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第45回 福島後の未来:原発集積地の進化 明るい柏崎計画=AKK=枝廣淳子

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枝廣淳子・東京都市大学環境学部教授

 

 世界最大の原子力発電所集積地である柏崎市。私は、原発誘致時から町を二分していた「原発推進」「原発反対」を超えて自分たちの町の未来を考えていこうと、3年間にわたる「明日の柏崎づくり事業」の手伝いをしてきた。今、柏崎では原発の賛否を超えた、地域の事業者たちの未来を見据えた取り組み「明るい柏崎計画=AKK」が始まっている。

 

 AKKの竹内一公代表は、「明日の柏崎づくり事業」実行委員会のメンバーで「原発推進派」の一人だった。同事業が始まった2012年当時は、原発推進派の中では原発以外の産業を考えてみることすらご法度のような雰囲気だったという。

 

 ◇何かやりたい若者たち

 

 AKKの竹内代表は「柏崎市の抱えるさまざまな問題に対して地元の青年経済人として真っ向から挑戦する意思を持った有志が集まっている。市を創生させるためのきっかけを、具体的な成果をもって創り出したい」と決意を語る。

 

 AKKの中心メンバーは異業種からなる事業者、約10人。ちなみに、竹内代表は、竹内電設という電気工事業に携わる企業の経営者で、長沢智信副代表は自動車部品・生産設備部品の製造に関わるテック長沢という企業を経営している。メンバーの多くは30~40代の経営者だ。プロジェクトごとに市内の事業者がつながり、それぞれの観点からのアイデアを出し合っている。

 

 AKK設立のきっかけは「明日の柏崎づくり事業」の3年目、14年9月に市主催で開かれた産業と地域経済を考えるシンポジウムだ。パネルディスカッションで、元中小企業庁長官の鈴木正徳氏が「柏崎で何かやりたい若者がいるなら、僕は一緒にやりたい」と発言。竹内代表は「共感した僕は次の日、鈴木さんに連絡し、さっそく鈴木さんの指導のもと地元の若い経営者たちと勉強会を開催することになった」と語る。

 

 第1回の勉強会には申し込みが多数あり、今までの行政主導から住民主導で行うプロジェクトへと切り替わった瞬間となった。その後も勉強会を生かして成果を出せるネタを探して、メンバーで地域や産業の問題をたくさん出し合った。

 

 その中で、柏崎市の防災行政無線システムが2020年までに一新されるという情報を入手した。防災行政無線は地方自治体が住民向けに防災情報を周知する専用の無線通信システム。津波・水害などの大災害に備えて市町村で整備されている。柏崎市は原発が立地することから市内全戸に受信機が無償で配布されている。市は新たな防災システムを、コミュニティーFM放送を使った方式である防災行政放送に変更することを決めた。20年までに市内全戸3万8000台の受信機を無償配布する。具体的な仕様や事業委託先はこれから詰める。事業委託先企業は市の入札で決める。

 

 AKKはこの市の事業に着目。今までは大手企業が受注してきたこの事業について、AKK中心の地元企業連合での受注獲得に向けて動き出した。15年3月にAKKの最初の全体会合が開催された。

 

 ◇災害時の情報源はラジオ

 

 AKKの全体会合で市の新たな防災システム構築事業について、「地域産業の振興につながり、経済効果を生み出すためにも柏崎でしかできないものを自分たちでつくるべきではないか」との意見が出た。参加者がその方向で考え始め、地元の通信系に強い大学の先生にも声を掛けて、検討していった。

 

「防災行政無線受信機は家にあるが、地震があった時に持ち出して聞いたか」と考えた時、多くの人は実際には持ち出して聞いていなかった。AKKメンバーの一人が「だとしたら、何がいいか。そこから考えられるのが地元企業の強みだ」と発言し、原発が立地し新潟県中越地震、中越沖地震と2度の震災被害を受けた柏崎市の経験を生かした活用のあり方を検討していった。

 

 そこで出された解答が防災行政放送を受信できるラジオだ。地震の時、必要な情報はすべてラジオから得ている。こうして既存の防災行政無線受信機に代わるラジオ製造とそのシステムを構築する地域発防災ラジオプロジェクト「柏崎 いのち つなぐ ラジオ」が誕生。AKKプロジェクトの第1弾だ。

 

 AKK自前による防災ラジオの製造にあたりメーカー数社に監修を依頼したが、なかなか理解されず厳しい時期があったという。そのような中、市内に工場を持つ東芝の担当者が、「ものづくりに携わる者として応援する」と言ってくれてプロジェクトが大きく動き始めた。AKKがラジオ本体をつくり、東芝が全体のシステムを担当することになった。

 

 防災行政放送受信機能のついたラジオなのでさまざまな特殊技術が必要だ。16年3月までに新潟工科大学と連携して基礎技術を開発し、東芝と実用技術課題に挑戦した。

 

 防災行政無線は非常事態が発生し、緊急通報を始めると自動起動信号により受信機は待機状態からON状態になる。AKKの防災ラジオも同様の仕組みで、起動音が発端となり地域のコミュニティーFM放送チャンネルが強制的に起動する。

 

 自動起動の際、起動音が必要になり、これを放送波に乗せてよいか、乗せるためにどのような工夫が必要かを相談に行く必要があった。そこで電波を管理する信越総合通信局の担当者に会い、AKKラジオと自動起動などの運用システムが法的な規制に抵触しないことを確認した。AKKの長沢副代表は「東芝の応援はとても大きかった。ただ勝負はこれからだ。委託先企業を決定する市の入札で、設定される条件に対応して競争相手に勝たねばならない」と語る。

 

 AKKは試作機の開発やフィールドテストに向けての開発を進めている。同時に市内の製造業約30社の協力をとりつけ、極力新たな設備投資をしない生産体制を整えている。竹内代表は「柏崎市は部品産業の集積地だ。ラジオ生産には基板設計・基板実装・金型設計・樹脂成型・組み立て・品質検査などさまざまな工程があるが、市内には大手メーカーの下請けでそれらを担ってきた工場が多数ある。それら企業に適性発注して、新たに備える工場や設備はほとんどない」と語る。柏崎の若者が集まり、柏崎の問題を解決するために、柏崎の資源を結集するという柏崎にとって画期的な産業革命が起きている。

 

「防災ラジオプロジェクトがうまくいった暁には、いろいろな地域にも我々のラジオを買ってほしい。実際、東芝が他地域に防災行政放送受信機の販売を行う際に我々のラジオを取り扱い製品のラインアップに加えてもらう話を進めている。防災ラジオはプロジェクトの一つに過ぎない。AKKは並行して構想しているプロジェクトがほかにもある。今後も新たな事業の種を掘り起こして、地元企業の技術力と既存設備を有効活用して地域を振興していきたい」(長沢副代表)。

 

 これまでの思い込みにとらわれず、「地域の、地域のための、地域による産業」という最先端の取り組みだ。AKKはこのプロジェクトをきっかけに、エネルギーの町としてのテーマにも取り組んでいきたいという。「原発に頼るしかない」から「地域の力で地域に必要なものをつくっていく」という柏崎の新たな挑戦が始まっている。

(枝廣淳子・東京都市大学環境学部教授)

◇えだひろ・じゅんこ

 1962年京都市生まれ。東京大学大学院教育心理学専攻修士課程修了。『不都合な真実』(アル・ゴア著)の翻訳をはじめ、環境問題に関する講演、執筆多数。幸せ経済社会研究所所長、NGOジャパン・フォー・サステナビリティ代表。


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