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特集:固定資産税の大問題 2017年4月11日号

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◇売れない土地にも固定資産税

◇誤りの指摘にも負担大きく

 

 リアス式の地形が広がる長崎県佐世保市。造船中堅の佐世保重工業の工場に程近い住宅地の一角に、東京都の40代女性が相続した土地がある。広さは約350平方メートルの更地。幹線道路からは一段低い場所にあり、車は入れず階段でしか下りられない。

 

 女性は地元の不動産業者に仲介を依頼したが、色よい返事はもらえない。数年前から「タダでもいいから譲りたい」と地元のコミュニティーサイトで呼びかけてもみたが、引き取り手は現れないまま。女性は今、譲渡をあきらめている。

 

 

 それでも、同市から昨年、送られてきた固定資産税の課税明細書には、土地の固定資産税評価額が約343万円と記載。固定資産税・都市計画税は計4万819円になり、草刈りなどの維持を含めて負担が重くのしかかる。女性の父が亡くなり、父の故郷の土地を相続したのは2012年。相続した時にはすでに更地にされていた。しかし、更地にしてしまったことで、固定資産税の「住宅用地の特例」(税額計算の基となる課税標準が評価額の6分の1になる)も受けられなくなった。

 

「更地にしたほうが売りやすいと思ったんでしょう。土地が売れないなんて、誰も考えていなかった」と女性は振り返る。女性には小学生になる長男が1人いる。しかし、長男にはこの土地を相続させたくない。女性は佐世保市の土地以外の財産を、極力持たないように決めている。自分に万一のことがあった時、長男ら相続人に相続放棄してもらうことで、国に所有権を移したいためだ。誰も相続人のいない土地は国に帰属する。

 

 ◇実勢と乖離する土地評価

 

 土地の固定資産税評価額は、国土交通省が発表する地価公示価格の7割の水準になるよう、各地の道路に固定資産税路線価が付けられ、その路線価を基に土地それぞれに市町村(東京23区は東京都)が評価額を決めている。国土交通省が今年3月発表した全国の地価公示価格(1月1日時点)は、住宅地の全国平均が9年ぶりに下げ止まった。しかし、上昇を続ける東京など都市部の地価とは対照的に、地方ではタダでも売れない土地は珍しくない。

 

 地価公示の標準地の公示価格は、不動産鑑定士が国交省から委託を受け、周辺の売買実例や収益性を基に評価する。だが、地方では売買実例が少なく、収益性を測るのも困難なケースが多い。不動産鑑定士業界の関係者は「地方では公示価格の半分でも売れそうにない土地はざらにある。本来は評価額を大幅に引き下げるべきだが、前年より10%以上引き下げると国交省から詳細な説明を求められる。その結果、毎年数%ずつしか引き下げないので、実勢と大きく乖離(かいり)してしまう」と話す。

 

 固定資産税評価額は税の世界だけでなく、地方の銀行や信用金庫では、融資の担保価値の目安としても使われる。北海道のある金融機関関係者は「土地の担保価値を、固定資産税評価額の7割などと評価している金融機関が多い」と明かし、「地方の土地は、建物の撤去費用などを考えれば、現実的にはマイナスの資産。それでも担保価値を見直そうという金融機関はほとんどなく、貸し出し債権は見た目以上に劣化しているのではないか」と危機感を募らせる。

 

 ◇「駐車場」が争いに

 

 東京地裁で昨年11月、東京都が決定した固定資産税・都市計画税の税額を取り消す判決が言い渡された。原告は練馬区の土地所有者。介護付き有料老人ホームの建物を13年に新築し、業者と30年間の賃貸契約を結んだが、この老人ホームの駐車場(約140平方メートル)について都が14年度、「住宅用地の特例」を適用せず、老人ホームの土地全体で固定資産税・都市計画税を計約134万円としたのだ。これを不服として所有者は15年、都を相手取って提訴した。

 

 争点となったのは、駐車場が「住宅用地」に該当するかどうか。老人ホームの入居者には自分で車を運転する人はおらず、都は「入居者が自らが利用する駐車場であると判断することはできない」とし、土地所有者は「駐車場は老人ホームと一体として利用されており、入居者の親族などが利用している」と主張。判決は「住宅用地に該当するには、もっぱら居住者のための施設であることと解すべき法令上の根拠はない」と都の主張を退け、原告が全面勝訴した。

 

 固定資産税は市町村が評価額や税額を決める「賦課課税」方式だ。原告代理人の山下清兵衛弁護士は「賦課課税方式の税では、納税者自身が税に疑問を持ち、おかしいと気づかなければ、そのまま課税されてしまう」と話す。この判決では、駐車場に住宅用地の特例を適用して計算された税額を超える、計約19万円分の固定資産税・都市計画税の課税が取り消された。しかし、都はその後、東京高裁に控訴し、訴訟は今後も継続する。

 

 ◇労力に見合わない還付

 

 固定資産税は標準税率が1・4%で、評価額に比べて税額はさほど大きくない。そのため、評価額の誤りに納税者が気づいたとして、税額に及ぼす影響も限られるのが実情だ。これが、納税者の評価額や税額を見直すハードルを高くする。東京都府中市の車返(くるまがえし)団地の住民が、土地の評価を不服として市を相手取った訴訟では、住民が市の固定資産評価審査委員会に審査を申し出てから、14年9月に最高裁が市の上告を棄却するまで5年以上が経過した。

 

 それでも、住民に市から還付されたのは、過去6年間の過徴収分で1戸当たり1万円前後。住民側の代理人の吉田修平弁護士は「納税者側の負担が還付額に到底見合わない」と指摘する。それは、固定資産税に疑問を持つ納税者をサポートする専門家の不在にもつながる。評価の誤りを指摘しても得られるリターンが少ないからだ。税理士にも土地や家屋の固定資産評価まで分かる人はほとんどいない。不動産鑑定士は土地の評価しか分からない。家屋についてはさらに限られる。

 

 神奈川県伊勢原市の東高森団地の一室を所有する男性は、市に団地の土地や建物(家屋)の評価額の誤りを指摘するため、地方税法や総務省が定める「固定資産評価基準」、行政不服審査法などを3年以上勉強し、自室の面積も自分で測った。男性は15年5月、市に家屋評価の誤りを理詰めで指摘すると、当初は「適正に処理している」の一点張りだった市も、7月には一転して誤りを認めた。

 

 家屋の評価の還付額は1986~15年度分で団地の1戸平均14万1600円。男性は土地の評価にも納得がいかず、15年6月に市の固定資産評価審査委員会へ審査を申し出たが、昨年10月に却下された。男性は市を相手に提訴しようかと考えたが、争う負担の重さにちゅうちょしている。

 

 ◇大規模物件に「限界」

 

 厳密で公平なように見える土地や家屋の評価方法だが、実は不公平な穴も多い。例えば、建物は建築に使われた資材価格を積み上げる「再建築価格方式」で評価し、建物の内装やキッチンなどの設備も把握する建前だが、建物の内部のリフォームは市町村の当局による捕捉が事実上、不可能だ。一方、屋根のふき替え後に市町村の担当者が固定資産税の調査にやってくることもあるが、これは課税対象物件の変化を調べるため毎年、1月1日時点で航空写真を撮影しているから分かるのだ。

 

 再建築価格方式は納税者にとって難解なだけでなく、評価する自治体側すらも限界を感じている。この評価方式は高層ビルから戸建て住宅まで、規模や用途にかかわらずすべての建物に適用するが、東京都では延べ床面積が10万平方メートルを超えるような大規模物件の評価を終えるまで、2年近くかかるケースもあるという。そこで都の「固定資産評価に関する検討会」は今年2月、大規模物件をより簡易に評価する二つの方法をまとめた。4月以降に国へ提言する予定だ。

 

 ただ、新たな評価方法といっても、再建築価格方式がベースであることには変わりがなく、納税者にどう説明するかといった課題はつきまとう。そもそも、大規模物件の評価額が適正かどうか、第三者には検証がまず不可能だ。大規模な物件の所有者は、都や市町村にとっても大口の納税者。大規模物件であればあるほど評価額の違いは税額の大きな差となって表れるが、都や市町村が何らかの意図で特定の物件だけ低く評価していても誰も分からない。

 

 ◇時代遅れの家屋評価

 

 そもそもなぜ、建物の評価額を再建築方式で細かく評価しなければならないのか。

 

 現在の固定資産税制の基礎は戦後の1950年、日本の税制の抜本的見直しを提言したシャウプ勧告によって、土地や家屋、事業用の償却資産に対する課税が固定資産税として統合されたことに始まる。家屋に対する課税はそれまで、「賃貸価格」を課税標準とした「家屋税」だったが、固定資産税となって課税標準が「資本価格」(適正な時価)に改められた。

 

 シャウプ勧告で課税標準を資本価格に変更したのは、時価評価しやすい償却資産にも課税する必要性があったからというのが定説だ。その後、63年に固定資産評価基準が制定され、土地は売買実例価格、建物は再建築価格、償却資産は取得価格を基準に評価することになった。当時の日本は木造家屋が中心で、建物を再建築価格で評価するのも容易だったろう。しかし、建物は多様化して建築技術もどんどん進歩する。それでも再建築価格方式を維持して改正を重ね、極度に複雑化したのが現実だ。

 

 つぎはぎを重ねた揚げ句、時代に合わなくなった固定資産税。簡素で透明な税制でなければ、納税者の納得感や公平感は到底得られない。

 

(桐山友一・編集部)

週刊エコノミスト2017年4月11日号

特別定価:620円

発売日:2017年4月3日


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