◇社会に貢献する価値を創り続ける
◇Interviewer 金山隆一(本誌編集長)
── 東洋紡はどんな会社ですか。
楢原 「世の中に必要なものを何とか自分たちで創って役立てていこう」との思いを持って渋沢栄一が1882年に創設した紡績会社です。絹、綿、ウール、レーヨン、合成繊維を扱う中で培ってきた技術を応用して、現在はフィルムや機能樹脂、ヘルスケア分野の製品など多様な事業を展開しています。
── どのような技術を活用したのでしょうか。
楢原 合成繊維の加工技術は奥が深く、元々の「糸」や「繊維」を、薄く広げると「フィルム」になり、ストロー状に加工すれば「膜」になります。さらに樹脂自体の改質を進めて強度や耐熱性を強化したエンジニアリング・プラスチック製品も手がけています。
── フィルムはどのように使われているのですか。
楢原 食品包装用のフィルムで、当社は日本のトップシェアを有しています。菓子やインスタントラーメンの包装、ペットボトルのラベルが主力です。最近は生鮮野菜用の鮮度を保ちつつ水分で曇らない包装フィルムも需要が高まっています。「食品用」と一くくりにすると汎用(はんよう)的に見えますが、食品や商品の特徴や用途に応じて強度や耐久性、印字性などフィルムに求められる性質や機能はさまざまです。
── 高機能性が強みですね。
楢原 異なる分野ですが、高機能性という点では、液晶画面を見やすくするための偏光板用の保護フィルム製品も急成長中です。液晶テレビの中には何枚もフィルムが入っていて光源に近い部分には「TACフィルム」という高額で特殊なものが使われてきましたが、当社はポリエステルなど汎用的な素材を使いリーズナブルな価格と高機能化を両立した製品を開発・販売しています。ユーザーからも「素材革命だ」と高く評価され、2017年3月期の売り上げは前年比で2・2倍増でした。
── 膜技術ではどのような製品がありますか。
楢原 人工透析機で用いられる医療用の膜製品が世界でシェアを伸ばしています。また、当社独自に海水淡水化装置用の膜製品を手がけています。サウジアラビアを中心に中東地域でプラント向けに事業を展開しており、640万人分の淡水製造に貢献しています。現地製造の準備を進め、新技術の実証試験にも積極的に取り組んでいます。
── 紡績からの事業転換にはいつ頃から取り組んできたのですか。
楢原 紡績業の黄金期だった1950年に、当社は売上高で日本一を記録したこともありますが、その後は海外との競争が激しくなりました。そこで、60年代から紡績技術を活用した、新しい事業分野の研究開発や市場開拓を進めてきました。95年ぐらいまでは売上高の7割を衣料繊維が占め、その他の分野が3割という事業ポートフォリオでしたが、現在はフィルムや膜などの非繊維事業分野が7割、衣料繊維が3割程度と、逆転しています。
── 東洋紡といえば衣料繊維で日本を代表する大手メーカーというイメージがあります。
楢原 ポートフォリオに占める割合は下がりましたが、国内外で高付加価値化を進めて高い評価を得ています。例えばサウジアラビアでは、男性が全身にまとう真っ白な民族衣装「カンドゥーラ」用の高級トーブ布地のトップブランドメーカーとして当社の知名度は高く、製品も人気があります。
── 事業転換を成し遂げたポイントは何でしょうか。
楢原 創業の理念である「世の中にいかに役立つか」とは、逆に言えば「お役立ち競争」に勝てない製品や事業は成り立たないということです。時代的に変わらざるをえなかったという面もありますが、意図的に変わっていこうという我々自身の意志が一番重要だと思います。
◇エアバッグ繊維で世界展開
── 中期計画の進展はどうですか。
楢原 現計画は17年度が最終年度で、海外展開の加速と新分野の開拓を2本柱にしています。特に自動車のエアバッグに使う頑丈で特殊な織物や原糸の事業展開に注力しており、海外子会社の原糸メーカー「PHPファイバーズ」の生産力も生かして、17年度下期からはグローバルな拡販体制を強化します。
── 将来の成長分野は。
楢原 環境やヘルスケア分野の事業化に重点を置いており、海外市場からの注目も高いです。具体的な製品では、神経の再生を誘導する微細なチューブ素材「ナーブリッジ」の海外展開を18年から本格化する予定で、FDA(米食品医薬品局)の承認も取得しました。当社が独自に開発した酵素を応用した血糖値の診断薬も、海外市場での拡大が期待されています。もともとは、レーヨン工場の廃液のクリーン化のために開発した酵素を、全く異なる分野で活用しました。ほかにも、衣類に組み込んで心拍数など生体情報を計測できるフィルム状の素材などを実証実験中です。
── どんな会社を目指しますか。
楢原 経営の常道としては、高品質・高機能・リーズナブルなコストのバランスがとれた製品の提供を追求していきます。トップとしては従業員のやる気を正しい方向に発揮させなくてはいけないと思います。
渋沢栄一が掲げた経営の理想は「論語とそろばんの両立」です。社会的な責任を果たしつつ持続的な成長も遂げていくという精神を、東洋紡のDNAとして大切にしていきます。
(構成=河井貴之・編集部)
◇横顔
Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか
A 向こう見ずでへそ曲がりな社員でしたが、会社はそれ以上に柔軟で面白かったです。経理部門で消費税導入や会計ビッグバンに追われました。
Q 「私を変えた本」は
A 山岡荘八の『徳川家康』。全26巻を5回以上読んでいます。
Q 休日の過ごし方
A ウオーキングやゴルフ。妻との買い物で、自分で運転するのも楽しみです。
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■人物略歴
◇ならはら・せいじ
1956年生まれ。福岡県出身。ラサール高校、東京大学法学部卒業後、九州電力を経て88年東洋紡績(現東洋紡)入社。グループ経営管理部長、財務経理部長、取締役などを経て2014年4月に社長就任。16年6月に日本紡績協会会長就任。60歳。
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事業内容:フィルム・機能樹脂、産業マテリアル、ヘルスケア、衣料繊維分野などの製造・加工・販売
本社所在地:大阪市北区
創立:1882年5月3日
資本金:517億円
従業員数:連結9827人 単体3029人(2016年9月現在)
業績(17年3月期)
売上高:3295億円
営業利益:233億円