金融機関にとって従来、出口の金利上昇が最大のリスクであった。異次元緩和により、そのリスクは日銀に肩代わりされた。
高田 創(みずほ総合研究所チーフエコノミスト)
1980年代から金融市場に身を置いた筆者の世代は、常に金融機関にとっては金利上昇がリスクであると教えられてきた。70年代後半、米国からALM管理(Asset Liability Management、資産と負債の総合的なリスク管理)が導入され、日本でも80年代の金利上昇に際して、保有する債券価格の低下が意識された。90年前後、世界的な金利引き上げのなか金利リスク管理が一段と重視された。
日本では90年代のバブル崩壊以降、金利低下に転換したものの、金融機関はバランスシート調整のなか、企業への貸し出しの代替として国債を大量に保有した。その結果、国債金利が上昇し、国債価格が下落した場合のリスクにどう対処するかが最大の経営課題とされた。筆者が2001年に『国債暴落』(中央公論新社)という書籍を出版したのはそうした環境のなかだった。
歴史的には1940年代の米国も大恐慌の後の深刻なバランスシート調整のなか、米銀は大量の国債を保有し、出口における金融機関の金利リスクへの対応が課題となった。同様に、00年代の日本では、圧倒的に預金取扱金融機関が国債保有の中心であった。その結果、『国債暴落』では出口での金利上昇にどう預金取扱金融機関が対応するかを重要な課題として議論した。事実、03年6月の「VaRショック」のように、長期金利の上昇をきっかけに、金融機関がリスク管理の観点から国債を売却し、さらなる金利上昇を招くことによる金利の急上昇が、金融機関の経営に影響を与える事例が繰り返された。
◇緩和で金利上昇リスクは日銀へ
しかし、今日一転し日本の金融機関にとって金利リスクのウエートは低下した。13年以降の異次元金融緩和により、預金取扱金融機関の国債保有が事実上日銀に肩代わりされ、その結果、想定されていた金利上昇リスクは預金取扱金融機関から日銀の問題に転嫁した。
それは、日本版バランスシート調整のなか、出口で生じうる不可避なプロセスであったとの評価もできる。日本全体のバランスシートをみると、国債は企業の債務を政府が肩代わりすることで大きくなった「身代わり地蔵」だった。すなわち、バブル崩壊後の企業の過剰債務が不良債権として金融機関に肩代わりされ、これを政府は公的資金の対応も含め段階的に肩代わりした。同時にバランスシート調整に伴うデフレ圧力を和らげるべく、政府が財政支出を拡大することで企業の債務を結果的に肩代りすることにつながった。
その「身代わり地蔵」の国債を預金取扱金融機関が大量に保有しているなかで金利上昇が生じれば、不良債権処理で困窮した金融機関が今度は金利リスクで危機にさらされてしまう。そこで、最後に日銀が国債を肩代わりした。金利リスクを政府と一体で処理する、日本独自の調整プロセスとも言える。
今日でも地域金融機関のなかには国債保有比率が高く、超長期国債保有も多いところがあり、依然問題は残るものの、金利上昇問題は金融機関から大きく減殺された。いまや預金取扱金融機関にとって最大のリスクとは、金利が上がらないことである。

図1は、現在のマイナス金利環境がそのまま2035年まで続いた場合の金融機関の収支を試算したものである。有価証券利回りのゼロ水準と貸出金利回りの低下の長期化で利益減少に歯止めがかからず、都市銀行よりも地域銀行(地方銀行および第二地方銀行)の利益落ち込みが厳しくなる。地域銀行の本業のもうけを示す実質業務純益は、2023年以降、15年度の半分以下の水準に落ち込むとの試算となる。何らかの抜本策を講じなければ、経営が危ぶまれる金融機関も生じかねない「2023年問題」につながる。一方、金利が上昇するケースの試算では、基本的に収支が改善する。
今日の金融機関の課題はマイナス金利下での生き残りにある。今後着実に収益性が低下する深刻な事態であるが、預金は集まり過ぎるほどで資金繰りには問題がない。すぐにはリスクが顕在化せず、真綿で首を絞められるような状況にある。不良債権処理時のように資金繰りで致死量に至る急性期症状ではないが、収支環境不全の慢性期症状と言えよう。
バブル崩壊後の00年前後の金融機関問題は不良債権問題とされたバランスシートの問題であり、そこで生じた資本の毀損(きそん)に伴う資金繰り問題にあった。資金調達の制約から存続の危機で待ったなしの対応が迫られた結果、公的資金での対応やリストラクチャリングが行われた。それから20年近く経過し、今や日本の金融機関のバランスシートの健全性は世界に冠たる水準に改善した。一方、収益性の面では、金融機関はさながら構造不況業種のような状況である。
◇銀行が迫られる「商社化」
今日、企業の収益性は向上し空前の高収益を稼ぎ出しているが、金融機関には貸し出しの利払いの恩恵が乏しい。図2は、企業業績と投資家への収益還元を示したものだ。日本企業の16年度の当期純利益は約50兆円と、バブル期の90年前後の約18兆円の3倍近い水準を更新中である。一方、企業が金融機関にもたらす支払利息は90年代初には40兆円近い水準にあったのが、16年度の支払利息は7兆円程度と5分の1程度まで低下している。しかも、今日の超低金利水準が続けば、支払利息はいずれ6兆円を割り、5兆円程度まで落ち込む可能性がある。

低金利下で金融機関が生き残りを図るためには、ビジネスモデルの転換が不可欠となる。企業が資本(equity)への収益還元である配当を高める一方、負債(debt)への還元である利回りは低下するなか、金融機関は貸し出しだけではなく、投資家として事業を育成する「リアルビジネス」にも軸足を置かざるをえない。
このように金融が事業に関与することは、商社のビジネスモデルと類似している。その点で、銀行の「商社化」と言い換えることができる。時代に先んじて事業ポートフォリオを組み替えることが総合商社のビジネスモデルであるとすれば、金融機関も同様に、成長性を見極め、あらゆる地域、事業にアクセスして事業ポートフォリオを入れ替える柔軟性が重要になる。金融当局の指摘する事業性評価もこうした発想にあると考えられる。
地域金融機関は地域商社化を志向すべきだろう。同時に、キャッシュフローや金利水準が高い海外分野への関与を強めざるを得ない。今日、日本の金融機関にとってのチャレンジは「永遠のゼロ」との戦いであり、既存ビジネスモデルからの転換ができるかが問われている。
(高田創・みずほ総合研究所チーフエコノミスト)

◇たかた・はじめ
1958年神奈川県生まれ。82年東京大学経済学部卒、86年オックスフォード大学開発経済学修士課程修了。82年日本興業銀行入行。2000年みずほ証券執行役員・チーフストラテジストなどを経て、11年7月より現職。著書に『国債暴落』『20XX年 世界大恐慌の足音』など。