはじめOPEC諸国やシェールオイル勢が追随すれば、供給過剰から原油価格は急落するだろう。
そうした懸念を一段と高めるのが、先物市場の動向だ。ニューヨークWTI原油先物市場で、投機筋に当たる非商業部門の先物買い越しポジションが50万枚(1枚=1000バレル)を超え、史上最高水準となっている。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券の藤戸則弘投資情報部長は「需給バランスが取れ、原油価格は上昇すると楽観しているヘッジファンドがロング(買い持ち)を積んでいる。ただ、価格は投機筋が思うほど上がっていないので、ひとたびヘッジファンドが売りに回れば、40ドル台に急落する恐れがある」と指摘する。
トランプ政権の誕生以降、米国の銅の先物市場などにも投機マネーが流れ込んでいるため、同様のリスク要因を抱えている。
なぜ投機マネーが資源投資に向かっているのか。それは、08年のリーマン・ショック以降の世界的な金融緩和が関係している。
世界にマネーがあふれる中、マイナス金利政策を導入している欧州や日本をはじめ先進国が軒並み低金利となり、投資先がこれまで大きなウエートを占めていた債券市場から、株式や資源、通貨へと多様化している。
トランプ政権が掲げる減税やインフラ投資などの景気刺激策によって人々のインフレ予想が高まっていることも、実物資産であるコモディティーへの投資が増えている要因と見られる。
国際金融市場に詳しい豊島逸夫・豊島&アソシエイツ代表は「米利上げが3月、6月とも難しくなれば、短期的なリターンを求める投資家のマネーが一段とコモディティーに入ってくるというシナリオは十分に考えられる」と話す。
さらに、政治リスクもコモディティーへの投資要因となっている。トランプ大統領が保護貿易や移民排斥などの主張を繰り返す米国に加え、英国のEU(欧州連合)離脱決定以降に不安定化している欧州主要国の選挙の不確実性も増している。
特に極右政党・国民戦線(FN)のルペン党首が支持を広げるフランス大統領選の行方は、その後の欧州の選挙にも大きな影響を与えることになりそうだ。欧州の政治リスクが高まれば、「有事の金」が買われるように、資源価格の上昇要因となるだろう。
◇使えない「過去の教科書」
現在、従来は資源価格の下押し圧力とされてきたドル高や米金利上昇、株高が同時に起きている。
楽天証券経済研究所の吉田哲・コモディティアナリストは「金融緩和によって『過去の教科書』が当てはまらなくなりつつある」と指摘する。
吉田氏は「資金があふれ、投資家はいろいろな投資先を物色している。株を見ていた人が、コモディティーや通貨にも投資するようになり、一見関係のない投資対象の値動きが連動しているように見える。このため、景気が良いと思えば、株やコモディティーなどが同時に上昇するという流れになっているのではないか」と分析する。
過去の教訓や経験が、きかない──。17年の資源相場は、そんな未体験ゾーンに突入したようだ。
(松本惇・編集部)
この記事の掲載号:週刊エコノミスト2017年3月14日号
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