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インタビュー全文 ポール・ローマー(世界銀行チーフエコノミスト)

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◇物価上昇待っての政策動員は遅い

◇経済学者は現実を受け入れろ

 

 

経済学の“異端児”に米金融政策の行方や世界の成長見通しを聞いた。

(聞き手=岩田太郎・在米ジャーナリスト)

 ※1月2・9日合併号の未掲載分も含めたインタビュー全文掲載しています。

 

 

── 謎は解けたか。

■謎の答えは、わからない。そのことは正直に認めるべきだ。物価が上昇しにくくなっているのは厳然たる事実だ。労働市場が引き締まるような短期的なマクロ政策を積極的に打てば、賃金も上昇し物価に波及する。そのためには金融政策だけでなく、財政など他の手段も行使しなければならないだろう。「インフレ率が実際に上がるまで待つべきだ」という考え方は間違っている。(景気後退局面になっても利下げする余裕がなくなるような)将来の危険について、今、決断しなければならないからだ。

 

── 経済理論と異なる次元で実体経済が進行しているように見える。

■かつて経済学界には、インフレ期待(人々の将来のインフレ率の予想) は、ファンダメンタルズによって理性的・自動的に決まるという考え方があった。これに対し、経済学者ケインズは「インフレ期待は自己実現を予言するようなものだ」と看破した。インフレ率は、人々の期待によって変化するものだ。アニマルスピリット(動物的衝動)を唱えるケインズの 「経済予想は人々の意識で変わり得る」という旨の主張は正しかったのだ。生産活動とインフレの関係は、われわれが考えていた以上に複雑であるし、通貨供給量とインフレの関係も、想像以上に複雑であることが判明した。

── その考え方は今日の経済学では受け入れられているのか。

■一部の経済学者は「ファンダメンタルズによって現状を語れない説は受け入れがたい」と言う。だが、それは摩擦のない世界で物理現象を考察するようなものだ。世界は摩擦でできているのに。だから、「いいかげん、現実を受け入れたらどうだ」と言いたい。経済モデルが何らかの現象を固定化することを願うのは無益だ。

── FRBと欧州中央銀行の引き締めによる新興国への影響は。

■一部諸国では短期の負債や持続的でない為替レート設定などで、経済管理が理想ほどしっかりしていないのが現実だ。これらの新興国の脆弱(ぜいじゃく)性が、米金融引き締めなど他国の政策変更で表面化する。だが、新興国は「先進国の政策変更でこうなった」と言い訳をせず、正しい対応策を打っておけば影響を制御できる。

── 17年のノーベル賞経済学賞を行動経済学が専門のリチャード・セイラー教授が受賞した。その意義は。

■教授の受賞は、象牙の塔で理論をこね回すのが重要なのではなく人々の行動の複雑性を探求し、人々に実用益をもたらせる「科学としての経済学」が認められたことを意味する。「科学は芸術のようなものだ」と言って、直接的な利益をもたらさない研究に閉じこもることとは違う。

 

 ローマー氏は、経済学者がごまかしのために数学を使っているとして「数学もどき批判」を展開。シカゴ学派で合理的期待形成モデルを主張するノーベル賞経済学者ロバート・ルーカス氏を批判して、経済界に議論を巻き起こした。(本誌16年5月31日号)

 

── 論争は、どうなったか。

 

■わからない。マクロ経済学者がどうとらえたか気にするより、現在の仕事に集中しなければならないからだ。誰が論争に勝ったのかは重要ではない。若い研究者たちが「経済学には違うやり方がある。違う考え方でアプローチできる」と思えるなら、私の起こした議論は成功だったわけだ。エビデンスを用いて判断するやり方が盛んになるなら、本望だ。

金融規制は原発対策を参考に 犯罪温床の仮想通貨には規制を

── リーマン・ショックから10年がたとうとしている。

■経済学者たちは「なぜ予測できなかったのか」という自問を行っているが、まだ結論が出ていない段階だ。ただ、各国政府は新たな規制政策を採用し、次の金融危機の確率を下げた。民間金融機関も次の危機への備えをするようになった。「次の危機は前回より規模が大きく、予想よりも早く起こる」との認識も共有されるようになった。

 

―― その認識の下、金融機関はどのような行動をしているか。

■危機に備える強固な財務体質にするために、従来行っていたような金融商品投資をとりやめて自己資本率を高めておくという手段を取った機関がある。この方法は、実際に危機になれば、資産を投げ売りしなくてもよいかもしれない。しかし、平時の投資が低迷して、(行き場を失った)マネーがよりリスクの高い金融商品に流れるという副作用があることに留意すべきだ。

 

―― 「大きすぎてつぶせない」銀行は、リーマン・ショック前に比べてさらに大きくなっている。

■その通りだ。危機後の対応で「システム上重要な銀行」が指定され、これらの金融機関に資本増強などの規制が求められた。システム上重要な銀行に対する規制は価値あるものだと思うが、問題なのは銀行の大きさではなく、金融機関の相互依存だ。この問題点は消えていない。「大きすぎてつぶせない」銀行だけでなく、相互に依存する中小規模の金融機関によって引き起こされた危機は案外、数が多い。例を挙げよう。198090年代初頭の米貯蓄貸付組合(S&L)危機では、多くの金融機関が連鎖して倒れた。これは、S&Lの資金調達の流動性が低くなったために資産を投げ売りし、S&Lと取引のある大手銀に影響が出た結果だ。既に強化されたはずの規制も、抜け穴が用意されたり、緩和・撤廃され始めており、次の危機は比較的すぐに起こる可能性がある。

 

── 規制強化と規制撤廃のバランスはどこでとるべきか。

■規制は、最初はいつもやりすぎになる傾向がある。規制を強化しすぎると、「行きすぎだ」との声が出る。しかし、いずれ浸食される性格のものなので、当初は行きすぎくらいでちょうどだ。

 

── 金融規制のあり方は。

■金融セクターを原子力発電のように扱うべきだ。役に立つが、極めて危険なものである。新しい事業の安全性の証明の立証責任は規制当局でなく、業界に負わせるべきだ。「金融セクターは複雑すぎるため規制できず、危機が起こるのは避けられない」との声もあるが、航空業界を見ればよい。膨大な数の人が、衝突のリスクのある不安定な乗り物で高速移動する。極めて複雑だが、規制によって非常に安全な旅を提供できるようになっている。金融業界や原子力業界が航空業界に学べるのは、国家運輸安全委員会(NTSB)のように規制・処罰権限を持たない事実究明に特化した機関があることだ。なぜなら、金融世界特有の問題として、前回の危機で実際に何が起こったかのコンセンサスがまだ存在しないからだ。そうした組織を国内レベル・国際レベルで創設し、再発防止に役立てるべきだ。

 

|| ノーベル経済学賞の受賞者であるコロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授は、「ビットコインを非合法化せよ」と言っている。

■仮想通貨の勢いを止めることは困難だ。ビットコインは現在バブルなのだろうか。バブルとは現在価値のあるものが、突然価値を失うことと定義できる。ビットコインは明らかにその特徴を備えている。人々が「ビットコインには価値がある」と考えるからこそ価値が生じ、「フォーク」と呼ばれる分裂まで始まっている。ある日、価値が暴落する可能性はあるのか。もちろんだ。国際金融システムに悪影響を及ぼす可能性も、大規模にはならないだろうが、ある。だが、より深刻な問題がある。

|| それは何か。

■ビットコインが違法行為やランサムウェア(身代金を要求するマルウエア)  による身代金要求などの犯罪を助長していることだ。仮想通貨を規制すべるき最も大きな理由は、高額紙幣廃止論と同じで、犯罪者に隠れた取引手段を与えないことだ。スティグリッツ教授のように「非合法化せよ」とは言わないが、規制はするべきだ。違法な秘密取引ができないように、お金の流れを可視化しておくべきだ。

|| 高額紙幣の廃止は、好影響をもたらすか。

 

■高額紙幣廃止については、主目的は犯罪防止だ。「国家権力がお金の流れを監視できる警察国家は恐ろしいので、高額紙幣の廃止には反対だ」という声もあるが、間違っている。事実は逆だ。人々は、国がお金の流れを監視して、ランサムウェアや誘拐による身代金要求などの犯罪を取り締まることを期待している。だが同時に国家権力がその権力を濫用しない仕組みづくりも必要だ。高額紙幣廃止の流れはゆっくりとしたものになろう。

私欲が世界成長もたらす 新興国への知識拡散ためらうな

── 足元の米景気はゴルディロックス(熱くもなく、冷たくもない)経済と言われる。
その通りだ。だが、それで現状満足に陥ってはならない。日本など、ゴルディロックス経済の特徴が表れている他国も同様だ。人間は、想像力の欠如とも言うべきか、期待や予想を低く設定しすぎる傾向がある。しかし、実際はより良い状態が目指せるはずだ。米国はより早い成長が可能だ。そればかりでなく、「取り残された」と感じる人が少なくなり、「生活が着実によくなった」と思える、より平等な成長の果実の分配ができるはずだ。新興国や発展途上国でも、より良い状態が目指せる。経済成長に対して受け身になって、トライすることを恐れてはならない。現状満足こそが大きな成長リスクだと思う。


──
 現時点で米経済や世界経済の成長をもたらしているのは何か。
私欲だ。私欲は、イノベーションや発見、探検など、進歩の動機になる。政府の役割は、緩やかに人々の相互協力を促進して、個々が持つ私欲の力を発揮させることだ。 数十億の人が同じ方向で力を合わせて仕事をすれば、驚くべき成果を出せる。一方で、私欲が高じると、借金投機などで悪影響をもたらすこともある。だから政府は、人々が暴走しないよう、防止の役割も果たさなければならない。ただし、制約をかけたとしても、競争や野心的な先行事業、実験など進歩をもたらすことを妨害してはならない。

 ローマー氏は、経済は資本生産性が低下してもイノベーションによって継続成長できる、とする「内生的成長論」を唱えている。

──
 今後、イノベーションのスピードは加速するか。
内生的成長については、イノベーションのスピードが落ちてきたと言われる。それについての確かな結論はない。世銀のチーフ・エコノミストとしては、今はフロンティア(最先端技術を持つ国・地域) の成長よりも、新興国がイノベーションのフロンティアに追いついて経済を成長させるチャンスが増えていることに注目している。どこがフロンティアであるにせよ、知識の拡散や実用化に遅れが生じている。世界規模で見れば、知識拡散のスピードを上げて、新興国が追いつくことで、経済成長を加速させられる余地が大きい。フロンティアでの技術革新のペースがなぜ落ちてきたかを説明する説は多くあるが、なぜフロンティアからの知識の拡散が遅いのかを説明する研究は少ない。その理由を追究しないことは、経済学者の重大な間違いだ。
──
 米経済や世界経済の成長を阻害するものがあるとすれば何か。
循環サイクルと長期傾向を分けて考えることが大切だ。循環サイクルで考えれば、次の金融危機は必ず起こる。「もし」ではなく、「いつか」だ。それによって景気後退も起こる。だが、それらは一時的なものだ。より重要な問いは、「長期的な成長傾向を阻害するのは何か」 だ。
──
 では、長期的な成長のために考えるべき要素は。
人々の相互協力だ。これは経済成長の重要な動力源だ。国家単位で見た場合、国民の統一感は、相互協力を促進するものだ。だから、国の内部分裂は相互協力を難しくして、経済の成長を阻む大きな要因となる。世界経済で見た場合、知識が国際的に分散するのを妨げることが、阻害要因だ。(外資が他国メーカーなどに出資するような)直接投資などによる知識や専門性の国際的な拡散は、学習機会の増大を意味する。知識の拡散手段としての直接投資を受容することは重要だ。直接投資に対しては「自国の企業・産業を保護しなければならない」との反対論も出てくるだろう。しかし、彼らが最先端の知識を学ぶことは非常に重要だ。これは、自国の労働者や市民が利益を得ることを意味する。そうした知識をもたらすのが外資であれば、それを喜んで受け入れるべきだろう。

 

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 人物略歴
 
PaulRomer
 米コロラド州出身。シカゴ大学で物理学の学士号、同大学大学院で経済学の博士号を取得。同大学教授、スタンフォード大学教授、ニューヨーク大学教授を経て201610月から世界銀行チーフ・エコノミスト。62歳。

 

 


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