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特集:アップル株と世界経済 2017年5月16日号

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時価総額は80兆円 

アイフォーンが経済を変えた

 

「株価は150ドルを予想」(米ゴールドマン・サックス証券)「目標株価を161ドルに引き上げる」(米モルガン・スタンレー証券)──。

 

 米国の株式市場はアップル株の話題で持ち切りだ。年初の株価は110ドル台だったが、その後、じりじりと上昇し、4月4日には144・77ドルの過去最高値を更新、時価総額は世界一で、日本円で約83兆円になった。国内総生産(GDP)世界17位のオランダの経済規模を上回る。

 

 材料は今秋に3年ぶりの全面改良が見込まれる新型iPhone(アイフォーン)だ。呼称が「アイフォーン8」と予想されている新型機は、5・8インチの有機ELディスプレーの採用が有力視されている。2014年9月発表のアイフォーン6以来の大きなデザイン変更となり、これまで様子見だったユーザーの買い替えが期待されている。

 

 

 まだ、アップル社から何も発表がないのに市場の話題になるのは、この4月以降、アップルから部品メーカーへの発注が本格化しているからだ。アップルのサプライチェーン(部品などの供給網)に詳しい半導体業界のある関係者は、「今秋投入される新モデルは液晶ディスプレーの二つと、有機ELディスプレーの一つの計3機種。年内の生産台数は1億台を超えると見込まれるが、そのうち、5000万~6000万台が有機ELモデルになるだろう」と話す。

 

 米モルガン・スタンレー証券は「アイフォーンの販売台数は17年度見通しの2億1400万台から18年度は2割増の2億6000万台に増える」と予想する。アップルの売り上げの3分の2はアイフォーンが占めるだけに、そのインパクトは大きい。

 

 ◇スマホ15億台

 

 新型アイフォーンはアジア経済にも影響を及ぼしている。

 

 スマートフォンは広大なサプライチェーンが特徴だ。その根幹をアジア企業が担う。SMBC日興証券の推計によると全世界のスマートフォンの出荷金額は10年の1020億ドルから15年に3740億ドルに拡大。同証券の桂竜輔・シニアアナリストは、「スマートフォン市場の拡大がアジア経済に非常に大きなインパクトをもたらしている」と話す。

 

 実際、台湾の株式市場では、新型アイフォーンの中央演算処理装置(CPU)を全量供給すると見られるTSMCの株価が上昇し、3月21日には一時米ドル換算の時価総額が1657億ドルと初めて米インテルを上回った。韓国市場では有機ELを供給するサムスン電子の株価も高値を付け、日本では子会社で有機EL製造装置を作るキヤノンが17年12月期の連結営業利益を2700億円に上方修正した。

 

 

 アップルのアイフォーンがこれだけ注目を集めるのは、その登場がインターネットの普及を爆発的に推し進めた過去があるからだ。米ハイテク調査会社IDCによると、アイフォーン登場前の04年、スマートフォンの世界出荷台数は2070万台で、1億7780万台のパソコンの1割強に過ぎなかった。

 

 しかし、07年1月に価格が599ドルのアイフォーンが登場したことで、一気に普及が加速。11年には出荷台数でパソコンを上回った。直近では、パソコンが2億6010万台に対し、スマートフォンは14億7350万台に達する。

 スマートフォンがインターネットにアクセスする人口を大幅に増やしたことで、電子商取引、SNS(交流サイト)、音楽配信などの新ビジネスが世界中で拡大した。例えば、米アマゾンは、「ネットで顧客の購買力を集めて、供給側を揺さぶる」(一橋大学大学院の名和高司特任教授)戦略で低価格を実現し、小売り世界最大手ウォルマートの地位を脅かしている。

 

 日本ではスマートフォン向けにSNSアプリを開発したLINEが11年6月からサービスを開始。1カ月に1回以上アクセスするユーザーが日本国内で6800万人、海外で2億人を超えるまでに成長した。同社は「パソコンに比べ気軽に使えるスマホの登場で、高校生、大学生や主婦が利用するようになったことが大きい」(マーケティングコミュニケーション室)と説明する。

 

 ◇シェアリング・エコノミーの台頭

 

 米国では株式市場の時価総額上位銘柄の顔ぶれがガラリと変わった。直近はアップルを筆頭に、アルファベット(グーグル)、アマゾン・ドット・コム、フェイスブックとIT関連銘柄が続く。10年前はエクソンモービル、ゼネラル・エレクトリック(GE)などが上位だった。経済評論家の加谷珪一氏は、「もはや『ITバブル』とは言えない。かつての鉄道や自動車の登場の時のように、新たなパラダイムシフトが起きていると判断すべきだ」と語る。

 新たに台頭し始めたのが、シェアリング・エコノミー企業群だ。タクシーに似た「ライドシェア」サービスの米ウーバー・テクノロジーズや個人所有の家に宿泊する「民泊」のAirbnb(エアービーアンドビー)が代表格である。ライドシェアは日本ではまだ解禁されていないが、米国やアジアではもう一般的な交通手段になっている。

 

 ただ、インターネットの主導権争いがこれで決したわけではない。新しい技術がスマホの地位を狙っているのだ。その一つがAI(人工知能)による音声認識サービスだ。アマゾンは14年11月に「アレクサ」を発表。アレクサに話しかけるだけで買い物ができたり、室内の照明や空調を調整したり、ウーバーなども利用でき、すでに米国の家庭で普及している。

 

 さらに、テスラ・モーターズ創業者のイーロン・マスク氏は4月、考えるだけで自分の意思を伝えることができる脳埋め込み型AIチップを開発する企業の設立を発表した。米アップルの元幹部で米国のハイテク事情に詳しい松井博氏は、「映画『マトリックス』の世界が、まさに現実のものになろうとしている」と驚きを隠さない。

 

 インターネットの世界の大きな特性は「限界費用が事実上ゼロ」であることだ。限界費用とは、新たに追加の財やサービスを1単位生産するのに必要なコストを示す。特に、文字情報、映像、音声など情報がデジタル化できるものは、複製コストがゼロに近いので供給量を無制限に増やすことができる。

 

 この「限界費用ゼロ」の世界は、ものづくりの世界にも及びつつある。けん引するのは、AIとIoT(モノのインターネット)技術の進化だ。AIがIoTのセンサーが装備された生産設備を効率よく管理すれば、労働者は不要となり、理論上はものづくりでも限界費用がどんどん減っていく。

 

 ◇「限界費用ゼロ」のパラドックス

 

 独メルケル首相の顧問で文明評論家のジェレミー・リフキン氏は著書『限界費用ゼロ社会』(NHK出版)で、「無駄を極限までそぎ落とすテクノロジーが導入され、限界費用がゼロになれば、財やサービスはほとんど無料になる。そうなれば、資本主義の命脈とも言える利益が枯渇する」と指摘する。

 

 そうした世界が実現したら、投資家は「資本」の分け前を得ることができず、株価は理論上ゼロになる。だが、米国の株式市場はそうしたテクノロジーを生み出す企業群を史上空前の株価で評価している。これは、大いなるパラドックス(矛盾)かもしれない。

 

(稲留正英、河井貴之・編集部)

週刊エコノミスト 2017年5月16日号

発売日:2017年5月8日

特別定価:620円


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