再生可能エネルギーや電気自動車(EV)の普及への過度な期待や楽観が、近未来に混乱をもたらす可能性もある。
川名浩一(日揮副会長)
「日揮はソーラー(太陽光発電)に関心があるだろう。サウジアラビアはこれからもっとソーラーに力を入れるよ」
今年2月14日、サウジアラビアの首都リヤドで開かれたシンポジウム会場で会話を交わした、世界の石油産業に絶大な影響力を持つサウジアラビアのエネルギー産業鉱物資源大臣(元国営石油=サウジ・アラムコ社長兼CEO)カリッド・アルファレ氏が発した言葉は、数年前には考えられない意外なものだった。
▽ソーラー発電に注力する中東
サウジアラビアは石油依存型経済からの脱却を狙った経済改革計画サウジ・ビジョン2030の下、2023年までにおよそ原子力発電9基分の9500メガワットの再生可能エネルギー発電を計画している。ソフトバンクと組んで30年までに2000億ドル(21兆円)を投じて20万メガワットの太陽光発電計画も発表した。
昨年、アラブ首長国連邦のアブダビのメガソーラー事業入札で丸紅グループが1キロワット時2セント台で画期的な受注をしたのに続き、サウジアラビアでも、300メガワット、25年間買い取りのメガソーラー事業入札が行われ、今年2月、現地企業のアクアパワーが2セント台で受注した。
なぜ中東ではソーラー発電がこのように安くできるのだろうか。年間330日以上太陽がさんさんと輝き、敷地は平らで広く大規模で、土地代や電力系統への接続コストもかからず、南西アジアからの労働力も活用できるからだ。中東のメガソーラーは今や天然ガス火力より競争力がある。特に5~9月の気温40度を超える日中の冷房用電源として太陽エネルギーは最適だ。
◇世界を変える三つのD
石油の生産はいずれ限界を迎え、人口増加や世界経済の発展に伴う需要を満たせなくなる、というピークオイル説が聞かれなくなって久しい。シェールオイルなど非在来型エネルギー生産の伸張、太陽光や風力など再エネ発電への投資の増大、電気自動車(EV)の普及によるガソリン需要の減少などが石油の供給不安を払拭させたからだ。
原油価格が1バレル=100ドルだった14年ごろまで、エネルギー開発には「三つのD」があった。それは深く(Deep)、遠く(Distant)、困難(Difficult)を意味した。生産開発が容易な油田はなくなり、これからはブラジルの大水深油田のように「深く」、ロシアの北極海のように「遠く」、ベネズエラの超重質油のように「難しく」なるという認識だった。
今年2月ウィーンで開かれたダボス会議のパネルディスカッションで、世界銀行前副総裁のレイチェル・カイト氏は「17年は再エネのコストが転換点に達した重要な年になった。エネルギーの世界はより分散化(Decentralize)、デジタル化(Digitalize)、脱炭素化(Decarbonize)され、未来のエネルギーシステムは変化するだろう」と語った。
大規模集中型の大型発電から、再エネの活用や地産地消型に進む分散型エネルギーシステムの構築、電力の需給データやIoT(モノとインターネット)などデジタルデータ活用によるエネルギー利用の効率化、化石燃料から低炭素エネルギーへの転換という新たな「3D」の到来だ。
英石油メジャーのBPが2月20日に発表したエナジー・アウトルック2018でも、40年までに増加する発電用エネルギーの半分以上は再エネで、特に風力と太陽光は経済性の向上とともに20年代半ばには補助金を必要としないエネルギーとなり、再エネの供給量は現在の5倍に増えると予想している。
だが、再エネを中心とした社会が明日にも来ると期待するのは楽観的すぎるかもしれない。この大転換の方向性と、スピードのギャップが引き起こす混乱に警鐘を鳴らす人物がいる。それが冒頭のアルファレ氏だ。
◇85億人のエネルギー
2月13日、サウジアラビアの首都リヤドで、IEA(国際エネルギー機関)とIEF(国際エネルギーフォーラム)、OPEC(石油輸出国機構)の共催によるシンポジウムが開催された。中央に座ったアルファレ氏は、これからのエネルギー大転換の時代に経済成長と地球環境保全の両方を推進するうえで、「エネルギーを取り巻く二つの矛盾」を指摘し、次のように述べた。
最初の矛盾は、「巷間議論されている、在来型エネルギーから代替エネルギーへの転換スピードへの期待と現実との乖離」だ。
「現在65億人が発展途上国で生活している。50年にはそれが85億人に増大する。これら途上国の国民の消費は生活水準の上昇とともにまずはオートバイ、続いて最も経済的な車に向かうのが現実で、(高価な)EVの購入に一足飛びに移ることにはならない。EVが浸透しても、こうした国々の多くは電力不足でかつ石炭火力に頼っている。更にトラックや航空機、石油化学、潤滑油、他の産業分野ではまだ石油を必要とする」と指摘した。
インフラが不足し補助金政策をとる余裕のない途上国にとってEVや再エネの普及は経済合理性がより重要になる。問題はいつ非在来型の代替エネルギーが在来型エネルギーより価格競争力が上回るかだ。
▽石油など在来型エネルギーの投資激減
この誰も予想がつかない現実を前に、いま在来型エネルギーへの投資が激減している。需給バランスや将来の市況の不透明さに加え、エネルギー会社からの資本引き揚げや、石炭を中心とする在来型エネルギー開発への資金供与の停止なども影響しているようだ。
一方、OPECは40年の世界の1次エネルギー(化石燃料など自然界に存在するエネルギー)需要は、15年に比べ35%増大すると予想している。成長率では再エネが6・8%と最も高いが、実は増加する世界のエネルギー需要に一番貢献するのは天然ガスだ。英BPも40年以降に世界で販売されるすべての乗用車がEVになっても、世界の石油需要への影響は10%(日量1000万バレル)に過ぎず、EVの普及で失われる需要を除いた石油の総需要は現在より大きいだろうと予測している。
3月5日に行われたIEAの発表では、今後世界の石油需要は中国とインドを中心に毎年平均日量120万バレル増え、23年には1億470万バレルになると予測。「生産量の減退も補うには日量300万バレルを生産する投資が毎年必要」と分析している。これは昨年の日本の原油輸入量にほぼ匹敵する。
IEAは23年に石油価格のボラティリティー(価格変動)が高まるリスクも警戒している。というのも石油・天然ガス開発投資が14年当時に比べて半減しており、23年には投資不足が生産余力の低下を招くと予測し、オイルマーケットの安定にはサウジアラビアの供給余力が重要な鍵になると指摘している。
◇20兆ドルの投資が必要
こうしてみると、再エネの台頭や米国の非在来型エネルギーの増産による楽観的な需給見通しやデマンドピークによる地下資源の価値低下への臆測とは裏腹に、世界の経済成長に必要なエネルギーが投資不足によって不安定化する可能性を産油国や国際機関のプロたちが懸念していることが分かる。
この不安を回避するには、今後25年間に米国のGDP総額を上回る20兆ドル(2100兆円)の投資が必要ともいわれる。安定供給には巨額の投資と長い年月が不可欠なのだ。
アルファレ氏は二つ目の矛盾を次のように語った。「公共政策の議論は将来のエネルギー需要を満たすために必要な持続的な投資を支援せず、むしろ妨げている。(消費国政府の)エネルギー大転換のペースや規模への楽観的見通し、デマンドピーク説、金融機関の方針の変化がレジリエント(逆境に強い)なグローバル・エネルギーシステムの確保を困難にし、将来エネルギー不足をもたらす環境を作り出す」。
仮に将来エネルギー需給バランスが崩れ、国際経済が混乱することがあれば、それは従来のピークオイル説のような石油の賦存量の欠乏ではないだろう。地政学的脅威が直接的なトリガーになるとしても根底では、脱炭素化社会への流れの中で在来型エネルギーへの投資の減少が起因しているのかもしれない。
これらを背景に、「サウジアラビアは“All of the above”(全方位)アプローチで、石油の生産能力を最大限保持する投資を継続する。天然ガスは10年間で生産量を倍増し、燃料ミックスの天然ガスの割合を増やす。再エネは23年までに10ギガワットを達成し、30年までにさらに増大させる。原子力発電も2基建設する」。
これが冒頭のアルファレ大臣のソーラーの話につながってくる。
アルファレ氏は「リアリズムと決断こそがこうした矛盾を解決し、確実で持続可能なエネルギーの未来を切り開く唯一の道であると確信する」とスピーチを結び、世界に向けてエネルギーの安定的な供給への責任感と矜持(きょうじ)を示した。
◇溝を埋めるリアリズム
「社会は三つのDで急速に変化する」というカイト氏と、「在来型エネルギーは今後も途上国の成長に必要で、需要が増大していく石油、天然ガスの開発に必要な金融と投資を行うべき」とするアルファレ氏とは、一見対極のことを言っているが、私たちに同じ問いを投げかける。それは、「持続可能な世界に私たち人類はいかに早くスマートにたどり着けるか」という命題だ。カイト氏は、どのくらいのスピードで、どの程度の世界的な広がりでエネルギー大転換が進行していくかが課題だと言う。アルファレ氏は、11億人に及ぶエネルギーにアクセスできない人々を置き去りにしてはならないと警鐘を鳴らす。
これからのエネルギー大転換は、地球全体の問題であるとともに、発展を遂げた国々と、エネルギー消費と温室効果ガス排出の主役となるこれから発展する国々との間の溝をどう埋めていくかという問題を抱える。それはまた、持続可能な世界への期待と現実との間にある溝を、在来型エネルギーの賢い開発や環境対策、新エネルギーの開発、新しい輸送や貯蔵(蓄電)方法、IoTやAI(人工知能)を利用した需要サイドのイノベーションによりどう埋めていくかという問題を提起する。
1970年代にサウジアラビアの石油大臣だったヤマニ氏の「石器時代は石がなくなったから終わったのではない」という言葉は、今にして思えば慧眼であったが、アルファレ氏の「リアリズムと決断」という言葉が将来に重い箴言となって心に響いてこないだろうか。
川名浩一(日揮副会長)
*週刊エコノミスト2018年5月15日号掲載