足元決算2ケタ増益でも新たな投資法探るトップ
株式市場で商社株再評価の動きが広がっている。野村証券は8月、三菱商事の投資判断を「中立」から「買い」に引き上げ、三菱UFJモルガン・スタンレー証券は伊藤忠商事の目標株価を1800円から1850円に引き上げた。
引き金となったのは、各社が8月に公表した2017年4~6月期決算だった。首位の三菱商事は、最終利益で前年同期比170億円増の1178億円を稼ぎ出した。
けん引したのは、石炭事業が好調だった豪州金属資源事業だ。豪州生産地へのサイクロン直撃や中国のインフラ投資伸長によって石炭価格が上昇したのだ。資源の好況が利益を押し上げたのは他社も同様だ。
「非資源ナンバーワン」を標榜(ひょうぼう)する伊藤忠商事でさえ、増額がもっとも多かったのは資源会社「伊藤忠 ミネラルズ&エナジー・オブ・オーストラリア(前年同期69億円→今期157億円)だ。
さらに、三井物産には“特別ボーナス”も入った。決算発表後の8月15日、ブラジル資源会社「ヴァーレ」事業の出資関係の変更によって、今期、株式評価益890億円を計上することを発表した。これは5月に公表した18年3月期業績予想(3200億円)に盛り込んでおらず、今後上方修正するとみられる。
◇一部非資源も好調
さながら資源バブルにも見える現状だが、アナリストが評価するのは資源事業だけではない。野村証券の成田康浩マネージング・ディレクターは三菱商事について「石炭市況上昇効果に加えて、非資源でも生活関連部門が予想以上に好調に推移している」と評価する。中でも、ノルウェーのセルマック事業は、サーモン好況によって前年同期比27億円増の39億円の利益を上げた。
更に「モノの市況に左右されない仕組み」の重要性を訴えるのが三菱UFJモルガン・スタンレー証券の永野雅幸シニアアナリストだ。永野氏は伊藤忠商事の好調ぶりについて「子会社が運営するユニーグループ・ホールディングスとの統合で店舗数が拡大するファミリーマートに食料を供給する堅調な収益基盤の仕組みを着々と作っていることが、本体のトレード収益からうかがえる」と指摘する。
商社の収益基盤が、売買仲介の口銭を稼ぐトレードから、事業そのものへの投資に移行してから20年あまり。2000年代には原油や鉄鉱石、石炭などの資源事業に数百億~1000億円規模の大型投資を張る資源ブームが沸き起こった。
資源価格の上昇局面では莫大(ばくだい)な利益をもたらした一方、10年代半ばの市況悪化局面で多額の損失をもたらした。資源に限らない。穀物・農業事業やタイヤ事業への多額投資があだになり、想定より収益が上がらないとして大幅減損を強いられたケースも目につく。
◇投資決定が目的?
商社社員を取材すると「部長級になると『大型投資を決定した実績を作らなければ』と考える人が多い」「大型の投資決定をした人が人事評価される」との声を聞く。投資効率は二の次に、投資決定することが自己目的化していることがうかがえる。多額のキャッシュを使い、資産をふくらませたのに、事業開始後は想定よりリターンが上がらない。
投資に急ぐのは首脳陣でも同様だ。首脳による思い入れの強さから断行した、とささやかれる投資案件で数百億円単位の損失が発生したケースも存在する。今日の商社の株価低迷と低格付けの元凶は、この投資姿勢にあった。一方で、大型投資案件を軌道に乗せるべく、恒常的にお金が入る仕組みを作り出す社員は人事評価されていなかったのも事実だ。
投資では、商社の至上命題である「もうかるか」を絶えず問われる。投資資金を欲しい部署は、既存事業との誇大な相乗効果を経営陣の説得材料に使う。すぐに利益が見込める事業への投資が優先される風潮もまん延した。このことは、多くの商社で採用されている「3年で利益が出なければ撤退」との不文律にもつながってきた。
今回、7大総合商社の社長をインタビューしたところ、過去の投資姿勢からの脱却を訴える声が聞かれた。
三菱商事の垣内威彦社長は年間利益4000億円台から大幅に成長するブレークスルー(打破)の必要性を唱え、社内に「価値観や考え方など社内で踏襲されてきたことを変化させる」ことを求める。
双日の藤本昌義社長は「投融資は3年で見極めるという風潮もあるが、利益が出ていなくても、ビジネスの将来性を見込んで継続というのも選択肢」と語る。
丸紅の国分文也社長の言葉も印象深い。「これからは、必要最小限の資産だけを持って、知恵を駆使して他のビジネスと化学反応を起こし、新たな収益源を生み出す時代」。キーワードには「アセット(資産)ヘビー」から「アセットライト」への転換を挙げた。
大きなお買い物ではなく、いかにお買い得品を見付けるか、各社は足元では活況に沸くが、トップは危機感を持って新たな投資のあり方を探っている。
(種市房子・編集部)