◇化学技術で多様な社会課題を解決
Interviewer 金山隆一(本誌編集長)
── 旭化成とはどのような会社ですか。
小堀 創業以来、産業構造の変化に立ち向かい、新事業に果敢に挑戦してきた企業です。現在の事業領域は、素材を扱うマテリアル、住宅、ヘルスケアの3分野です。この3分野を持つ化学会社は世界にも類がなく、ユニークな点と言えます。事業領域は広いですが、化学技術を基礎にしている点では共通しています。環境や健康などの社会課題を、化学技術で克服するという理念で事業を展開しています。
── 3事業の内容は。
小堀 マテリアル事業は大きく二つの領域に分けられます。一つはリチウムイオン電池材料のセパレーターや、自動車軽量化に役立つ部品用樹脂など、環境エネルギー関連素材です。もう一つはサランラップや繊維など生活関連です。住宅事業は、「へーベル」ブランドの戸建て住宅と集合住宅建築、それに断熱に優れた建材販売を手がけています。ヘルスケア分野は医薬品・医療機器双方を持つ珍しい業態です。医薬品では骨粗しょう症の薬で高いシェアを占めており、医療機器では心臓除細動器で高い成長率を遂げています。
── 祖業の繊維は世界的にも競争が激しいのでは。
小堀 当社の繊維事業は2000年代に選択と集中を進め、キャッシュフローを生み出せて、かつ独自性のある製品に絞りました。インドのサリーなどに使われるベンベルグ、紙おむつや美容パックに使われる不織布、エアバッグに使われるレオナ、機能性下着などに使われるスパンデックスの四つです。事業を絞り込み、用途を見つけたことで利益が伸びました。その結果、繊維事業の営業利益率は10%です。四つの製品とも元気な事業で、どこから増設しようかと悩むぐらいです。
── 電池用セパレーター事業も好調ですね。
小堀 セパレーターは世界トップのシェアを持ちます。当社は膜技術に強く、人工腎臓用の中空糸膜や水のろ過用膜も製造しています。その膜技術をセパレーターで展開し、スマートフォン市場の成長に伴い、供給能力も増強してきました。この結果、スマホやパソコンなど民生用電池では、圧倒的なシェアを取りました。これからは、電気自動車(EV)などのエコカー電池向けに取り組みます。2018年以降に世界的な自動車燃費規制が強化されるため、エコカー需要が増えることが予想され、手応えを感じています。
── 足元では、住宅事業が不調に見えます。
小堀 住宅事業の16年4~12月期の営業利益は前年度比12%減少しました。15年の横浜のマンションのくい打ち問題では関係者の皆様にご迷惑をお掛けしました。問題発覚直後に宣伝広告を自粛したため、集合住宅の受注は落ち込みました。しかし、昨年4月に宣伝広告を復活したところ、昨秋以降に受注も持ち直しました。「へーベル」ブランドの毀損(きそん)はなかったと考えています。
◇今後は自動車へ注力
── 社長就任と共に開始した中期経営計画の進捗(しんちょく)は。
小堀 中計では25年度のあるべき姿を描き、16~18年を実現のベース作りとなる3カ年に位置づけています。経営指標では、18年度の売上高を2兆2000億円、営業利益を1800億円としています。スタート時は、円高や中国経済減速など厳しい局面が予想されました。しかし、予想より円安方向に恵まれた。また、見立てが厳しかったからこそ、各事業部門が踏ん張り、販売数量増やコスト削減に取り組みました。この結果、1年目としては順調に進捗しています。
── 中計では、組織再編にも言及しています。狙いは。
小堀 当社での多角的な事業、多様な人材を結合して、新たな成長を遂げようと掲げています。たとえば、昨年4月、オートモーティブ事業推進室を発足させました。当社の自動車関連製品は、部品用プラスチック、タイヤ用ゴム、人工皮革をはじめとした成長の見込める製品が多くあります。従来、これらの製品を扱う部署は独立して顧客に接していました。しかし、今後はこれらの部門から社員を推進室に集めて、部門横断的にマーケティング戦略を立てていこうという狙いです。
── なぜ、自動車に注目するのですか。
小堀 自動車は、安全性、快適性、省エネの向上が求められており、今後も車体・内装とも変化が予想されます。それはビジネスチャンスを意味します。また、需要も安定しています。
── 事業領域が広い企業トップとして、気を付けている点は。
小堀 自分の事業さえ成績が良ければいいという人間の集まりでは、グループの総合力は発揮できません。個別事業にとって最適な戦略ではなく、全体にとって最適な戦略を取るという考えを組織内で共有しなければなりません。そのためには事業部門間のコミュニケーションが重要です。コミュニケーションも含めて、私は三つの「C」を大切にするよう社内に伝えています。
── 三つの「C」とは。
小堀 まずは法令順守(コンプライアンス)です。くい打ち問題でも厳しく問われました。次にコミュニケーション、そして挑戦(チャレンジ)です。挑戦とは、無理な目標をやみくもに掲げることではなく、変化へのチャレンジを意味します。これこそが旭化成の価値と言えます。
(構成=種市房子・編集部)
◇横顔
Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか
A 化学部門から新規事業の半導体部門へ異動になりました。専門知識を高め、事業を軌道に乗せるためにもがき苦しみましたが、変化への対応の仕方を学びました。
Q 「私を変えた本」は
A 会社の先輩から薦められたデール・カーネギー『人を動かす』。人を冷静に見ることを学び、その後ビジネス書を読むきっかけにもなりました。
Q 休日の過ごし方
A 気分転換と体力維持を兼ねてのジョギングです。
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■人物略歴
◇こぼり・ひでき
1955年生まれ。石川県出身。同県立金沢二水高校、神戸大学経営学部卒業後、78年旭化成工業(現旭化成)入社。電子部品部材などを扱うエレクトロニクス部門を主に歩み、2014年、代表取締役専務執行役員。16年4月から現職。62歳。
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事業内容:総合化学メーカー
本社所在地:東京都千代田区
設立:1931年5月21日
資本金:1033億円
従業員数:3万2821人(連結、2016年3月現在)
業績(16年3月期・連結)
売上高:1兆9409億円
営業利益:1652億円