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インパール作戦から早く撤退を=熊野英生〔出口の迷路〕金融政策を問う(6) 

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失敗を認めず、ずるずる泥沼にはまり込む日銀の姿は、第二次世界大戦の日本軍を思い起こさせる。

 

熊野英生(第一生命経済研究所首席エコノミスト)

 衆議院選挙を前に、筆者は大変なことになったと思った。2019年10月に消費税率を引き上げて、そこで債務返済に回すはずであった4兆円のうち、半分の約2兆円を教育などの無償化に充てると、安倍晋三首相が言い始めたからだ。債務返済分を使ってしまうことは、赤字国債の増発に等しい。20年度に黒字化するはずだった基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)黒字化のめどが、どのくらい先送りされるかわからない。

 

 筆者は、消費税を19年に10%に引き上げたとしても27年度くらいに後ずれしてもおかしくないとみる。PB黒字化ができなければ、政府債務の元本部分が膨張を続ける。金利上昇が起これば、自然増収でまかない切れない利払い費の増加が債務残高を雪ダルマ式に増やす。債務発散の悪夢である。

 

 異次元緩和は、政府を利払い費の増加リスクに対して鈍感にさせ、安倍政権の財政規律を緩ませたという犯人説が語られる。政府のPB黒字化が後ずれし、日銀の出口がそれよりも先になるとすれば、あと10年近くマイナス金利も続くということになるのか。日本の金融機関、年金基金などの投資家は生き残れるのだろうか。出口なき持久戦は、金融システムを強烈に弱体化させる。誰がその責任をとってくれるというのか。

 

 ◇作戦の失敗は明白

 

 異次元緩和は、マーケットを驚かせる規模の長期国債の買い入れを行って、物価上昇率が2%に届くようにインフレ予想を醸成する作戦であった。奇襲攻撃が人々の心理を動かすことを狙っていた。

 

 確かに緒戦では円安・株高が起こり、輸入物価は上がったが、期待インフレ率の上昇は定着せず、「2年で2%」の約束も実現できなかった。14年10月に長期国債の買い入れを50兆円から80兆円に増額する。それでも15年に入ると、作戦の失敗は明白になった。9月までに物価2%のめどは6度延期されている。

 

 なぜ、日銀は失敗が明らかなのに出口政策を描こうとせず、長期国債を年間80兆円ペースで買い増す方針を公式に撤回しないのか。こうした姿勢は、小池百合子東京都知事も愛読するという『失敗の本質─日本軍の組織論的研究』(戸部良一、野中郁次郎ほか共著)にあるインパール作戦の教訓にそっくりである。

 

 太平洋戦争後半、昭和19(1944)年3月にビルマ(現ミャンマー)の山岳地帯を越えて英・インド軍の拠点インパールを奇襲する作戦が強行される。もともと無謀という参謀の意見を、牟田口廉也司令官は聞き入れなかった。作戦は4月末には失敗が明白になったが、コンティンジェンシー・プラン(不測の事態に備えた計画)がなく、中止を決断できないまま7月初めまで時間を空費する。参加人員10万人のうち戦死者約3万人、戦傷及び戦病者約2万人を出したという。

 

 教訓は、(1)失敗を認められず、中止を決められないまま犠牲者を増やし続けたこと、(2)コンティンジェンシー・プランが最初からなく、短期決戦のつもりが予想外の持久戦になったこと、(3)インパールを攻略することが必要不可欠でなかったのに、作戦を始めると計画の実行自体が目的化したこと、などが挙げられる。

 

 異次元緩和も、デフレ脱却のためにこれほどの長期国債の買い入れが必要だったのかが顧みられず、途中からどうして消費者物価が2%でなくてはいけないかも忘れられている。日銀は、効果が乏しいから長期国債の買い入れをやめると決断できず、むしろそれをやめたときの長期金利上昇を恐れて作戦を継続せざるを得なくなっている。

 

 16年9月にイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)に移行したことは苦肉の策だった。長期金利が安定していれば、国債買い入れを50兆~60兆円に減額できるようになった。しかし、大局的な戦略の誤りを個別の戦術の変更で完全にはカバーできない。出口政策を実行しない限り、国債の日銀買い入れによる実質的財政ファイナンスは延長される。

 

どんなに追及されても失敗を認めることはない
どんなに追及されても失敗を認めることはない

 

◇長期金利操作の限界

 

 出口の手前で恐れられているのは、長期金利の上昇である。日銀が人為的に長期金利上昇を抑え込むほどに、マーケットに金利形成を任せたときは、反動が大きくなる。だから、イールドカーブ・コントロールで日銀はいざ金利上昇となれば無制限に長期国債を買えるように仕組みを変えた。

 

 しかし、筆者は、経済が正常化してインフレ率が安定的に上昇するようになると、いずれにせよ長期金利は上がらざるを得ないと考える。日銀がコントロールできるのは、一時的な長期金利の急上昇、過度の金利変動に限られる。日銀が永遠に長期金利を0~0・5%程度に制御できると思っている人はとても多いが、大きな誤解だ。

 

 また、長期金利の上昇を恐れすぎているという問題もある。正常な経済の下では、名目経済成長率が高まって、多少金利上昇があっても経済の力強さによってその負担をこなしていける。仮に一時的に長期金利が上昇しても、投資家たちが積極的に長期国債を買うので、長期金利は自然に下がる。この作用は、賃金が上昇して投資家の手元に資金流入が活発化するほどに強まる。ある程度の金利上昇と行き過ぎを抑制するメカニズムは市場経済に内包されている。

 

 ところが異次元緩和では、物価2%を達成した後に出口を目指すのが前提だ。しかし2%が定着した後では、長期金利の抑制度合いが大きくなりすぎて、日銀が国債の買い入れを停止すると、金利変動は必要以上に大きくなる。これは本質的矛盾である。本当は、物価2%など目指さずに、今から日銀による国債の需給コントロールをどのように停止するかの道筋をアナウンスすることが長期的にみた長期金利の安定に合理的である。

 

 ◇財政の重荷がのしかかる

 

 もうひとつの課題は、政府が市中消化すべき長期国債の発行量が増え過ぎて、日銀が市場コントロールを永遠にやめられないリスクである。正常な姿は、政府が早期にPB黒字化を果たし、名目成長率の上昇とともに民間の国債消化能力が高まって、長期金利が安定するシナリオである。

 

 逆のシナリオは、民間の消化能力を上回る国債発行が続き、日銀が長期国債を買い続けることだ。いわば、出口なきシナリオである。簡単な算式で示すと、

 

政府の国債発行額(純増、A)=日銀など公的部門の国債購入(純増、B)+民間の国債購入(純増、C)

となる。

 

 これは、日銀がバランスシートを圧縮(Bを減らす)するには、民間の国債消化能力の範囲内でしか政府が国債発行を増やせないことを意味する。つまり、出口の条件は(1)名目経済成長率が安定的に上昇して、民間の国債消化能力が十分に高まっていること(Cが増える)、(2)政府が早期にPB黒字化を果たし、さらに収支改善を行うことと考えている(Aが減る)、である。

 

 難しいのは、名目成長率が上昇しているとき、同時にインフレ率も高まっていて、長期金利が上昇しやすくなっている点にある。日銀が一気にバランスシートを圧縮することは不可能なので、今から日銀が長期国債を必要以上に買わずに、さらにその先に保有国債の純減に移行する計画を先々のプランとして示すことであろう。こうした出口政策を示しておくことは、政府が財政再建を先送りする選択をけん制する意味もある。

 

 出口政策とは、財政危機と隣り合わせであることを理解しなくてはいけない。財政危機の表面化として長期金利上昇が起こり、金融政策はそのダメージを緩和する役割を負わされる。財政危機の表面化が、国内資産の海外逃避につながって円安を招いた場合、輸入インフレが国民生活を脅かす。このとき、日銀がいつまでも利上げをしないと円安に歯止めがかからず、為替レートは不安定化する。

 

 日銀総裁は、財政危機を止める発言力もあるし、組織力を使って政策提言することも可能だ。実は財政危機に対するコンティンジェンシー・プランを日銀自身が描くことは、政府と日銀が共倒れにならないためにも重要なものである。よもや、日本陸軍の失敗を繰り返すまい。

(熊野英生・第一生命経済研究所首席エコノミスト)

◇くまの・ひでお

 1967年山口県生まれ。90年横浜国立大学経済学部卒業。同年日本銀行入行、調査統計局、情報サービス局を経て、2000年第一生命経済研究所、11年から現職。著書に『バブルは別の顔をしてやってくる』(日本経済新聞出版社)など


*週刊エコノミスト2017年11月14日号掲載

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