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再生医療 臨床ラッシュ 他人由来の細胞で治験へ 難病治療に広がる可能性

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 他人由来の細胞を使った再生医療の研究で、ヒトを対象に安全性を確かめ、効果を見る臨床試験が相次いで始まる。治療までの時間を大幅に短縮し、コストを下げる可能性がある他人由来の細胞の移植が実現すれば、これまで治療が困難だった病気や障害を治せる可能性が高まる。

 

 脊髄(せきずい)損傷の治療でも、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った臨床研究が始まる。報道によると、慶応義塾大学の岡野栄之教授と中村雅也教授らの研究チームは、脊髄を損傷した患者に、iPS細胞から作った神経のもとになる細胞を移植する臨床研究について学内の倫理委員会に申請した。了承を受けた後、国への届け出を行う。

 

 iPS細胞から神経細胞のもとになる「神経前駆細胞」を作り、患者の脊髄の損傷部分に移植する。iPS細胞は、京都大学iPS細胞研究所から提供を受ける。拒絶反応が起きにくいタイプの健康な人から作り、備蓄を進めているものを使う。脊髄を損傷してから2~4週間が経過した患者を対象に、2018年前半の試験開始を目指すと報じられている。

 

◇傷ついた神経を修復

 

 脊髄損傷は交通事故や転落・転倒などにより脊髄が損傷し、神経が断裂したり圧迫されたりして、脳から発した電気信号が届かなくなり、手足が動かなくなったり感覚が麻痺(まひ)したりする。

 

 岡野教授らの研究では、iPS細胞から作った神経前駆細胞を損傷部分に移植する。手足が麻痺した小型サルのコモンマーモセットを対象にした研究では、細胞移植により運動機能が改善し、立つことができるようになったり、手の握力が改善したりした。詳しいメカニズムは不明だが、移植した細胞が損傷部分を回復させる役割を果たすと考えられている。

 

 岡野教授によると、再生医療の効果には、移植した細胞が失われた細胞を補う「細胞置換」と、移植細胞が栄養因子を出して再生能力や保護効果を高める「栄養効果」がある。脊髄損傷の治療では、その両方が効いていると考えられるという。

 

 現状では、細胞移植で治療効果を見込めるのは受傷後数週間以内の急性期から亜急性期の患者だ。受傷後時間が経過した慢性期の患者は、損傷部分が固いカサブタのような状態になり、回復しにくくなる。再生医療で治療する場合も、自分由来の細胞からiPS細胞を作っていたのでは治療のタイミングを逃す。ストックされている他人の細胞を使えば、亜急性期までの期間に治療を開始できる。

 

 岡野教授は今後、治療の研究を進めることで、「慢性期の患者でも、細胞移植とリハビリの組み合わせによって回復を期待できる」と期待を寄せている。

 

 国内の脊髄損傷の患者数は約10万人で、毎年5000人の患者が新たに発生している。現在の医療では根本的な治療法がなく、再生医療に寄せられる期待は大きい。

 

 ◇治験数が増加

 

 人工培養した細胞や組織を使って失われた組織を修復・再生する再生医療の研究は、ここに来て大きく前に進み始めている。

 

 厚生労働省の再生医療等評価部会は2月1日、他人のiPS細胞からつくった網膜組織の細胞を目の難病「滲出型加齢黄斑変性(しんしゅつがたかれいおうはんへんせい)」の患者に移植する世界初の臨床研究計画を了承した。今年前半に最初の手術が行われる。同じ2月には京都大学iPS細胞研究所の高橋淳教授がパーキンソン病の治療で臨床試験を始めると発表。大阪大学の澤芳樹教授は重症心不全で、臨床試験へと進む意向を昨年明らかにしている。

 

 細胞移植の中でも、あらゆる臓器に対応できて培養もしやすいiPS細胞を活用することへの期待は大きいが、実際に治療で行われたのは患者本人から細胞を採取した例だけだ。自分由来のiPS細胞は他人由来に比べて拒絶反応のリスクは低いが、細胞を採取・加工する時間と費用が問題だった。疾患や障害によっては発症後、早期の治療を必要とすることがある。また治療費のコスト抑制の課題に応えるためにも、他人由来の細胞を使った治療の研究が求められていた。

 

 他人由来の細胞を使った治療の中でも、iPS細胞を使う研究を後押しするのが、京都大学iPS細胞研究所のiPS細胞ストックだ。血液細胞の型(HLA型)のうち、拒絶反応が起きにくいタイプを選んでiPS細胞をあらかじめ作って保存し、必要に応じて提供する。15年以降は民間にも提供を開始、22年度までに日本人の大半をカバーできるストックを作る目標を立てている。

 

 研究者にとってiPS細胞提供のインフラが整備されたことの意義は大きく、慶応大・岡野教授は「京都大学から提供を受けた(非臨床グレードの)iPS細胞を用いた動物実験が13年に始まり、技術的にはヒトでの臨床研究に移行する段階に入れるようになってきたのが今だ」と話す。

 

 他人由来のiPS細胞を使った細胞移植という先端研究だけではない。再生医療の研究は対象疾患、アプローチの種類ともに広がりを見せている。

 

 再生医療等医薬品の治験の件数は、1月末までで少なくとも5件(医薬品医療機器総合機構への届け出ベース)ある。再生医療等製品は、従来の医薬品とは別に早期に保険適用を承認する仕組みが14年に施行されており、今後も治験の数は増えると見られる。ヘリオスの急性期脳梗塞(こうそく)治療薬「マルチステム」は2/3相試験中で、サンバイオの外傷性脳損傷治療薬「SB623」は2相の試験中だ。1月にはタカラバイオが血液のがんで「キメラ抗原受容体(CAR)─T細胞療法」で再生医療等製品としての治験を申請している。

 

 治験の件数増加は、14年11月施行の医薬品医療機器等法により、早期承認制度が導入されたことが大きい。国が認めれば、治験の最終段階を早期に切り上げて、保険適用を得て商品化できる。

 ただ、多くの研究は動物実験で確認された効果を、ようやくヒトに応用する試験の最初の段階に差し掛かかったところだ。医薬品の開発は、研究室で行われる「臨床研究」から、治療を兼ねた「臨床試験」に入り、保険適用を目指す「治験」へと進む。臨床試験は、まずヒトでの安全性を確かめながら、慎重に進められる。またがん化の回避など安全性を確保する技術のほか、細胞培養や流通など、実用化までにクリアすべき課題は多い。

 

 

 一方、民間企業が将来の市場拡大をにらみ、細胞培養の受託や装置開発などで参入する動きを見せ始めている。京セラやニコンなど、異業種からの参入組も多い。再生医療用細胞の開発・受託製造施設を新設し、18年度に受託開始を予定する日立化成の丸山寿社長は「10年かけてでも、ライフサイエンス分野を新しい事業の柱に育てる」と将来性の大きさに期待を寄せる。

 みずほ銀行産業調査部の戸塚隆行調査役は、民間企業の参入が進み、「産業化の下地ができつつある」と話す。再生医療は、研究の段階から新時代の医療市場へと成長する最初の時期を迎えようとしている。

 

(花谷美枝・編集部)

*週刊エコノミスト2017年3月21日号掲載 特集「再生医療 臨床ラッシュ」

特集「再生医療 臨床ラッシュ」 2017年3月21日号

他人由来の細胞で治験へ ■花谷 美枝

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