"異常“だった「適温相場」
米雇用統計に右往左往
桐山友一(編集部)
米労働省が米東部標準時間の3月9日午前8時半(日本時間午後9時半)、市場が固唾(かたず)をのんで見守った2月の雇用統計を発表した。最も注目が集まったのは、民間非農業部門の労働者の「平均時給」。前年同月比で2・6%上昇と市場予想の2・8%を下回ったことを好感し、同日の米ダウ工業株30種平均(NYダウ)は前日比440ドル53セント(1・8%)高の2万5335ドル74セントと、大幅高で引けた。
市場が平均時給の伸びに警戒するのは理由がある。平均時給が上がれば、消費の活発化などでインフレ率も上がる。そうなると、インフレ率の上昇に敏感な米連邦準備制度理事会(FRB)が、金融引き締めペースを加速して金利が上昇する。その結果、株式が金利水準に比べて相対的に割高になり、株式が売られて株価が下がる──。こうした連想が一気に働き、株価を大きく左右したと考えられる(図1)。
実際、今年2月の株式市場の乱高下を引き起こすきっかけとなったのが、2月2日に発表された1月の雇用統計だった。平均時給が2・9%上昇(その後2・8%に下方修正)と市場予想の2・7%を上回ったことで、インフレ懸念が高まり米長期金利が急上昇。割高感が漂っていた米株式が一気に売られ、NYダウは前日比2・5%の大幅安となった。その余波はあまりに大きく、週明け5日のNYダウも4・6%安となり、下げ幅は前週末比1175ドル21セントと史上最大を記録。日本株もその影響から逃れることはできなかった。
◇5%以上下落は年3回
低インフレ、低金利の「適温経済」の中で、たんたんと株価が上昇を続ける──。そうした「適温相場」はもう終わってしまったのだろうか。振り返れば、2017年は米S&P500株価指数のトータルリターン(配当込み再投資)が史上初めて、12カ月すべてでプラスとなった年だった。その勢いを駆って、日経平均株価も今年1月23日、実に26年2カ月ぶりに一時2万4000円台を回復。「3万円超えも」といった声も出るほど市場で期待が高まっていた矢先、急変相場が襲った形となった。
だが、金融市場の動向に詳しいブーケ・ド・フルーレットの馬渕治好代表は「今までの相場が“異常”だったにすぎない。これから“通常”の相場に戻る」と指摘する。米バンクオブアメリカ・メリル・リンチによれば、1930年以降の米株価の動向をみると、5%以上の下落が年平均で3回、10%以上の下落は年1回起きているという。むしろ、相場変動のないことが珍しく、馬渕氏は「市場にやっと健全な警戒感が出てきた」とみる。
米S&P500株価指数の18年12月期の予想PER(株価収益率)は14年1月~17年1月、15~17倍で推移していたのが、今回の相場急落前には18・5倍という割高な水準まで買われていた。今回の相場急変で予想PERは一気に調整したが、今後は「適温相場」のようにたんたんと上昇する相場は見込みにくい。資産運用会社GCIアセット・マネジメントの山内英貴氏も「中央銀行の金融緩和に支えられた歴史的な相場は終わりを迎えたのではないか」との認識を示す。
世界を信用不安と景気後退に陥れた08年のリーマン・ショックから10年。米国の景気拡大が最終局面入りしたとされる中、今回の相場急変によって市場から過度な楽観は消えうせた。今後も、3月の米雇用統計(4月6日発表予定)などを手がかりに、指標次第で動揺する相場が続くに違いない。