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第64回 福島後の未来:事故の原因は「私」の心の中にもある 「ひとごと」ではなく将来を考える=石橋哲

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 ◇いしばし・さとし

 

 

 1964年和歌山県生まれ。東京大学法学部卒。日本長期信用銀行(現・新生銀行)や産業再生機構などを経て201112月国会事故調事務局に参加。

福島第1原発事故は、「原子力ムラ」ばかりの責任ではない。国民一人ひとりが自分のこととして受け止めないと、いずれ同じような大震災を招く。

 

 テーマは、福島第1原発事故の原因究明のため国会に設置された「国会事故調(東京電力福島原子力発電所事故調査委員会)」の報告書を出発点に、社会のシステムについて世代を超え考える場を作り出すことだ。福島原発事故で何が起き、そして事故から得られる教訓とは何かを参加者とともに考える。

 

 


 ◇原発事故は「自分ごと」

 

 福島原発事故の根本的な原因について、こんなことが言われている。原発は、電力会社や行政など「専門家」と言われる「原子力ムラ」に任せきりだった。その結果、「ムラ」の同調圧力が「グループシンク(集団浅慮)」を招き、事故につながった──と。しかし、本当に彼らだけの責任だろうか。

 

 国会事故調は、衆参両院の全会一致で成立した東京電力福島原子力発電所事故調査委員会法(国会事故調法)に基づき、2011年12月8日に設立された。「東電事故調」や「政府事故調」など、事故の当事者が手がけた自己点検とは、組織や活動の性質が根本的に異なる。「国民の代表」であり「国権の最高機関」である国会が、法的権限(国政調査権)を背景に、本来的な役割である「行政監視」を憲政史上初めて行使したものだ。

 

 実は国会の機能は、歴史的には「立法」よりも「行政監視」のほうが先に立つ。国会事故調のような行政監視の取り組みは、海外では普通に行われている。

「事故は人災である」。国会事故調が12年7月に報告書を発表した当時は、このフレーズばかりが大きく取り上げられた。事故の責任者を特定・断罪しない点を非難する国内メディアも多かった。

 

 しかし、海外で高く評価され、私自身、国会事故調の肝だと考えているのは、このフレーズの先にある。

 

 具体的には、以下の通りだ。

 

 ▽「事故の背後にあるのは自らの行動を正当化し、責任回避を最優先に記録を残さない不透明な組織、制度、さらにはそれらを許容する法的な枠組みであった」

 

 ▽「関係者に共通していたのは、およそ原子力を扱うものに許されない無知と慢心であり、世界の潮流を無視し、国民の安全を最優先とせず、組織の利益を最優先とする組織依存のマインドセット(思い込み、常識)であった」

 

 ▽「当委員会(国会事故調)は、事故原因を個々人の資質、能力の問題に帰結させるのではなく、規制される側とする側の『逆転関係』を形成した真因である『組織的、制度的問題』がこのような『人災』を引き起こしたと考える。この根本原因の解決なくして、単に人を入れ替え、あるいは組織の名称を変えるだけでは、再発防止は不可能である」

 

 ▽「ここにある提言を一歩一歩、着実に実行し、不断の改革の努力を尽くすことこそが、国民から未来を託された国会議員、国権の最高機関たる国会であり、国民一人ひとりの使命である」

 

 国会事故調は、規制当局の独立性を担保し、事故を招いたマインドセットを克服するため、透明性や公開性の徹底と確保を狙いとした7点を提言した(表)。そのうえで、「当委員会は、国会に対しこの提言の実現に向けた実施計画を速やかに策定し、その進捗(しんちょく)の状況を国民に公表することを期待する」と念押しした。

 

 

 

 事故から7年、報告書発表から5年半。事態はどう進んだだろうか。

 

 ある国会議員は「報告書は敗戦の原因を分析した『失敗の本質─日本軍の組織論的研究』(戸部良一ほか)を読むようだ。自分の手には負えない」と突き放した。国会事故調が法律に沿って半年で解散したことを「知らない」と答えた議員もいた。「実施計画」の議論は現時点まで確認できない。

 

 メディアでも「原発事故」をタイトルに打つことが敬遠されるムードだという。政治家や専門家だけではない。

 

 上司や仕事仲間を「そんたく」して言うべき言葉をのみ込み、「自分ごと」をできる限り矮小(わいしょう)化して課題の多くを「ひとごと」として片付ける。そんな態度を「スマートさ」だと勘違いし、うのみにした他人の意見を「自分で考えたフリ」にして吐き出す。すると周囲も、「事務処理能力が高い」と評価してくれる。

 

「ムラ」と同じ現象は、私たちの心の中や日常生活の至るところにあふれている。私たちは未来の国民から託されているはずの「事故の再発防止」という使命を放棄したままだ。

 

 社会現象としての災害は、それまでに積み上げられた原因が、あるとき飽和点に達し、決壊することで起きるものだ。

 

 本来なら、会議室で述べるべき違和感を、会社ではなく、飲み屋のグチとして発散していないだろうか。それが次の事故への一歩を進めるのかもしれない。

 

「福島原発事故とは何だったのか?」子どもたちも将来、海外の人たちから聞かれるときがくる。国会事故調の報告書は、そんなときにも役立つはずだ。しかし、報告書は分厚く、地味で、手に取りにくい。

 

 ◇広がるプロジェクトの輪

 

「わかりやすいプロジェクト(国会事故調編)」は、国会事故調の報告書をできるだけ多くの人に理解してもらいたいという思いを共有した元事務局メンバーや社会人、学生有志らが12年9月に設立したものだ。

 

 まず作ったのは漫画のような「ストーリーブック」(http://naiic.net/storybook)と、2~3分程度の動画6本で報告書の概要を把握できるイラスト動画(http://naiic.net/iv)だ。プロジェクトはいま世代や立場を超えた対話を通じて内省を深め、自己革新への契機を得る「場」になっている。

 

 プロジェクトに参加した福島県立福島高校の生徒は14年秋に「ガチ輪読会」、通称「ガチリン」を自主的にスタートした。

 

 参加した生徒はいう。

「『自分の頭で考えろ』とよく言われるが、無意識のうちに他人の意見をただ受け止めただけなのに、自分で考えたフリをし、思考停止に陥っていることがしばしばあることに気づかされた」

「私たちは原発政策に賛成か反対かを話し合っているのではない。原発事故を取り巻くさまざまな状況を知ることで、社会の構造や仕組みを探っている。自由に意見を言い合い、対話を続ける過程で自分と向き合い、大切なことに気づく」

 

 ガチリンは、同校の先生方の協力も得て、すでに5期目に入っている。

 

 私自身も、プロジェクトへの参加を通じて大きな力をもらっている。世代や立場を超えて対話し、互いに学び合い、自分を変える「ワクワク感」は、将来へのイノベーションにつながると確信している。

 

 日本は将来、「愛する国」として、選択肢に残り続けることができるだろうか。読者の皆さんにとっても、ひとごとではない。私たちはみな未来に対する責任と使命を担っている。

 

 あなたは今日、何をしますか。ぜひ「飲み屋のグチ」を撲滅する大作戦に一緒に取り組みましょう。

 

 

(石橋哲・政策研究大学院大学客員研究員、元東京電力福島原子力発電所事故調査委員会〈国会事故調〉事務局・調査統括補佐)


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