ノーベル賞を取れない東京の高校
確かな年輪を重ねる名門
(猪熊建夫/編集部)
本誌は2012年7月3日号から、社会に有為な人物を輩出する高校を取り上げる「名門高校の校風と人脈」の連載を続けている。4年半に及ぶ取材を基に、傑物を生む「名門高校」の本質は、その教育姿勢と年輪にあると分析する。
日本のノーベル賞受賞者は、2016年12月に福岡(福岡県立・福岡市)出身の大隅良典が医学生理学賞を受賞し、米国籍の2人を含めて累計25人となった。
25人の出身高校に注目すると、東京都内の高校を卒業したのは、利根川進ただ1人だ。都内には、国公立、私立の進学校がひしめいているにもかかわらずだ。
利根川は日比谷(東京都立・千代田区)を1958年に卒業し、京都大理学部に進学した。当時の日比谷は、東京大に毎年百数十人の合格者を送り込んでいた。卒業生の半数に迫る勢いだった。利根川は、あえて京大に進んだという見方もできる。
大学別では、東大が8人で最多だ。しかし8人の出身高校はすべて地方となっている。
「数学のノーベル賞」と言われるフィールズ賞の日本人受賞者は、3人だ。3人の出身高校を見ると、小平邦彦は小石川中等教育学校(東京都立・文京区)を卒業しているものの、松本深志(長野県立・松本市)から転校した。広中平祐は柳井(山口県立・柳井市)、森重文は東海(私立・名古屋市)と地方の高校出身者だ。
つまり、未知の分野をブレークスルー(突破)した世界的な研究者は、地方の高校出身者が占めているということだ。いわゆる「都会の進学校」を卒業しても、殻を破れないことは、歴史が証明している。
◇東京出身者は冷める
東京の高校出身者はなぜ大成しないのか。
東京の進学校は、東大、東京工業大、一橋大、早稲田大、慶応義塾大など首都圏の難関大に多くの合格者を出している。
17年春の東大合格者数ランキングで、ベスト10の中に東京の高校は6校。すべて私立か国立の中高一貫教育校だ。
中高一貫教育校には、小学校低学年で対策を始めなければ合格できない。必然的に、比較的恵まれた家庭に育った生徒が多くなる。大学まで首都圏の自宅から通うタイプだ。大学卒業まで、社会の荒波にもまれない。
当事者も指摘するように、大学ではいわゆる「燃え尽きた学生」「冷めた学生」となる。大学合格を「ゴール」と勘違いするか、高校時代までと環境が変わらないため、大学で熱中するものを見つけられないタイプだ。情報処理能力や要領のよさは折り紙つきで、官僚や会社などの組織を動かす上で一定程度必要な人材なのは確かだろう。しかし、秀才だが画一的になりがちなのも突破力のない要因だ。
一方、上京した地方の高校出身者は、全く違った新たな環境で、大学生活を始める。夏目漱石の『三四郎』や、五木寛之の『青春の門』で描かれる、地方出身者が東京で新たな刺激を受ける姿の通りだ。
進学高校と、名門高校は違う。難関大進学実績を上げるためには、「詰め込み型」のほうが確実だ。しかしそれでは、生徒にとって将来の素地とはならない。社会にとって有為な人物を輩出し続けてきた名門高校は、決まって「探究型」の指導に取り組んでいる。
名門高校には、確かな年輪がある。「新興」高校から脱し、名門を目指すには、教育の姿勢を改める必要がある。
さらに付言したい。現在、少子高齢化の影響で地元志向は強まるばかりだ。保護者にとって、手元から離すことに不安は大きいだろう。しかし今こそわが子を千尋の谷に突き落とす獅子になるときだ。
2017年5月23日号 週刊エコノミスト
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