金融緩和が招いた「債務中毒」
近づく臨界点に打つ手なし
日経平均株価は10月24日、16営業日連続で上昇し、終値では約21年ぶりの高値となる2万1805円17銭を記録した。「国民所得倍増計画」を打ち出していた1961年の池田勇人内閣時代の14営業日連続を超え、戦後最長記録を更新した。衆院選で与党が大勝し、財政政策と日銀の大規模な金融緩和によるアベノミクスの継続を見込んだ海外投資家などの買いが広がったためだ。
◇日本株に「表層雪崩」懸念
東京証券取引所の投資部門別売買動向によると、9月第4週(9月25~29日)から10月第2週(10月10~13日)まで海外投資家の買い越しが3週連続で続いている。国際金融市場に詳しい豊島逸夫・豊島&アソシエイツ代表は「大金融緩和時代の終わりに日銀だけが金融緩和を続けているのは投資家にとって希少価値があり、海外投資家が日本株を買っている」と分析する。
豊島氏は現在の日本の株式市場を、「根雪」と「新雪」に例える。根雪の部分は、日銀が上場投資信託(ETF)を年6兆円買い入れていることや米年金などの長期投資の資金が入っている一方、新雪はヘッジファンドなどの短期的な買いだ。現在の株高は新雪であるヘッジファンドの一時的な買いが招いているものだと言い、「表層雪崩が起きる可能性がある」と話す。
また、根雪の部分にも不安がある。日銀のETF買いによる株価の下支えは「官製相場」の面があり、今後、金融引き締めに向かえば、買い入れ額を縮小する可能性もある。「今の日本の株式市場は日銀依存症。そういう意味では、リーマン・ショック時よりも今の方が株式市場の脆弱(ぜいじゃく)性は大きい」と指摘する。
4~9月期の決算発表で企業の業績予想引き上げが増えるとの期待も株高の一因と言われるが、豊島氏は「企業業績や日本株の割安感で正当化できるのは2万円まで。今の価格はバブル的な要素がある」と言う。根雪と新雪が同時に崩れれば、前代未聞のショックに見舞われる可能性も否定できない。
◇リーマン前を超えた米株
米国市場ではダウ工業株30種平均の過去最高値の更新が続くなど、世界的にも株高な状況が起きている。
6月末の米民間企業(金融機関以外)の株式時価総額は対GDP(国内総生産)比で131%となっており、2008年のリーマン・ショック前のピーク時(110%)を超え、過去最高だったITバブル時(151%)に迫る勢いだ。
経済成長の規模以上に株価が上昇していることになり、野村アセットマネジメントの榊茂樹チーフ・ストラテジストは「6月以降も米株価は上昇しており、さらに割高感は高まっている」と話す。米株もまた、バブルに突入している。
「慢心は過ちだ」。10月12~13日に米ワシントンで開かれた主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の議長を務めたドイツのショイブレ財務相は、終了後の記者会見でこう語り、世界経済の安定から市場に広がる楽観論に警鐘を鳴らした。
先行きのリスクとして考えられるのは、米欧の中央銀行が金融緩和を予想外に早く縮小した場合、世界にあふれる「緩和マネー」が逆流し、新興国経済が打撃を受け、それが先進国にも波及する可能性だ。米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ前議長が13年5月にテーパリング(量的緩和の縮小)の方針を示した際には、米国の長期金利が急上昇し、金融市場に混乱が起きた。
FRBのイエレン議長は来年2月に任期を迎える。次期議長が今年10月に開始した資産縮小を急激に進めれば、「バーナンキ・ショックの再来が考えられる」との見方も出ている。
リーマン・ショック以降、日米欧中の中央銀行の総資産は大規模な金融緩和政策により約20兆ドル(約2250兆円)となり、世界の債務総額は16年末時点で、世界のGDP(約75兆ドル=約8400兆円)の2倍超となる約160兆ドル(約1京8000兆円)にまで膨張した。
過去10年間の世界の債務膨張率は63%に上り、GDP成長率の29%を上回る。マネックス証券の大槻奈那チーフ・アナリストは「低金利が続いたことで延命している脆弱企業も多い。金融政策が正常化されれば、そうした企業が淘汰(とうた)されてもおかしくない」と分析する。
◇危ない2018年
同志社大学大学院の浜矩子教授は現在の世界経済を「債務中毒」と表現する。金融緩和政策により「世界経済の金融化」が進んでおり、「実物経済とは比べるべくもない規模で債務が膨らんでいる。FRBの資産縮小に加え、ECB(欧州中央銀行)のテーパリングも始まる可能性がある18年は危ない」と見る。
金融ショックが起きた時の対処が難しいことも問題だ。ニッセイ基礎研究所の矢嶋康次チーフエコノミストは「リーマン・ショック直後は中国が4兆元(約60兆円)の経済対策をしたことで世界経済を救った。だが、リーマン以降、世界の先進国で財政政策や金融緩和が積極的に進められてきたことで、現在は何かをきっかけにショックが起きた時に対応できる国がない」と指摘する。
好調と見られている米国経済にも落とし穴がある。09年7月に始まった米国の景気拡大局面は今年7月で9年目に突入。戦後の景気拡大期間の平均を上回っており、いつ景気後退局面に入ってもおかしくない。大和総研の児玉卓・経済調査部長は米国の景気拡大局面が続いている要因について「トランプ政策の不発による『速すぎない成長と低インフレ』の組み合わせで実現している面がある」と指摘する。
だが、ここにきてトランプ氏が公約としていた税制改革案が動き出した。与党・共和党と折り合ったトランプ政権は9月末、法人税率(連邦税)を現在の35%から20%に引き下げることを柱とする税制改革案を発表。今後、この税制改革案が実現することになれば、米国の経済成長速度が増す可能性がある。児玉氏は「米国は完全雇用に近い状態で、景気拡大局面が成熟しており、今の焦点はいかに景気拡大を細く長く続けられるか。このままならあと2年くらい持つが、景気拡大が加速してしまうと、18年中に後退局面を迎える可能性がある」と分析する。
信用力の劣る企業が発行する高利回りの社債であるハイイールド(低格付け)債の発行急増や世界的に割高な不動産などの「5つの恐怖」(詳細は本誌)、米国の自動車・学生・クレジットカードの「3ローン」の膨張(詳細は本誌)も不気味な予兆だ。米国との緊張が高まる北朝鮮問題や、トランプ政権によるイランとの核合意破棄などの地政学リスクもあり、何をきっかけに金融ショックが誘発されるか分からない。だが、そのマグマは間違いなく臨界点近くまでたまりつつある。大規模な金融緩和がもたらした「借金バブル」は、いつ世界経済に激震を起こしてもおかしくない。
(松本惇・編集部)
(池田正史・編集部)