欲望渦巻く“投機マシン”
金融市場の撹乱要因に
仮想通貨の代表格「ビットコイン」が1月17日、大暴落した。2017年12月に付けた最高値の1BTC(ビットコインの単位)=230万円超から一気に半値になった(図1)。
暴落の引き金について、さまざまな臆測が飛び交った。まず、3月にアルゼンチンで開催される20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議で、仮想通貨の国際的な規制がテーマになるとの観測が流れたことが一つだ。また、中国と韓国で、仮想通貨への投機の過熱と詐欺の横行を懸念した金融当局が規制強化に乗り出したことも要因の一つと見られる。
◇カネ余りが誘因
さらに、昨年急拡大した新たな資金調達法である「ICO」(イニシャル・コイン・オファリング)が原因との見方もある。ICOは企業などがビットコインなど仮想通貨建てで資金調達を行うもので、昨年は世界で4000億円超が調達された。ビットコインを得た企業の多くが価格上昇のタイミングでこぞって売却した可能性がある。
昨年末からのビットコインの値動きは、まるで「ジェットコースター」だ。230万円超で天井を打ったビットコインは乱高下している。17年末、仮想通貨全体の時価総額は70兆円に膨張した。その中で最も取引量の大きいビットコインは、「アルトコイン」と呼ばれる1450種超の他の仮想通貨の値動きに影響する。規制を検討する見通しのG20は、乱高下する仮想通貨を金融市場の撹乱(かくらん)要因と見る可能性がある。
ビットコインと交換された法定通貨のシェアを見ると、17年1月に9割超を占めていた中国人民元に代わり、足元で過半に迫っているのが円だ(図2)。
1年前にシェアが数%だった円が一気に首位に躍り出た理由の第一は、先進国の中で日本銀行だけが量的緩和を継続することによるカネあまりがもたらした「資産バブル」。不動産価格をつり上げている投機マネーは仮想通貨に及んでいる。金融庁がFX(外国為替証拠金取引)規制を強化するとの観測も追い打ちをかけた。レバレッジの上限が下がり投資妙味が減ると見た日本のFX投資家が仮想通貨にくら替えし始めた。FX・証券大手マネーパートナーズでは、17年3月に2000件を超えていた月間の新規口座開設数が11月にはおよそ1200件に激減した。
第二が17年4月の「改正資金決済法」施行だ。同法は「仮想通貨取引業務」を国の認可制としたものだが、国が“仮想通貨にお墨つき”を与えたとの誤認が広がって仮想通貨への警戒感が弱まり、海外を含む個人投資家の資金が流入した。第三は規制強化を受け仮想通貨取引所の閉鎖が相次いだ中国、韓国の投資家が日本の取引所を使い始めたこともある。第四は、中韓だけでなく広く海外の仮想通貨投資家が、安全資産の「円」にいつでも代えられる日本の取引所を使っていることもある。今や日本は仮想通貨取引の主戦場だ(図3)。
日本の投資家を見ると学生からトレーダーまでさまざまだ。今春、金融業界への就職が内定している大学4年生のSさん(22)は、昨年12月に「リップル」「イーサリアム」「ネム」という人気の3通貨を5000円ずつ購入したところ、翌日リップルの価格が3倍に跳ね上がった。卒業旅行の資金をつくるため、すぐにその一部を売却した。Sさんは毎月1万円ずつ仮想通貨に投資するつもりだという。
◇「億り人」
日本の個人投資家の多くはSさんのように上昇相場に乗って購入した人と見られる。価格が数万円だったころまでにビットコインに数百万円以上を投じた人の中には、数億円の仮想通貨資産を持った人もおり、「億(おく)り人」と呼ばれている。
さらに上手もいる。ビットコイン価格が非常に安かったころに入手した古参の利用者だ。その一人、大学教員のGさん(40)はソフトウエアながら貨幣的機能を持つビットコインに注目、研究者仲間と一つの「ウォレット」(仮想通貨を入れる財布)を共有し、他人から無償で得た分や海外取引所で買った分を入れた。ここ数年はウォレットの存在さえ忘れていたが、昨年の暴騰劇で思い出し、改めてウォレットの中身を覗(のぞ)いたところ約500BTCが入っていた。12月の高値時点では11億5000万円になっていた計算だ。ただ、「どう処分するかは自分の一存で決められない。多分、そのままにしておくのではないか」(Gさん)。
実は、今のビットコイン相場で一番もうけているのがこうした古参の利用者だ。「バブルともいわれる今の環境で仮想通貨に投資するのは、古参を喜ばせるだけ」(廉了・三菱UFJリサーチ&コンサルティング主席研究員)との声もある。
ただ、ビットコインの資産が数億円程度の人たちの売買は、個々では市場を動かす要因にはならない。ビットコインの価格を動かしているのは、さらに巨大な額を持つ大口投資家と見られる。廉氏はビットコインの保有額100億円以上(17年12月18日時点)の大口投資家の上位200人が、ビットコインを最初に購入した時期を調べ、さらに四半期ごとにその保有額を合計した。すると、ビットコインの誕生から増減を繰り返しつつも右肩上がりで増えていき、17年7~9月期、同10~12月期に爆発的に増加していた(図1、コインを積み上げたグラフ)。17年下半期の口座開設者は上位200人中87人おり、200人の保有額7・9兆円中、2・6兆円を占める。
廉氏によれば、これら大口投資家はレバレッジの高い先物取引を活用している場合が多い可能性があるという。ただ、いきなり100億円以上を購入する投資家は限られる。「ヘッジファンドの可能性もあるが、多くはビットコインの『採掘者』(27ページ参照)や、ICOでビットコインを得た人たちではないか」(廉氏)。採掘者とは、高性能コンピューターを駆使して自らビットコインを生み出して稼ぐ人たちだ。価格が暴落するとしたら、先物取引でロスカット(損切り)や強制売却を迫られた大口投資家が売却し「売りが売りを呼ぶ」状況に陥ったときだろう。実際、1月の暴落では大口投資家の売りがトリガーになったと見られる。
◇「イナゴタワー」崩壊
ビットコインの価格グラフで「17年12月」の突出した部分は、はるかに小さい金額を投資した個人投資家が大量に流れ込んで形成されたため「イナゴタワー」と呼ばれている。イナゴとは短期売買を繰り返して稼ぐ個人投資家で、一気に集まっては、瞬時に離散する行動からそう呼ばれる。イナゴタワーの崩壊で本当に痛むのは、古参の利用者や大口投資家ではなく、「ビットコインの永続的上昇」という幻想を抱いた個人投資家かもしれない。
◇ビットコイン生んだナカモト・サトシの夢 仮想通貨がドルに代わる日は来るか?
米証券取引委員会(SEC)のツイート 「ICO詐欺に注意してください」
一般ユーザーの返信 「詐欺といえば、発行体が自由に発行でき、発行上限も決まっていないコインがある。『ドル』というコインだが知っていますか? 」──。
ビットコイン暴騰前の17年夏、SECがツイッターの公式アカウントでつぶやいた内容をめぐり、「炎上」騒ぎが起きた。世界的金融不安の元凶になってきた基軸通貨ドルへの痛烈な批判にビットコイン信奉者は沸き返り、「リツイート」(つぶやきの支持)が急増した。
実は、ビットコインの正体不明の開発者、ナカモト・サトシ氏の開発動機がドルに対するアンチテーゼだったと言われる。ナカモト氏がビットコインの論文をまとめた08年当時、世界はリーマン・ショックの直後だった。財政危機によって国家の信用が落ち、通貨の価値も損なわれた。根本原因は「フィアットマネー」(法定通貨)にあると見たナカモト氏が、国家から独立した通貨として考案した“貨幣的価値の交換手段となるソフトウエア”がビットコインというわけだ。
事実、ビットコインは特定の発行者なしで流通し、発行上限も2100万枚になるようすべてがプログラムされている。これを可能にするのが、過去から現在までの取引データを可視化する「ブロックチェーン」(25ページ参照)だ。個々の「ブロック」にはビットコインの取引データが格納される。
米CESでもブロックチェーンは注目の的 提供=志村一隆氏
◇「起源の石」
一番最初に作られたブロックは、特別に「ジェネシス・ブロック」(起源の石)といわれる。そこには、ナカモト氏によるものと見られる言葉が刻まれているという。
「The Times 03/Jan/2009 Chancellor on brink of second bailout for banks」(『タイムズ』2009年1月3日付 英財務相が2回目の銀行救済の瀬戸際にある)。この言葉は英大手紙『タイムズ』の見出しだ。当時、欧州ではリーマン・ショック後の金融不安で銀行の破綻が相次ぎ、政府が英国では巨額の公的資金で救済するなど度々経済に介入した。
さまざまな問題を抱えた国家が管理する法定通貨と、不十分な金融サービスしか提供できない既存の金融機関。それを置き換える新たな経済システムを目指して、ビットコインは創出された。残念ながら、足元は、開発者の理想から大きくそれ“投機マシン”と化している。
しかし、その技術のコアとなるブロックチェーンは、記録した情報の書き換えが事実上不可能で、透明性の高い契約を可能にする「スマートコントラクト」に活用でき、金融から製造業まで幅広い分野で応用が期待されている。
実際、ビットコインに次ぐ仮想通貨として普及しているイーサリアムは、貨幣的な使い方だけでなく、スマートコントラクトに使えるなど実用的な価値もある(27ページ参照)。
現在は、さらに改良を加えたブロックチェーンも出てきている。その一つが「中国版イーサリアム」と呼ばれるブロックチェーンプロジェクト「NEO(ネオ)」だ。同名の仮想通貨も時価総額ランキングで8位に入っている(1月24日時点)。
ネオは、イーサリアムのブロックチェーンが抱える「同時に複数のスマートコントラクトは実行できない」という課題を解決した技術として注目されている。その課題とはブロックチェーンの大きさに起因する「スケーラビリティー問題」と言われる。つまり、ブロックサイズが小さいために処理能力に限界があるのだ。ネオはこの問題を独自技術で改善、同時並行で複数のスマートコントラクトの処理を可能にしたとしている。
当初は、「銀行に比べ格段に安いコストで送金できる」と言われたビットコインだが、その採用するブロックチェーン技術の限界から、既存の金融機関が提供する決済サービスに対して、手数料で完全な優位性が見いだせていない。一定時間に処理できる取引件数も、クレジットカード会社のシステムにはるかにおよばない。しかし、ネオの技術はこの限界を突破するとの期待がかかる。
◇ブロックチェーンの可能性
17年8月、東京都心のオフォスビルの一室で、日本の投資家数百人を前に、ネオの技術的特長について熱心に講演する男性の姿があった。ネオ創業者のダー・フォンフェイ(達鴻飛)氏だ。フォンフェイ氏は、投資家に対し「ブロックチェーンの精神は『信頼』だ。すべてのサービスの取引をネオ上で処理したい」と語った。
ネオの創業者、ダー・フォンフェイ氏
講演の合間に、本誌記者がフォンフェイ氏に「ビットコインはドルのような通貨になるか?」と聞くと、「現状では、投機的な目的だけに使われており、難しいだろう」と言い、「優れたブロックチェーン技術はたくさん出てきている。その可能性を見てほしい」との答えが返ってきた。
ブロックチェーンは1月に米国で開かれた世界最大の家電見本市CES(セス)でも、動画配信や電力分野での応用例が紹介され、注目を集めた。
現在、日銀や米連邦準備制度理事会(FRB)など世界の中央銀行もブロックチェーンを使ったデジタル通貨を研究している。果たして、仮想通貨がドルなどの基軸通貨に取って代わるのか。過熱するビットコイン相場とは距離を置きつつ、金融エリートたちが水面下で密かに世界を変えようとしていることを見逃すわけにはいかない。
(大堀達也・編集部)
(松本惇・編集部)