オリンパスが中国で「反社会勢力」と目される企業との間で起きたトラブルをめぐり、法務部員から訴訟を提起される事態に陥っている。
贈賄疑惑をはらんだ「反社」企業とのトラブルについて、アジア統括子会社の法務責任者が3つの米系法律事務所の意見を基に再調査を求めたが、配置転換にあう。さらに、本社法務部員である社内弁護士が、この配置転換への抗議と再調査の要望を社外取締役6人に通知すると、法務部員は社内システムへの全アクセス権限を停止されたのだ。
◇発端は中国の「反社」からの訴訟
発端はデジタルカメラのレンズなどを製造するオリンパス中国深セン工場(OSZ)に対して提起された民事訴訟だ。中国深セン市の「安平泰投資発展有限公司(安平泰)」がOSZと深セン税関のトラブルを解決した際に、OSZが成功報酬として約束した女子寮2棟の譲渡をいまだに履行していないとして2016年12月、深セン市中級人民法院に寮の譲渡か2億7490万人民元(日本円で約46億7000万円)の支払いを求める民事訴訟を起こした。
◇「贈賄」でたびたび報道
問題は、安平泰の親会社である「安遠控股集団公司(安遠)」が中国本土内では反社会勢力と目されていること。07年の雲南省幹部や14年の広州市党書記の収賄事件などで安遠や同社トップの陳族遠氏の名前が贈賄側としてたびたび、報じられている。
もともと安平泰は11年、安遠がOSZと地元消防局のトラブルを解消する見返りに設立された。安遠の要請でOSZは「食堂運営」「清掃・警備」「廃棄物処理」を安平泰に委託している。だが、現地で長く活動する日本人にとって、この3分野は地元の反社会勢力の「しのぎ」であることは周知の事実だ。
◇税関とのトラブル解決は成功報酬
安平泰は06年に発生したOSZと深セン税関のトラブル解消も手助けし、14年8月にOSZは税関の罰金・処分を免れた。だが、その際にOSZが安平泰と結んだ契約は極端な成功報酬型だった。トラブルを解消できなければ安平泰がOSZにペナルティーを支払う一方、成功の暁には最大4億円の現金報酬に加え女子寮2棟の譲渡が約束された。
オリンパスの内部資料によると、OSZはこの女子寮2棟を1996年4月に2000万人民元(約3億4000万円)で購入。それを、安平泰に1800万人民元で譲渡する約束を交わしていた。深セン市の不動産価格はこの20年間で高騰しており、入手できれば安平泰は多額の含み益を得ることになる。
◇贈賄疑惑を否定した社内調査
深セン税関とのトラブルが解消すると、OSZは14年12月に日本円で約4億円を安平泰に支払った。しかし、「安平泰が深セン税関を買収したのでは」との内部通報が本社の常勤監査役に寄せられ、15年2月に本社に社内調査委員会が発足した。10月に完成した最終報告書は、「安平泰が贈賄を行った疑いを完全には払拭(ふっしょく)できない」としたものの、「オリンパスに日本、米国、及び中国の贈賄関連法令に違反する行為があったとの認定には至っていない」と結論付け、一旦は落ち着いた。
◇未譲渡の女子寮2棟を「実効支配」
だが、その後も安平泰との間で食堂運営などの委託契約は続いている。さらに、深刻なのは、譲渡を約束した深セン市南山区の高科技園区の女子寮2棟が、すでに安平泰に「実効支配」されていることだ。
安平泰への寮の譲渡は、同社がオリンパスの社内調査に協力しないことを理由に凍結されている。しかし、占有権はすでに安平泰に移転し、寮の周囲の壁が壊され、1階部分がショッピングアーケードに改装されている。OSZは少なくとも14年5月から15年2月にかけ安平泰に寮の家賃相当額19万人民元強(約330万円)を毎月、計10回支払っていた。深セン市は、女子寮のある高科技園区の建物の第三者への譲渡と使用許諾を禁止している。
16年6月、情報誌『FACTA(ファクタ)』の報道をきっかけに、オリンパスがそれまで秘匿していた社内調査報告書について東京証券取引所に適時開示すると、それと軌を一にして安平泰から女子寮に関する圧力が高まっていった。オリンパス関係者は「早く寮を譲渡しろという脅し」と受け止める。
業を煮やした安平泰は16年12月に、先述の寮の譲渡か損害賠償を求める民事訴訟を提起した。関係者によると安平泰は「和解に応じないなら、オリンパス経営陣に関する爆弾発言をする」と語っているという。
◇3つの法律事務所が贈賄リスク指摘
こうした状況を懸念したオリンパスのアジア統括子会社の法務責任者が17年3~4月にかけ三つの米系法律事務所に、安平泰との取引と15年の社内調査の妥当性について再調査を依頼した。三つの法律事務所の意見書は、いずれも安平泰による贈賄リスクの高さを指摘し、取引停止や事案の再調査を求める内容だった。
この結果を受け、この法務責任者は本社の常勤監査役に、OSZの贈賄疑惑について、独立した第三者による徹底的な再調査を求めた。だが、逆に、経営陣から意見書の取得手続きの不備を理由に、本社の閑職に配置転換を命じられてしまった。
◇社外取締役通報でパワハラ
その動きを見た本社法務部の社内弁護士は、「公益通報者への不利益な取り扱い」と判断し、17年12月6日に社外取締役6人にこの配置転換に対する抗議と、15年の社内調査の問題点の指摘、および徹底的な再調査を要望する通知書を送付。その後、12月11日、19日、20日の3回にわたって、コンプライアンス部と人事部、法務部、内部統制統括部などに、法務責任者の配置転換を問題とする通報メールを送った。
だが、社内弁護士は20日に会社側からメールを含む社内システムへの全アクセス権限を停止された。社内弁護士は、これにより業務に大きな支障が生じ、公益通報者でもある自身に対するパワーハラスメントだとして、18年1月19日付で、会社と法務部長、人事部長を相手取り、500万円の損害賠償を求める民事訴訟を東京地方裁判所に提起した。
◇事実の洗い直しは不可避
今後の焦点は、社内弁護士の問題提起を受け、6人の社外取締役がどう対応するかだ。海外贈収賄案件に詳しい弁護士に、本誌が入手した17年12月6日付の社外取締役への通知書を見せたところ、「アジア統括子会社の法務責任者が依頼した三つの法律事務所はいずれも一流どころで、その意見書の内容は信頼できる。3事務所とも15年の社内調査報告に疑義を示しているなら、社外取締役はその善管注意義務に基づいて、再調査するかどうかの判断をしなければならない」と語る。
オリンパスは、16年3月、米国および中南米における医療機器の贈収賄事件で、米連邦海外腐敗行為防止法(FCPA)などに基づき、米子会社が米司法省に約740億円の和解金を支払い、DPA(起訴猶予合意)を結んでいる。14年12月の安平泰への4億円の報酬支払いを最終承認した本社の竹内康雄・副社長は米子会社の会長も兼務する。DPAの合意により、OSZの贈賄疑惑に関しても米司法省の管轄権が生じる可能性が高い。
「今回の社内弁護士の問題提起により、米司法省から15年の社内調査が『不十分だった』と指摘されるなら、もう一度、事実関係そのものを洗い直す必要が出てくる」(同弁護士)という。
◇取締役会は結論を先送り
17年12月22日の取締役会ではこの問題が協議されたが、結論は先送りされた。6人の社外取締役は旭化成工業の会長・社長や伊藤忠商事の副会長などいずれも大企業での経営経験を持つ。社外取締役はその責務を果たすため、決然とした判断を示すべきではないだろうか。
オリンパスは、本誌の取材に対し「(1)安平泰の訴訟提起、(2)社内弁護士による社外取締役への通知──は、いずれも事実だ」とコメントしている。
(編集部)
*週刊エコノミスト2018年2月6日号掲載