「第3次産業革命」の理論的主導者で、独メルケル首相のアドバイザーでもあるジェレミー・リフキン氏が本誌の単独インタビューに応じた。今、人類が直面している問題とその解決策について聞いた。
(聞き手=稲留正英/種市房子・編集部)
── 今回、来日した目的は?
リフキン 日本の人々に、この地球で本当に起こっていることを伝えるためだ。現在、人類は有史以来、かつてない困難に直面している。現人類であるホモサピエンスが地球に登場したのは、わずか20万年前の出来事だ。その人類は、19世紀と20世紀に計二つの産業革命を経験した。双方とも化石燃料に依存している。そして、今ではあまりにも多くの二酸化炭素、メタン、窒素酸化物を大気中に排出し、その分子が熱の拡散を妨げ、気候変動を引き起こしている。
気候変動は、この地球の水の循環サイクルを変えている。これは、今まで、語られてこなかった真実だ。地球は豊富な水からなる惑星だ。我々のエコシステムは、何百万年もかけ、地上を覆う雲と降雨からなる水の循環サイクルを構築してきた。二酸化炭素などの地球温暖化ガスで地球の温度が上昇すると、大気は今までより気温が1度上がるごとに、7%も多くの水分を大洋や地上から吸収することになる。これにより、従来はありえなかったような水にまつわる極端な事象を引き起こすことになる。
「このままでは地球上の種の半分を失う」
── 世界各地で異常気象が頻発している。
リフキン 世界中で起こっている洪水、長引く夏場の日照り、何百万エーカーも焼く山火事、大西洋における巨大ハリケーン。地球のエコシステムは現在進行形で崩壊しつつある。これは、指数関数的に増加する水の循環サイクルを地球のエコシステムがもはや受け止めることができなくなっているからだ。
世界の科学者たちは、地球は生命が誕生してから過去4億5000万年の間で、6度目の大量絶滅の時期を迎えていると話す。過去の5回の大量絶滅期、地球の気候はその変動の頂点に達すると、自己修正機能を働かせ、その過程で地上の全ての生物多様性を素早く消し去る行動に出る。そして、新しい生命が誕生するのに平均で1000万年が必要とされる。
科学者たちは、人類が今のまま経済活動を続ければ、今後80~90年で地球上の種の半分を失うだろうと予測する。地球が最後にこのレベルの大量絶滅を経験したのは6500万年前だ。
だから、今こそ、我々の経済活動を、地球環境と調和するように転換すべきだ。非常に挑戦的な任務だが、全ての人々が力を合わせるなら、今後30年間でそれを実現することができる。
我々は新たな経済ビジョンと計画を持ち、21世紀の新たな産業を興し、新しい雇用を創出し、インフラを整備し、そして、気候変動に対応できる。すでに、EU(欧州連合)が「デジタルヨーロッパ」、中国が「チャイナインターネットプラス」として、この計画に参加している。日本もぜひ、このプランに参加してもらいたい。
「3つのインターネットが経済を根底から変える」
── 何が起きているのか。
リフキン 過去、人類は経済分野で少なくとも七~八つの経済における大きなパラダイムシフトを経験してきた。
今回の局面では三つの決定的なテクノロジーが出現した。それは、(1)経済活動をより効率的に管理・運営する新たなコミュニケーション技術、(2)より効率的に動かす新しいエネルギー源、そして、(3)より効率的に移動するための新しい交通・物流技術からなる。
我々がインターネットと呼ぶコミュニケーション革命では、世界中で25億人がスマートフォンを所有し、しかも、ほぼ、限界費用(新たに財やサービスを1単位生産するために必要な費用)がゼロでつながっている。そして、今、このデジタル通信革命は、欧州と中国において、デジタル化された再生エネルギーのインターネットと連携しつつある。ここでは、何百万人もの人々が自ら風力や太陽光で発電し、自ら消費したり、エネルギーのインターネットを通じ融通しあっている。
そして、このデジタル化された通信とエネルギーのインターネットは、GPS(全地球測位システム)誘導の自動運転からなるデジタル化された交通・物流のインターネットとつながる。これは、自動運転の電気自動車、燃料電池車による交通・物流インターネットとなる。この三つのインターネットは、経済の運営・管理方法、エネルギー供給手段、移動手段を根底から変えることになる。
IoT(モノのインターネット)はこの三つのインターネットを支える基盤となる。我々は全ての装置・機器にセンサーを搭載し、経済活動をリアルタイムでモニターし、あらゆる情報を集めることになる。2030年までにはセンサー数は世界中で100兆個に達すると予測されている。IoTは人類にとりグローバルな脳と中枢システムになる。歴史上初めて、全ての人類が現実と仮想の両空間でつながり、直接共同作業を行うことができるようになる。
「消費主義から持続可能性にシフトする」
── それはどういう世界か。
リフキン 劇的に起業の機会を増やすことになる。しかも、その「つながる」ための限界費用はゼロに近い。この仕組みの利点は以下の通りだ。人々は誰もが中小企業、協同組合、地元の互助会などの組織に所属し、独自のバリューチェーン(財やサービスがその仕入れから加工、物流、販売に至るまでの一連の流れ)を持っている。IoTの登場により、誰もが、そこで発生するビッグデータにアクセスできる。
そこから自分のバリューチェーンに沿ったデータを「採掘(収集)」し、分析する。そして、独自のアルゴリズムを作成し、自分のアプリケーション(応用ソフト)に適用する。そのことによって、総合エネルギー効率を大幅に改善し、環境への負荷も減らし、かつ限界費用も引き下げることができる。これがデジタル革命の本質だ。
限界費用の大幅な低下は資本主義のビジネスモデルに変化をもたらす。なぜなら、限界費用が下がることは、利益が減ることを意味するからだ。標準的な経済理論では、効率的な市場で利潤を最大化するには、財・サービスを限界費用で売ればよいとされる。だが、我々は、このように限界費用がゼロ近辺にまで下がるほどの劇的な生産性の向上を予想していなかった。
── 何が起こるのか。
リフキン デジタル化による限界費用の低下に直面すると、資本「市場」は、資本「ネットワーク」に移行する必要が出てくる。つまり、これまでの「売り手と買い手」の関係から「プロバイダーとユーザー」の関係に、「所有からアクセス」に、「消費主義から持続可能性」に関係がシフトする。
この場合に、どのようにお金を稼げばよいのか?
限界利益が非常に低いので、それぞれの取引マージンは非常に小さく、単に一つの製品やサービスを売るだけでは、利益を得ることはできない。一方、取引のフローは膨大で、かつ、1日24時間、週7日間休みなしだ。これは、株式の取引に似ている、1株当たりの手数料は非常に小さいが、フローが巨大になることで、手数料は膨大になる。
── 00年発行の『エイジ・オブ・アクセス』ではシェア経済について言及していた。
リフキン 限界費用がゼロに近づくことが、シェア経済の誕生を促した。今では若い人々を中心に自分で音楽、ブログ、ビデオを作成し、シェアしたり、ウィキペディアに貢献したり、何百万人もの学生が最良の大学の最良の教授による無料のオンライン授業を受け、大学の単位を取得している。これらは、限界費用がゼロに近いので、GDP(国内総生産)には反映されないが、これは、人々の生活の質を大きく変える。
今後、資本主義はこのシェア経済と共存していくことになる。
これまで、我々はデジタル化と限界費用のゼロ化は、デジタル信号で扱えることが可能な音楽や文字など仮想空間にのみ影響を与えると考えていた。それが物理的な世界に移行するとは思っていなかった。それを、IoTが現実のものにしようとしている。
「電力業界は新しいビジネスモデルを実行している」
── どんな事態が現実世界で起こるのか。
リフキン 今、電力業界がその問題に直面している。まず、ドイツの事例を紹介し、今後12カ月の間に、日本の電力業界が直面する事態を予想したい。
ドイツでは今、電力の35%が再生可能エネルギーから来ている。2040年には100%になるだろう。非常に興味深いのは、太陽光と風力発電のコストがこの20年間、等比級数的なカーブに沿って下がってきたことだ。1978年には1キロワット時当たりの太陽光の発電コストは78ドルだった。今は55セントだ。米政府の研究機関では、風力は1キロワット時当たり2・8セント、太陽光は3・5セントまで下がっている。もはや、化石燃料と原子力の時代は終わった。
シティバンクが2015年に出したリポートによると、化石燃料業界には100兆ドルの「座礁資産(キャッシュを生まない資産)」があるという。この「炭素バブル」は世界史の中で最大のものだ。原子力業界も同様に巨額の座礁資産がある。サブプライムローンバブルが、ないに等しく見える水準だ。
── ほとんど知られていない「不都合な事実」だ。
リフキン ドイツには、EnBW、RWE、エーオン、バッテンフォールの四つのメジャーな電力会社がある。私は、5年前、エーオンのヨハネス・タイソン会長に会い、次のように新しいビジネスモデルをアドバイスした。
IT企業、通信、物流企業などと組み、デジタル化された再生可能エネルギーのインターネットを管理・運営する。そして電力が必要な何千もの企業とパートナーシップを結び、彼らのために、ビッグデータを分析し、アルゴリズムや応用ソフトの作成を支援するサービスを提供する。このことを通じて、何千ものパートナー企業は、その総合エネルギー効率、生産性を大幅に引き上げ、環境負荷を大きく引き下げることが可能になる。その見返りに、彼らは、改善した生産性による利益の一部を電力会社に還元する。一方、エーオンはそこで得た利益により、化石燃料と原子力発電の座礁資産を次の30年間、注意深く償却する。
エーオンは昨年、私が提示したのと同じプランを実行した。会社を再生可能エネルギーと化石燃料・原子力発電の二つの会社に分割し、後者を市場に売りに出した。今では、ドイツで2番目に大きいRWEも同様の取り組みを行っている。
── 中国の取り組みはどうか。
リフキン 中国の李克強首相は私の『第三次産業革命』を読み、国家発展開発委員会と国務院に、その実現に向け指示した。その後、中国の国家電力部門は5年間で820億ドルを投じ、中国の配電網をデジタル化すると発表した。この結果、何百万人もの中国人が自ら発電した太陽光や風力の電力を、デジタル化された電力のインターネットで融通することが可能になる。
── 自動車業界はどう変わるのか。
リフキン コミュニケーションとエネルギーの二つのインターネットが交通・物流のインターネットを可能にする。カーシェアリングの時代に入ると、現在の世界の車の保有台数の8割は不要となり、残りの2割は電気自動車と燃料電池車になる。では、自動車会社はどうすべきか。ここで、独ダイムラートラック・バス社の事例を紹介したい。
同社は、過去数年間に販売した40万台のトラックに、センサーを装備した。それらのセンサーは交通の状態、天候、倉庫の空き状況などのデータを収集し、データセンターに送っている。彼らはヨーロッパをはじめ、物流を必要とする世界中の企業とパートナーシップを結び、このビッグデータを共有しようとしている。この分析を通じて顧客は生産性を上げ、そこで得た利益を、ダイムラーに支払う。これが、交通・物流のインターネットのビジネスモデルになる。同社は、GPS誘導の自動運転トラックでも先行している。
── 全てがつながるインターネットの世界には、巨大なプラットフォーム企業による情報の独占や、サイバー犯罪など課題も多い。
リフキン 「ダークネット(暗黒のインターネット)」と言われる問題だ。欧州の政策立案者たちは、彼らの能力の少なくとも50%をこの問題の解決に費やす必要があることに気付き始めた。グーグルやフェイスブック、アマゾンのような企業が国家の規制なしに、今の行動規範から外れないと考えるのは楽観的すぎる。この問題に対する戦いは始まったばかりだ。(終わり)
◇Jeremy Rifkin 1945年生まれ、米国出身の未来学者、経済理論家。「経済動向財団」代表。ペンシルべニア大学ウォートン校の経営幹部教育プログラムの上級講師。欧州委員会、ドイツ、中国をはじめ、世界各国の首脳や高官のアドバイザーを務める。主な著書は『エントロピーの法則』(1980年)、『エイジ・オブ・アクセス』(2000年)、『第三次産業革命』(2011年)、『限界費用ゼロ社会』(2014年)など。